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再会、そして動きだす歯車(4)

ロイクールお茶を飲みながらもが落ち着かないまま部屋で待機していると、ほどなく面会の連絡が入った。

お茶のおかげでどうにか落ち着いているが、自分の気持ちがその効果より勝っていることにロイクールは驚きながらも、案内の男性についていく。

そして案内されたのは、前に記憶をなくしたミレニアと再会した、その場所だった。

当然、離れた場所には侍女が護衛が待機していて、こちらの様子をうかがっている。

一定の距離を置いているのは会話を聞かれないようにとの配慮だが、何かあれば、彼らはすぐ飛んでくるに違いない。

その時と同じ席に、ミレニアは座っていて、ロイクールは彼女に迎えられることになった。



日和も似ていて、思わず再会の日を思い出す。

しかし対面したミレニアはこの国にきて再会した時から見るとやや憔悴しているように見えた。

しかし極端にやせこけたりなどはしていないので食事などはしているようだ。

おそらく手放していた記憶を受け入れるのに時間がかかったのだろう。


「ミレニア様、お加減はいかがですか?」


ミレニアの正面に座ったロイクールが、当たり障りのない言葉をかけると、ミレニアは悲しげな表情でロイクールを見た。


「問題ないわ。それよりごめんなさい。なかなか気持ちの整理がつかなかったものだから。長く持たせてしまったわ」

「いいえ」


自分との記憶を受け入れるのに時間がかかったということは、それだけ思うところがあったということだ。

自分のことを考えて苦しませてしまったかもしれないが、改めて自分と向き合ってくれたことに、ロイクールは感謝の念を抱いていた。

けれどミレニアからは二度目の謝罪の言葉が漏れる。


「ごめんなさい……。私はあなたに酷いことを頼んだのね」


確かに見知らぬ土地で一からやり直すために必要なことだったかもしれない。

悲しみに暮れながらではなく、国のため、家のためにと前向きに考えて、ここでの生活基盤を築くことができたのは、ロイクールの存在を自分の中から消していたからだ。

けれどロイクールはずっとその記憶を抱えて生きていかなければならなかった。

自分がロイクールを忘れて笑っている間も、ロイクールは自分の記憶と向き合わなければならなかったはずだ。

あまりのことで冷静さを欠いていたのか、自分の苦しみをロイクールに押し付けてしまった。

それも何年もだ。

もしここで夫が忘却魔法の存在や、自分の記憶の欠陥に気づいてロイクールを呼ぶことがなかったら、何年どころか生涯背負わせることになっていた。

あの時の自分がいかに自己中心的だったか、そう思ったらロイクールに合わせる顔がないと、ずっと臥せったようになってしまったのだ。


「いや、それは、あなたのせいじゃありません。どうかご自分を責めないでください」


ミレニアをここまで苦しめたのは国の中枢にいる連中だ。

一番の犠牲者なのだから謝る必要はない。

それにロイクールはミレニアの記憶と共に生きられて、それなりに幸せだった。

その記憶に触れたことで、表に出さない部分も含め、ミレニアがいかに自分を思ってくれていたのかを知ることができたし、記憶に触れるたび、自分の中の記憶も鮮明に上書きできた。

むしろそれができないのが少々残念なくらいだ。

何より、記憶の糸が手元にあるということは、ミレニアが生存している証拠でもある。

元気かどうかはわからないが、それだけは確実だった。

だからこそ、それを支えにここまでやってこられたのだ。



「正直、受け取った直後は混乱したけれど、今は落ち着いて、ずっとモヤモヤしたものが晴れてスッキリしているの。私はあなたを、ロイクールを本当に愛していたのね」


ミレニアが静かにそう口にする。

それを聞いたロイクールは思い切って本題に切り込んだ。


「それで、これからどうしたいですか?」

「私は……」


ミレニアが目をそらして何かを思案する様子を見せたため、さらにロイクールは言い募った。


「もしここに忘れたい記憶があるなら、私が生涯、その記憶を背負います。だから一緒に帰りませんか?一緒に歩むはずだった未来を、遅くなりましたがこれから……」


婚約が決まってからですら、一度も自分からこのように話したことはなかった。

あの時間が途切れることなく続くと思っていたこともあり、また、ミレニアの勢いに押されて話が決まっていったこともあり、改めて自分から口にすることなど考えたこともなかったのだ。

何より、ミレニアの記憶と向き合うことがなかったら、ロイクールは自分の中のミレニアの存在がここまで大きいものだということに気が付けないままだった。

この気持ちに気づいたことが遅かったのもあるが、記憶のない相手に自分の感情を押し付けるわけにはいかない。

それもあって本当ならばこの感情も、記憶とともに生涯墓までもっていくつもりだった。

けれどこうして記憶を返し、話す機会を得た今、ようやくロイクールはその感情をミレニアに伝えたのだ。



「ごめんなさい。それはできないわ」


ロイクールの言葉を聞いて、ミレニアはその言葉を遮るように言った。


「それは、王宮との魔法契約があるからですか?」


ミレニアが拒否できなかった一つに、王宮との雇用契約があった。

王宮を出る際に無効になったと聞いているが、すでに無効であることをミレニアは知らないのかもしれない。

もし魔法契約のことを気にしているのなら、その心配はないと伝えると、ミレニアはそれを否定した。


「王宮との魔法契約にはもう、効力はないわ。私がここに嫁ぐことになった時点で雇用契約は終了になっているのだもの。それに仮にも他国の次期王に嫁ぐのに、自国の雇用契約の維持ができるわけがないわ。内容も内容だし、それが継続されていたらそれこそ国際問題ね。だから両国立ち会いの元、契約を終了、無効化を確認してからここへ来たの」


確かに友好関係を維持するために差し出された人間が、その国に不利益をもたらすようなことになれば、それこそ国際問題だ。

おそらくそのことをこちらの皇太子に伝えたのはミレニアの父親だろう。

自分たちだけでは欺かれる可能性もあるし、少なくともイザークはまだ彼らとの契約に縛られている状態だから、その不備に気づいても言い出すことはできない可能性が高い。

だから確実に契約を解除させるため、こちらの国の人間に立ち会いを求めたのだろう。

あの時、彼らがミレニアにしてあげることのできる限界だったに違いない。

せめて、望まれて嫁ぐのだから少しでも幸せになってほしいと願ってのことだろう。

最後、魔法契約の無効化はミレニアの父親の能力で、間違いなく行われたことを確認したはずだ。

つまり遅くとも国を出る時には、契約に縛られる必要がないことをミレニアは理解していたということだ。

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