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再会、そして動きだす歯車(2)

ロイクールは中にあると思われる記憶の持ち主から許可を得られたとみなして、箱を開けることにした。

箱を保管していた相手からすれば盗み出されたものということになるだろうが、本当に大切に扱うつもりがあるのなら、あのような扱いにはならないだろう。

とりあえずロイクールは改めて箱に仕掛けがないかどうかを慎重に確認する。

そして、何かあっても問題がないようにと防御魔法で箱の大半を覆い、そこに手を入れると、静かに箱を開ける。


「これは……」


箱の中には短い糸が光っているだけだった。

すべての記憶がこの中にあるとは思っていなかったけれど、とにかく短い。

記憶の量と糸の長さが比例すると考えるなら、この糸はロイクールが彼から預かっているものより少し長い程度だ。

そこに収められた記憶など、ほんの数分に満たないだろう。

ロイクールがそんなことを思っている間にも糸はふわふわと本人の方に向かって動き始めた。

これだけで、この記憶が彼の物であることが証明されたようなものだ。

記憶の糸は本人がいるからかそっちらに引っ張られていく様子を見せたが、別の目的で使用していた防御魔法に移動を阻まれてその中にとどまっていた。

ロイクールも想像していなかった、防御魔法の副産物だ。

ほかにも同じように保管されているものがあり、仕掛けがないのなら、こうして糸だけを抜き取ってくる方がいいのかもしれない。



ロイクールはとりあえず気持ちを落ち着けると、その糸を手に取った。

それに触れたことで、記憶の一部がロイクールの中に流れ込んでくる。

短い記憶だが、情報は少なくない。

慎重にすべての内容を確認したロイクールは、思わずため息を漏らした。


「これはあまりいい記憶ではありません。短い記憶である上に、衝撃的な場面だけが切り取られたものです。素性に関するヒントはなさそうです。大丈夫ですか?」


あなたが知りたいのは自分の素性だろう。

それとは関係のない、どちらかといえば不幸な記憶だが、それでも自分の中に受け入れるかとロイクールが確認すると、彼はそれが自分の記憶ならどんなものでも受け入れると、強い意思を示した。


「はい。大丈夫です。もしかして、私が襲われた時の記憶とかでしょうか?」

「そうですね。その周辺と思われる一つの、ほんの数分の記憶です」


彼の察しの良さに舌を巻きながらも、内容を説明してから聞いてもよかったかもしれないとロイクールが考えながら話をした。

まだ記憶を戻したわけではない。

ここでならまだ預けておくという選択肢も残されている。

ロイクールが再度確認すると彼は苦笑いした。


「大丈夫です。きっと何度も襲われているでしょうから、これからも同じような記憶を回収することになるのでしょう。気にするなら最初から探したりはしません」


彼には柔軟な発想に適応力、曲がらない信念がある。

おそらく何があっても記憶を戻すと主張するだろうと思っていたけれど、ロイクールのその見立ては間違っていなかったらしい。

ロイクールは小さく息をつくと立ち上がって彼の前に一枚の紙を差し出した。

一応使わないだろうインクとペン、それからナイフを置く。


「わかりました。ああ、戻すのは初めてですね。前と似たような手順になりますが、一応ここに血判をいただければ契約は成立です。ああ、お茶は今お持ちします」

「準備がいいですね」


すでに作業に進む準備が万端じゃないですかと彼が軽く言うと、ロイクールは目を細めた。


「ええ。あなたならきっと、この記憶がどんなものでも返却を希望されると思っていましたから」

「はい。ありがとうございます」


彼はそういうと、迷わず記憶を戻すために必要な契約書に血判をした。

その間にロイクールはお茶を用意する。

すると彼はその契約書をロイクールに戻すなり、すぐにお茶に口を付けた。

一度飲んだことのあるものであるからか、ためらう様子もない。

それどころか早くしてほしいと催促されているような気がする。

ロイクールが契約書を確認して、それをしまうと、さっそく忘却魔法を展開し記憶を戻す作業に取り掛かるのだった。



「いかがですか?」


記憶を戻してから数分、覚醒してきた彼にロイクールは声をかけた。


「これは、私がどこで記憶を奪われる直前のようですね。自分が思っていたより危険な目にあっていたのですね」

「そうなりますね」


当然金品を奪っていないとはいえ、体の中にある一部を奪うのだから荒事がないわけがないと思っていた。

この時、幸いにも大怪我などはしていなかったようだが、怖い思いをしたのは間違いない。

ただ、記憶として頭の中に入ってくると、体が覚えているのか自然と恐怖心が湧いてきた。

そしてこれまでの行動がいかに安直だったのかを理解した。

これでは保護対象にされても仕方がない。


「これがきっと、過去の私なのですね」

「はい。おそらくは」


ロイクールも本人も、さすがにこの記憶が本人のされたものなのか目撃したものなのかを特定するのは難しい。

けれどその視点は明らかに暴行を受けた時のものだから、おそらく本人の物で間違いないだろう。

ロイクールがそういうと、彼は急に微笑んだ。


「なんだか不思議な気持ちです。これまで全く知らなかったものを急に見せられたのに、なぜかとても懐かしいのです。良くない記憶なのに、とても愛おしく感じます。おかしいですよね」


そして彼は嬉しそうの微笑みながら涙を見せた。

それが初めて記憶を取り戻したからなのか、あきらめずに行動してきたことが報われたからなのか、ロイクールにはわからない。

けれど言えることはある。


「いいえ、これまでずっと離れていた記憶という我が子との再会です。この記憶はずっとあなたに会いたがっていたに違いありません。それはあなたも同じだったはずです」

「そうか、そうですね。記憶が戻るというのはこういうことなのですね」


ずっと追い求めていたのは失った焦燥感からだったが、本当はそれだけではなかったらしい。

取り戻して生まれた新たな感情に戸惑ったけれど、心の奥底により強い記憶に対する執着があったということだろう。

彼が思わず苦笑いを浮かべると、ロイクールは目を細めた。


「人にもよるでしょうけれど、あなたにとって記憶というものが、それだけ大切なものということだと思います」

「ありがとうございます。短い記憶ですが、再会できてよかった。もう失わないようにしなければ」


いい記憶ではないけれどその記憶との再会を喜んでいる。

これまで多くの人が返却の際に伝えてきたお礼の言葉は、預かってくれたことへの感謝だと捉えていたけれど、もしかしたらそういう思いが込められていたのかもしれないとロイクールは考えを改める。


「そうですね。そのために、あなたはこれから、より自分の身を大切にして守らなければなりません」

「はい。この子を二度と手放さないためにも、そうしたいと思います」


本人は大変喜んでいるが、今回取り戻せた短い記憶を戻せただけだ。

確かに大きな一歩だが、もし彼の記憶がすべてこのようになっていたら、すべてを回収するのにどれだけかかるのだろう。

その間にまた彼から記憶を奪おうとするものが現れるのではないか。

ロイクールは一抹の不安を覚えたが、再会を喜んでいる彼に、今それを伝えるのは野暮というものだ。

ロイクールはとりあえず言葉を飲み込むと、彼を部屋まで送ることにした。

この様子なら、一人でゆっくり向かい合うのもいいだろうと考えたからだ。


「ありがとうございます。今回の件で希望とやる気が出てきました。ほかの記憶とも再会できるよう、私も努力したいと思います。ですが、記憶を戻ったことはしばらくほかの人には悟られないようにしたいと思います」


もし記憶が戻ったことをこの相手に悟られたら、また同じ目にあわされるに違いない。

そして今度は、長く紡いできたロイクールとの記憶まで奪われてしまうかもしれないのだ。

これまでよりも守るものが増えたのだから、自分がしっかりしないとと彼が言う。

悪い部分の記憶が戻ったからこそ、その思いが強くなったのだとしたら、結果として最初に戻ってきたものがこの記憶でよかったのかもしれない。

ロイクールは、彼にその自覚が生まれたことは良いことだとその意見に賛同した。


「賢明な判断だと思います。私もできるだけ尽力いたします」

「はい。よろしくお願いします」


彼はそう言って頭を下げると、部屋は隣なのだから一人で大丈夫だとロイクールの部屋から出て行ったのだった。

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