再会、そして動きだす歯車(1)
「おはようございます。あとでお時間よろしいでしょうか」
ロイクールが一緒になった朝食の際に予定を聞いてきた。
もちろん何もないし、むしろ相手をしてもらえるのなら歓迎だ。
彼は二つ返事でそれを了承した。
「はい。もちろんです。何かありましたか?」
「ええ。後でお話しします。私の部屋かあなたの部屋で話したいと思うのですが」
周囲を気にしながらも当たり障りのない聞き方をするロイクールの様子から、おそらく自分の記憶に関することだろうと察した彼はうなずいた。
「わかりました。どちらでも構いません」
「では、私の部屋でお願いします。この朝食の後で。急ぎませんのでゆっくり召し上がってください」
「はい」
そんな話をすると、二人は静かに食事を再開した。
ほどなく食事の早いロイクールが先に席を立つ。
それからしばらくして、遅れて完食した彼は一度部屋に戻った。
食後におなかを落ち着かせてから彼はロイクールの部屋を訪ねた。
「ロイさん、私です」
「お待ちしておりました。お入りください」
「はい。失礼します」
彼が中に入ってきたところで、人払いをする。
それからロイクールはずっと身に着けるように持っていた小さな箱を彼の前に置いた。
「まずこれを見て感じるものはありますか?」
「これは……。もしかしてロイさん、外出されていたのですか?」
感じるものに対する答えではないが、明らかにこの箱に対して説明できないような何かを覚えたのだろう。
もしこの中に自分の思うものがあるのならロイクールはなんだかの手段でこれを持ち帰ったことになる。
そちらが気になって彼がロイクールに尋ねると、ロイクールはうなずいた。
「はい。実は先日のところへ」
「お一人でですか?それで……」
先日引き寄せられるような感覚があった建物だが、結局何があるかを確認せずに帰ってきてしまった。
ロイクールがそこを訪ねて行ったのなら中も見てきたということだろう。
なぜそこに足が向いたのかはわからないままだけれど、その原因の一端がこの箱の中にあるのは間違いなさそうだ。
とりあえずロイクールから情報を得ようと彼が促すと、ロイクールは察しの通りだと続ける。
「まだ中身は確認しておりませんが、それらしきものを見つけたので持って帰ってきました」
「なるほど、それがこれというわけですか」
目の前の箱の中にあるものが、自分の追い求めてきたものかもしれない。
思わず期待に胸を膨らませるが、ロイクールが念を押す。
「あなたから以前預かった記憶が、ここにあると教えてくれました。ですが、開けてみないと本当にそうなのかはわかりません。それにここにあるのは、そのすべてではないと思われます」
彼ががっかりしないよう、期待しすぎないでほしいと伝えると、彼は首を傾げた。
「あの、なぜ確認していないのですか。私に気を使っていただいたということでしょうか?」
勝手に記憶を見るなどマナーに反することだ。
ロイクールはそう考えているのだろうが、それが本当に自分の記憶なのかどうかは中を見なければわからないだろう。
一度前に契約を交わしているから見たって問題ないし、これだって自分のためにしてくれたことだ。
そこまでしてくれている人に見られて困る記憶はないし、どうせ記憶を戻す時に見られるのなら同じことだ。
それでも本人の承諾を得てからというのだから、それはロイクールの気遣いで間違いないだろう。
けれどロイクールはそれだけではないという。
「開封した時にどうなるのか、中身がどうなっているのかわからないので、安全な場所で開封した方がいいと判断したからです」
ロイクールは記憶の糸の動きを気にして発言したつもりだったが、その言葉を聞いた彼の頭には真っ先に罠という言葉が浮かんだ。
「確かに、設置してある場所で開けたら、その建物内の罠が発動する可能性なんかもありますよね」
そこまで考えているのはさすがですと感心している彼に、ロイクールの方が感心した。
「なるほど。その発想はありませんでした。施した術者に戻したことがわかってしまう可能性は考えましたが、確かに本人が来なくても罠を発動すればいいですよね」
中身をその場で確認しようとしたら爆発するとか、そういう可能性もあったかもしれない。
箱が爆発しなくても連動して建物が吹き飛んだ可能性もある。
そうなった場合、たとえ記憶が本人に戻ったとしても、戻そうとした本人は爆発に巻き込まれて命を落とす可能性が高いし、そうなれば少なくとも記憶を不同意のまま持ち出した事実を知る人間を隠蔽することが可能だ。
本人に関しては、また荒事になったとしても同じように記憶を奪い取れば解決だ。
「参考になったのならよかったです。あの、危険なら安全が確認できるまで箱を開封しないという選択もありますが……」
目の前に自分の記憶があるのなら早くそれを取り戻したい。
その気持ちは大きいけれど、それによって安全が脅かされるのは良くない。
自分一人だったら、ここまでたどり着けなかったことは間違いない。
それに確認を待つ間にその記憶がなくなってしまうわけではない。
今更焦る必要もないと彼が言うと、ロイクールは首を横に振った。
「もちろんこれはすぐに開封します。というか、先ほど聞かれた理由についてですが、あなたの前で開封した方が色々都合がいいと判断しただけです。ここなら不審者は乗り込んできにくいでしょうし、仮に記憶が入っていた場合、変な戻り方をしてしまうと、糸が絡まって、あなたの記憶が混乱してしまう可能性があります。ですから記憶の戻る先であるあなたのそばで、すぐに確認や対処できる状態で開封したかったのです。あなたのいう建物などの罠があるとしたら、建物から離れているので、それも解決したのと同義でしょう」
こちらに懸念は何もない。
ロイクールがそういうと、彼は頭を下げた。
「やっぱり私への配慮ですね。ありがとうございます」
「では、心の準備はよろしいですか?」
後は受け取る側の問題だ。
ロイクールが受け取る心の準備ができているかと確認すると彼は目を輝かせてうなずいた。
「はい。どんなものなのか、楽しみです」
目新しいものを見つけて目を輝かせる子供のように、楽しみだと言う彼の言葉を聞いて、ロイクールの中に、同じように記憶が戻るのを楽しみだと言ったミレニアが頭をよぎった。
彼については失いたくて失ったものではないけれど、やはり戻ってくる時というのは、恐怖より喜びが勝るものなのかもしれない。
ミレニアとは、記憶を戻してから対面していないが、彼女はどうだったのだろうか。
ロイクールの中にそんなことが頭をよぎったが、今は彼のことに集中するべきだ。
そう思いなおすとロイクールも彼が凝視している箱をじっと見るのだった。