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仮想敵国への訪問と旅人の郷愁(20)

そうして彼と二人で街歩きをしたその日の深夜。

彼が引き寄せられるようにたどり着いた建物に、ロイクールは改めて一人でやってくると、とりあえずドアをノックした。

もちろん、人の気配を感じていないから出た行動だが、仮に他の建物にいる第三者の目に留まっても不振に思われないようにするためだ。

そしてノックに関しては当然だが待っても返事がない。



いつまでもドアの前にいるのも、だからと言ってすぐに中に入るのもおかしいため、ノックの後、少し間を空けてから、ロイクールは防御魔法を強め、静かにドアを開けると、勝手に建物の中に入ってドアを閉めた。

そうしてあっさりと忍び込むことに成功すると、周囲を見回し状況を確認する。

まず建物の中は閑散としていて、少々埃っぽい。

長く使われていないか、倉庫のような使い方をしているのかわからないが、少なくとも数週間は使われた形跡がない。

そしてありがたいことに人の気配もない。

ただ、偶然いないタイミングに居合わせた可能性が考えられるため、当然警戒を怠ることはしない。

ロイクールは全身の防御魔法を強めてから、慎重に部屋の中に足を進めていった。



そんな中、ロイクールの持つ記憶の糸は、より強い反応を見せていた。

どうやらこの建物の中に記憶の一部があるのは間違いないなさそうだ。

しかし人の気配が感じられない、管理されている様子もないこの場所に、記憶の糸が留まっているのは少々不自然だ。

建物を外から見た限り汚れたり壊れたりしている様子はなく、街に馴染んでいるのだから、何かしらの管理がなされているのは間違いないが、それは表面的な部分にとどまっていると考えて間違いなさそうだ。

ロイクールはとりあえず警戒を解くことなく、糸の引かれる方、さらに建物の奥まで進んでみることにしたのだった。



広くもない建物の中を一通り見て回ったロイクールが、記憶の糸の引きつけられる方へと歩いていると、糸は一つの部屋にある古い机の上に乗せられた小箱に、より強い反応を示した。

箱の大きさは手のひらに乗る程度で、宝箱のように大切に扱われている様子はない。

しっかりと古びた机になじむくらい、うっすらとほこりをかぶっている。


「この箱か」


おそらくこの箱には記憶の糸が外に出ないよう、封印のようなものが施されているのだろう。

ただ、それ以上の管理はしていないのか、する必要がないと判断されているのか、管理が困難だと放棄されてこうなってしまったのかはわからない。

けれどぞんざいにされていることから、大切にされていないし、必要なものとして扱われていないのは間違いなさそうだ。



ロイクールは自分で考えた末、糸をボビンに巻き付けて、それを糸車にひかせて戻らないよう調整している。

そして記憶の糸を保管している部屋全体を魔法で管理している。

ギルドとして立ち上げたこともあり、管理体制を分かりやすく見せる意味もあってそのような形になっている。

そしてミレニアの記憶を管理する時から、この体制をとっていたし、記憶の糸の所在を確認不要の状態で保管しようなどと考えたことはなかったが、管理室にボビンを装着する前、当事者から糸を取り出して持ち歩く時に使用している鞄には、似たような魔法を施してある。

管理する以上、確認が必要だから管理室で見える形にしているけれど、そうではなく、単に相手に戻さないようにするだけなら、この方法がかなり有効であることは間違いない。

確かに糸が出られないようにしていれば戻ることができないのだから、記憶を永久的に戻す気がないのなら、これで支障はないのだ。

おそらくロイクールの鞄に施してある魔法と同じような効果をこの箱に付与しているのだろう。

つまり彼らは、本人の記憶が戻らなければ問題がなく、彼の記憶そのものに興味はないということだ。



ロイクールは目の前の小箱を見て、悩んだ末、ここでは開封せず、箱ごと持ち帰ることにした。

誰にも管理されておらず、人が立ち入らないのなら、無くなったことに気づかれることはないはずだ。

仮に気が付かれたとしても、施錠すらしていない不用心な環境を生んだのは相手なのだから、盗人に入られたところで仕方のないこととして処理されるべきだろう。

それに、この箱そのものに記憶の糸が入っていることは間違いなさそうだが、箱に施されているのが本当に封印だけなのかわからない。

もっと重く考えるのなら、この箱そのものが罠である可能性だってある。

何かあった時、開封されたのが国の中枢ならば、仮に封印した魔術師が気が付いたとしても、容易に乗り込んではこないはずだ。



何より、封印しかされていなかったとしても、ここで開封した場合、記憶の糸は間違いなく本人に向かっていく。

中にどのような状態で保管されているかわからない。

切り刻まれている可能性も考えらえるし、本人に引き付けられる糸を捕まえられない可能性だってある。

そうなると、自分より先に本人のところに記憶がバラバラに戻ってしまうことになる。

彼がどのような状態でいる時にそれが起こるかわからないため、場合によっては大変危険だ。記憶を戻すなら、正しい手順で、より正確な状態で戻したい。

本人と面会している状態で箱を開けるのが正解だろう。



ロイクールはとりあえず箱を手にすると、そこに乗っている埃を机にできて不自然な跡の上に落した。

そこに軽く風を当てて、埃が均等になるようになじませる。

こうしておけば箱があったことを知っている人間ならば気が付くだろうが、元から気にしていない者が紛失に気付くことはないだろう。

ついでに同じように退出した部屋の床にも似たような処理を施して、軽い証拠の隠滅を図る。

これも相手に侵入を気付かせるのを遅らせるためだ。



とりあえず証拠隠滅をしながら、箱は大切に鞄の中にしまう。

本人の目の前で箱を開けた方がいいと思いながら、一方で自分の予測が外れていて、この中に記憶がなかったらどうするべきか。

頭の中をそんなことがよぎったが、彼ならばきっと先んじて説明しておけば、どんな結果になっても納得してくれるはずだ。

正解の分からない不安もあり、早く箱を開けたいという気持ちが強まる。

とりあえずそんな感情を抑えて、出た時と同じように見つからないよう宿泊している部屋に戻ると、ロイクールは朝が来るのを待つのだった。


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