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忘却魔法の管理人  作者: まくのゆうき


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再会、そして動きだす歯車(7)

そうして彼とロイクールがそれぞれの時間を過ごした翌朝、朝食の席が一緒になった彼は、ロイクールに話がしたいと申し出た。

この場で話さないということはここでは話せない内容なのだろうと察して、ロイクールは彼を自分の部屋に招待することにした。

そして食堂を一緒に出て、そのまま彼を自分の部屋に招き入れる。

とりあえず座るように促し、食後ですけれどと前置きをしながらもお茶のセットをテーブルに置いたロイクールが彼の正面に座る。

すると、彼は姿勢を正し、神妙な面持ちで話を切り出した。


「お願いがあります」

「改まって、何でしょう」


ロイクールが尋ねると、彼は一度大きく息を吸って、それを吐き出すとともに言葉に出した。


「もし、私の記憶のすべてが見つからなかったとしても、皆さんがお帰りになる時、私をこの国に置いていってもらうことはできないでしょうか」


彼の決意のこもった声にロイクールは驚いたものの、否定することはせず冷静に聞き返した。


「何か考えがあるのですか?」


ロイクールの問いに彼は首を横に振った。


「いえ、何となくですが、ここはとても私が親しんできた場所である、そんな気がしているのです。もしかしたら、この国にはまだ多くの手がかりがあるかもしれません。それを探したいのです」


自分でも処理できない、つかめない、記憶ではない体の奥にある何かが、ここから離れるべきではないと自分に訴えかけてきていて、このままロイクールと一緒にこの国を離れたら、後悔が残るに違いないと彼はロイクールに伝えた。


「最初からお手伝を続けるつもりでしたから、私がいる間とはいえ、しばらく一緒にお探しすることができると思いますが……」


記憶の糸の反応からも、多くの糸が細切れに発見されている点からも、この国が深く彼にかかわっているのは間違いないだろう。

そうだとすれば、記憶も情報もたくさんあるが、ここは敵地でもあるということになる。

危険だとわかっている場所に、彼一人を置いておくのは、非常に心苦しい。

最善はロイクールがすべての記憶を残りの期間で見つけ出し、彼の中に戻すことだろうが、現状を見る限りそれが叶う可能性は極めて低い。

ロイクールが現状をありのまま伝えると、彼はロイクールをじっと見て言った。


「協力はすでに十分していただいています。そもそも、その可能性があるとロイさんがここまで連れてきてくれたんですし。でも、何となくですが、ここに何か深い繋がりがあるように感じるのです。何も覚えていないのに懐かしいといいますか」


ロイクールも彼の体が自然に動いた時から、この国につながりのある人間であることは間違いないと思っていた。

もしその部分の記憶がはっきりしているのなら、彼が自分の身を守れる強さを持っているのなら、そうでないのなら強い味方が付いてくれるなら、残ろうが勝手に探そうが自由にすればいいということができる。

けれど今の彼にはそのどれもない。


「決意そのものは尊重したいと思いますが、あなた一人では、危険です。もしここにあなたが深い繋がりを持つ者だとしたらなおのこと……」

「そうですね。それが原因で私の記憶が失われたのなら、私がここにいることがその相手に知れたら、また私の記憶は奪われてしまうのでしょう。ですがロイさん、今の私にはあなたというつながりがあります」

「私ですか?」


突然名前を出されて思わず声を上げたロイクールに、彼は微笑みながら答えた。


「定期的に手紙を書きますし、その際に日記に写しも送ります。もし手紙が届かなくなったら、私の記憶が失われたということになるでしょう」


そしたらロイクールだけは自分の異変に気が付いてくれる。

それだけで心強いと彼は言うが、ロイクールは期待には応えられないと伝えた。


「そうなった時、せめて同一国内にいてくれたら助けようもありますが、国外では……」


もちろん本気で助ける気になれば、力ずくで国境を超えることはできるだろう。

しかし手紙が来ないと自分が気が付いた時にはすでに数日、下手をすれば数週間が経過した後だし、まず本人を探すのも一苦労という形になるだろう。

奪われた記憶を取り戻せる保証はないし、これまで大丈夫だったからと言って命を狙われない保証もない。

助けられなければロイクールはきっと後悔するだろう。



できれば止めたいと、そう願っていたが、結局、彼が譲ることはなかった。


「大丈夫です。私はロイさんを信じています。きっと、私に手を差し伸べてくれると。だからその時まで預けた小さな記憶をどうかお願いします」


ロイクールには自分のいつかの朝食の記憶を預けたままにしておくと、それが自分とロイクールの繋がりだと彼は言う。


「もう決意されているのですね」

「はい」


ロイクールの確認に迷うことなく彼はうなずく。


「私はあなたの意見を尊重しますが、あなたを保護している彼らがどう答えるかはわかりません。ですが、強制的に帰還させる理由はありませんから、残ることに置いては許可が出ることでしょう」


とりあえず預かった国側は荷が下りると喜んで手放すだろう。

問題はこの国の滞在許可だが、それはロイクールが頼めば叶いそうな気がする。

少なくとも彼は問題を起こしたりはしていないので、滞在するだけなら普通に受け入れてもらえるだろう。


「それでロイさん、この先、あなたに私の持つすべての記憶を共有させてほしいのです。ロイさんが忘れてしまっても構いません。手元に残せればその日記で補完できるところもあるでしょうし、もし忘れてしまっていても、ロイさんが覚えているところを必要な時に教えてもらえます。そう考えられるだけで心強いので」


自分の存在を覚えてくれている人がいる。

本当に困ったら頼れる人がいる。

それを覚えている間、自分は強く生きられる。

だからロイクールにはそんな自分の支えになってほしいと彼は言った。


「わかりました。ですが私の記憶も万能ではないので、一応、帰る際にすべてを見せてはいただきますが、時とともにあいまいになってしまうことはご了承ください」

「もちろんです。記憶とは本来そういうものだと思っていますから」


ロイクールがそう言うと、彼はそこまで多くを求めないと笑ったのだった。



結局、彼の記憶は国をまたいでも取り戻せたのは一部だけだった。

どうやら彼の記憶の中に重大な機密が含まれていたか、もしくはよほどの弱みを握られたか、恨みがあるか、今回戻った一部では分からないことが多い。

しかし、最後のタイミングで、大事な一部を見つけることができた。

その中には、彼の家族らしき面倒を見ている人物がいて、本人の名前があったのだ。

それは彼個人の存在を肯定する、大切な部分だ。

彼は家族と思しき人物が自分の名前を呼んでいる光景を記憶として取り戻したことで、これまでちゃんと生きてきたという自覚を持つことができたらしい。

それもあって彼は少し落ち着いたようだ。


「本当にありがとうございました。私はとても大事なものを、名前と家族の記憶を少しですが知ることができました。残念ながらイメージはおぼろげですが、私の呼び名は明確に分かります。これについては忘れないように、どこかに書き記しておきたいと、そしてこれからの事も、記憶に頼らず残る形にしておきたいと、そう思います。そうすれば、私はそれを見て、再び自分が何者なのかを知ることができますから」


たぶんこれまでもそうしてきたと思う。

そしてそれらを持ち去られてしまったからこそ、自分が何者かわからないままになっていたのだ。

しかし何度奪われてもまた取り戻せばいい。

今回それが叶ったことで、繰り返しになろうとも戦う覚悟を決めたという。


「ロイさん、できればあなただけは、私をその呼び名で呼んでください」


せっかく呼び名がわかったのに誰にも呼ばれないなど寂しい。

それにロイクールは特別な人だ。

家族に呼ばれていた名前だからこそ、ロイクールにはその名前を呼んでほしいと彼が願うと、ロイクールは小さく息をついた。


「それでは記憶を取り戻したことが知れてしまいます。ですから二人の時だけにしましょう」

「ありがとうございます」


そうして彼は自分の呼ばれていた名前を取り戻した。

ロイクールは、彼の気が付いていない部分で気になる点を記憶の中に見たが、それはあえて告げずにいた。

知らないほうが身のためのような気がしたからだ。

そしてその情報を確認すべく、ロイクールは帰国のあいさつと称して、皇太子殿下に面会を申し出ることにしたのだった。

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