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忘却魔法の管理人  作者: まくのゆうき


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戦渦を生きた大魔術師と退役軍人たちの追憶(7)

時には仲の良くない女性同士を対応したこともあった。

最初一人はその人に心当たりがあったらしく驚いていたが、もう一人はその女性について覚えていないようで、その時ロイは彼女たちが加害者と被害者なのではないかと感じ取った。

だが記憶のない彼女は、今一緒の人と進めて構わないという。

本人に言われてはどうすることもできないので、ロイは仕方なくその二人を同じ部屋で案内した。

そして他の人と同じように手続きを済ませると、ロイは被害者の女性の記憶を戻して話せるようになるのを待った。

そしてロイは彼女に話しかける。


「ご気分はいかがですか?」

「ええ、特に問題ありませんわ」

「あの、こんな話をするのは申し訳ないのですが、いま隣にいる女性と、もし対面するのが辛いようでしたら先にご退室できるよう計らいますが、どういたしますか?」


長い時を経て記憶を戻された女性が首だけを動かして隣にいる女性を見た。

そして彼女は入室の時にロイの言った言葉の意味を理解したらしい。

再び彼女はロイが見えるよう首を動かしてからぎこちない笑みを浮かべた。


「私、あの時よりも強くなったのですよ。今なら彼女と向き合うことができると思うわ。だから彼女が目を覚ますまで私はここで待ってみようと思うの。よろしいかしら?」


彼女がわざわざ加害者と向き合おうとしている理由は分からなかったが、本人がそうしたいというので許可を出した。

仮に彼女が加害者に危害を加えようとしても、彼女はすぐに動くことができないのだから何かすることはできないと判断したのだ。


「構いません。まだあなたも立ち上がって移動するにはふらつきなどが出て危険な状態ですからそのまま休憩していてください」

「わかりましたわ」


彼女はそう答え得ると、ぼんやりと目を開けたまま天井を見つめていた。



ロイは彼女との話を終えるともう一人の女性の記憶を戻していった。

しばらくして、彼女がぼんやりとした状態で目を開ける。


「ご気分はいかがですか?」


まだぼんやりしている彼女にロイは話しかけた。


「はい……」


そう返事だけをして彼女はふと横で自分と同じように仰向けになっている女性を首だけ動かしてちらっと見た。

それから慌てて首を仰向けの位置に戻す。

どうやら彼女は隣に自分が貶めた女性がいることも夢ではないと悟ったようだ。

先に口を開いたのは加害者の女性だった。


「あの時はごめんなさい。謝っても許されることではないと思うのだけれど、あなたが私のことを覚えていない、そして私を怯えた多様な目で見ないものだから、もしかしたらあなたにとって、私は、あなたの記憶から消されなければならない存在だったのではないかと思い知ったわ。もう記憶は戻ったのでしょう?」


そう言い終わってようやく加害者の女性は被害者の女性の方に顔を向けた。

被害者の女性は顔を逸らすことなくじっと見返している。


「ええ。戻っているわ。確かに私は先程まであなたのことは忘れていた。そして幸せに暮らしていたの。あなたのいない平和な場所で」

「そう……」

「それにね。記憶は戻ったのだけれど、私は今のあなたを怖いとは思わないわ。堂々とあなたに正面から向き合える。それだけの強さを手に入れたもの」


彼女はその後の人生で素晴らしい伴侶と共にたくましく生活をしてきたのだという。

一緒に苦難を乗り越えてくれる人が側にいるというのは本当に心強かったに違いない。

そうして多くの苦難を乗り越えるうちに、気が付けば幸せな暮らしとそれを守るための強さを手に入れることができていたのだという。


「私は……私はあなたのことを覚えていたけれど、だからこそ正面からあなたのことを見るなんてできないわ。今だからわかる。私があなたにしたことがどれだけあなたを傷つけたのか。現にあなたは抜き取る記憶の中に私の存在を入れていたもの。それだけのことをしたのよね」

「本当に反省しているということかしら?」


あれだけひどい仕打ちを繰り返しておきながらと、本当は大声で言いたかったのかもしれない。

その感情を抑えたのだろう。

少し震えた声で加害者の女性に聞いた。


「ええ。もちろんよ。こんな体制で謝っても言葉だけになってしまうけれど、本当にあの時のことは後悔しているわ。ごめんなさい」


加害者の女性は真摯に謝っているようだった。

普通に考えればそれなりの年齢になってから人間性が大きく変わることはない。

けれどきっと戦争の後、加害者の女性も色々と経験と苦労を重ね、その苦労が彼女をここまで変貌させたのだろう。

とても今の彼女が被害者の女性にひどい仕打ちをした者と同一人物には見えないくらい、加害者女性は低姿勢だった。

それが彼女にも伝わったのだろう。


「わかったわ。謝罪は受け入れるけれど、記憶が戻った今でも、この先あなたと仲良く付き合っていくことはできないと思っているわ。ここで会ったのは、何か、そうね、神の導きのようなものかもしれないけれど、謝罪を受け入れることはできても、あなたを受け入れるだけの広い心は持ち合わせていないみたいなのよ」

「ありがとう。謝罪を受け入れてくれただけで充分だわ。とても仲良くしてなんて言える立場ではないこともわかっているわ。……あなたは、会わない間に随分と強くなったのね。私はあなたの顔を見ることができないくらい弱い人間になったわ。だから安心してちょうだい」


もうあなたに危害を加えたりはしないし、そんな力はないと加害者が言うと、被害者の女性はため息をついた。


「日常生活に戻れば今まで接点がなかったのだもの、もう会う機会もそんなにないでしょう。だから何も心配していないわ。これからはお互い自分の今ある生活を大事にしていけばいいのではないかしら?」

「ありがとう……」

「それは何に対するお礼かしら?」


被害者の女性が少し冷たく言い放った。

加害者の女性はその勢いの困惑したのか、そんなことを聞かれる理由が分からなかったのか、急に声が小さくなる。


「私に復讐したりしないで、今の生活を続けさせてくれるって言ってくれたことに対するお礼よ」

「わかったわ。私ね、今幸せに暮らしているの。だからもう、あなたに邪魔はされたくないわ」

「もうそんなことはしないわ。できる限りあなたの周りには近づかないようにする。あれからそうして人生を歩んできたのだもの」

「そうしてくれたらそれで充分よ」


加害者の女性はそう答えて一瞬だけ顔をゆがめた。

完全に許されたわけではないが、彼女を不幸にした自分も幸せに生きていいのだと言われ、嬉しくもあり悲しくもあったのだ。



話が途切れたところで、ロイは二人の女性に声をかけた。


「お二人とも、意識ははっきりされたようですね。そろそろ体を起こしても大丈夫でしょう。ゆっくり体を起こしてみてください。問題なければお帰りいただいて大丈夫です」


先に立ち上がったのは被害者の女性だった。

早く記憶を戻したのだからその分早く体に馴染んだのだろう。

そして彼女は最後に言った。


「じゃあ私は先に失礼します。さようなら。管理人さん、今回はご配慮含めて色々とありがとうございました」


さようなら、それは残された彼女との本当の意味での決別の言葉として言ったのだろう。

お辞儀をして背を向けた彼女が振り返ることはなかった。

残された加害者の女性は被害者の女性の背を見送りながら声を殺して涙を流していた。

ロイが落ち着くまで少し離れて黙ったまま様子をうかがっていると、彼女は自分で涙を収めて立ち上がった。

そしてロイに黙って頭を下げると部屋を後にしたのだった。

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