再会、そして動きだす歯車(3)
記憶を戻した後、ミレニアからロイクールに声がかかるだろうと思われていたが、当のミレニアは部屋にこもったままだという。
ただ、体調不良などもなく、ふさぎ込んでいるわけでもないということだから、まだ気持ちの整理がつかないだけだろう。
しかし面会の希望が出るはずだという双方の意見の一致から、とりあえず皇太子の命という体裁でロイクールは引き続きこの国に滞在を続けていた。
そうしてとりあえず命じられるまま待機をしている間、ロイクールはもう一つの案件の調査を進めていく。
待っている間にやることがあり、気を紛らわせることができたことが、ロイクールにとってはありがたいことだった。
別の事案に追われて過ごしていれば、時間が経つのはそれなりに早かった。
一つの記憶を戻してからも、彼はいつも通り変わらず過ごしていたが、ひとつだけ変わったことがあった。
彼が積極的に勉強を始めたことだ。
どこかで諦めていたものが諦めなければ叶うと体感したことで、向上心のようなものが芽生え、火が付いたのだろう。
もともと賢い彼は、どんどんと本を読みこなしているらしい。
ロイクールはというと、見えるところでは彼と勉強をしたり、監視付きで街を散策したりしながら、夜には彼の記憶の回収をして回っていた。
回収した記憶は定期的に彼のもとに戻していく。
彼は純粋に喜んでいたけれど、今のところ、彼の素性の手がかりになるような記憶に巡り合えていないことが、ロイクールに焦りをもたらしていた。
どうにかこの国にいるうちに手掛かりが欲しい。
自国に戻ればまた他国に出ることに規制をかけられる可能性が高いため、一つでも多く、彼の情報を集めておきたい。
それがここまで連れてきた自分の使命だと、ロイクールはそう考えるようになっていたのだ。
そうして過ごしているうちに、ミレニア側から面会できそうだと声をかけられた。
「本日もお出かけでしょうか?」
食堂での朝食を終えていつも通り部屋に戻ろうと立ち上がったところで、珍しくロイクールを護衛という名で監視しているものに声をかけられた。
「その予定ですが、何か御用でしょうか」
もしかしたら皇太子からそろそろ滞在について話があるのかもしれない。
ならばそれには応じなければならないだろう。
もし帰国の話ならば、ここでタイムリミットがきたことになる。
ロイクールがそんなことを思いながら確認すると、男は答えた。
「はい。こちらとしては急ぎではありませんが、ミレニア様との面会が可能となりましたため、ご連絡に上がりました。できましたらご都合をお伺いできればと思います」
男の話ではミレニアがロイクールとの面会を希望しているということだった。
健康面に問題はないと知っていても、やはり姿を見なければ心配は募る。
ロイクールはすぐに面会を承知した。
「そちらの都合で構いません。こちらとしましても、あまり長くお世話になっているのも申し訳ないと考えておりましたので、今からでも問題ありませんが」
いくらミレニアが希望しているといっても、準備があるだろう。
このまま会いに行っても問題はないけれど相手が困ることはしたくない。
ここは貴族の流儀でお伺いを立てるべきだろうと思いながらも、早く会いたいという気持ちを隠さずにいると、男は首を傾げた。
「ご用事がおありなのでは?」
先ほど出かける予定があると言っていたのに、それはいいのかと男がロイクールに問う。
別に彼としても無理をさせようとは考えていない。
予定が終わってからでもいいし、日を改めても構わない案件だ。
ミレニアに急ぐ様子はないのに、ロイクールにはそれがある。
逆ではないのかと首を傾げたくなったのはそれが原因だ。
そのため思わず男が言葉を返すと、ロイクールは苦笑いを浮かべて言った。
「確かに、所用はありますが、約束をしているわけではありませんので、明日にしたところで影響はありません」
確かに早くミレニアの様子を確認して安心したい。
できることならこれまでの自分の思いも伝えたい。
記憶を受け入れられた今なら、ロイクールの言葉も受け入れてくれるだろう。
このような日が来ることはかなわないと思っていただけに、これを逃したら二度目はないように思えてならない。
だかミレニアや皇太子の気が変わらないうちに面会をしておきたいとロイクールは考えているのだ。
しかし一方で、今日面会をして、用件は済んだと明日ここを出るように言われてはかなわない。
彼の記憶がありそうだとすでに目星をつけている場所だけでも確認する時間が欲しい。
そう考えて、予定は順延できる、その時間分の滞在許可が欲しいと暗に答えると、男性はうなずいた。
「かしこまりました。ではその旨、伝えてまいります。おそらくすぐにお声をかけることになると思いますので、お部屋でお持ちいただけますか?」
「もちろんです」
自分からすぐでもいいと申し出たのだから、待つのは当然だ。
ロイクールがすぐに了承すると男はすぐに動き始めた。
「では、一度失礼いたします」
彼はそう言うとロイクールを置いて去っていく。
残念ながら彼一人がいなくなったところで監視の目が緩むわけではない。
ロイクールは別の人間の視線を浴びながら、席に座りなおすことなく食堂を出た。
いつ迎えが来るかわからないため、そのまままっすぐ部屋に戻る。
そして部屋に入って一人になると、気持ちを落ち着けようと大きく深呼吸をした。
外では平静を装っていたが、こちらだって記憶の戻ったミレニアと対面することを考えたら緊張する。
記憶がない時のミレニアに会うのは拒絶される可能性を考えて不安だったが、今は不安より期待が大きい。
ロイクールに関する記憶を取り戻したミレニアは、いったい自分に何を話すのか。
話せるくらいになったのだから、事態は飲み込めたということだろう。
きっと謝罪はされるだろうと思っているけれど、それを預かる過程で、自分に関する最後の記憶まで確認しているロイクールは、ミレニアが自分のことで苦しんでくれていたことを理解している。
そもそもこうなったのは国の、王女電荷のわがままのせいなので、国を恨む気持ちはあるが、義務を強制されたミレニアに罪はない。
だから当然許すつもりだ。
その時自分は気の利いた言葉の一つもかけられるだろうか。
とりあえず自分としてはこれまで自分と共に過ごしたミレニアが戻ってくれていたらそれでいい。
関係はこれからいくらでも再構築していけるはずだ。
そんなことを考えながら、ロイクールは舞い上がりそうになる気持ちを抑えるのに必死だった。
とりあえずこんな姿は呼びに来る者にもミレニアにも見せられない。
ロイクールはとりあえず自分を落ち着けるため、持っていたお茶を取り出した。
そして珍しくそれを自分のために淹れたのだった。