仮想敵国への訪問と旅人の郷愁(19)
二人の姿を見つけた護衛は、中心街にいたことに安堵しながら、今度は引き離されまいと必死についていった。
その気配にロイクールが気が付いて、一応彼にもそれを伝える。
「護衛たちが再び私たちについてきています」
「わかりました」
二人はその認識を共有してから、普通の観光を楽しんだ。
腹ごしらえを済ませると、見張りからもわかりやすいよう店に入り買い物をする。
「こうして誰かと買い物をするのは不思議な気分です」
「そうですか?」
これまでにそう言ったことはしなかったのかと不思議そうにしているロイクールに彼は言った。
「気がつけば私は一人でしたし、その後も……、おそらく一人で動いていたでしょう。人と過ごした記憶は、今回のことを除いて失っていますから、本当のところはわかりませんが、これまでも今回と同じだったのではないかと推測されます」
「確かに、宿に案内してからもお買い物などに出かけたりしませんでしたしね」
安全面や保護についてはしっかりと考えたし、不自由はないように配慮をしたつもりだけれど、それでも不便をかけたのは変わりない。
必要なものがそろう環境を整えたとはいえ、それが望んだ形ではなかったのは一目瞭然だ。
慣れないことばかりでストレスになってしまったかもしれない。
もう少し配慮すればよかったとロイクールが反省の言葉を続けようとすると、彼がそれを止めた。
「それは過分な待遇で必要なかったから、問題はありません。むしろ、安全に配慮いただいて感謝しているのですから」
「ありがとうございます。他に何か欲しいものや必要なものは?」
その言葉にロイクールは救われたとお礼を伝えた。
そして、せっかくだから他に欲しいものなどもそろえてしまってはどうかと提案をすると、彼は少し悩んだ様子を見せてから言った。
「そうですね……。動きやすい庶民の服でしょうか。旅の装備についても教えてほしいです」
「旅の装備ですか」
すでに旅をしている状況の今、旅の装備が欲しいと言われたロイクールが真意を探るように聞き返すと、彼はその疑問の答えを自ら話し始めた。
「はい。もしかしたらまた記憶は奪われるかもしれませんが、ロイクールさんにいつまでも保護者をしてただくわけにはいきませんし、記憶の全ては戻らなくても、いつかは一人で動かなければならない日が来るでしょう?教えておいてもらえたら、少なくとも記憶のある間は旅を快適にできるはずです。金目のものが目当てではないのなら、お金だけではなく、衣類なんかは残してもらえるかもしれない」
残してもらえるかも、ということは、なかったということだろうか。
しかしロイクールが出会った時の彼は服を着ていた。
記憶を失った直後に出会ったわけではないので、その時の状況はわからないが、少なくとも、手元にお金はあったと聞いたように認識している。
そこに矛盾を感じたロイクールは思わず尋ねた。
「ちなみにこれまで……、いえ、今回は?」
「最初の持ち物に来ていた者以外の衣類はありませんでしたね。元々持っていたかも定かではありませんが……」
「なるほど」
服にはその土地の個性がある。
さらに流行もあるから、そこを細かく辿れば、彼がどの時期、どこに滞在していたかを絞り込むことができるかもしれない。
あまり考えていなかったが、もっと身近なところから、彼の素性を探ることもできたのだろうが、今までその考えには至らなかった。
けれどその情報すら、彼から記憶を奪っている相手は与えまいとして必死ということらしい。
ロイクールはそこに大きな意味があるように感じられてならなかったが、彼がそこに気が付いていないのなら、そのままにしておいた方が安全だろう。
彼が服を扱う店で好みのものをそろえた後、とりあえず彼の要望通り、旅支度として必要な保存食、持っていると便利な道具などを紹介する。
そうして買い物したものたちを手に、ロイクールたちは自分たちを見張っている相手のところへと向かい声をかけることにした。
これが今日の外出終了の合図だ。
彼にとりあえず一旦引き上げると伝え、了承を得た上で、あえて彼らのところに寄っていくと声をかけた。
「今日はありがとうございました。おかげで外の食事を楽しむこともできましたし、色々買い物をすることができました」
ロイクールが彼の抱えている荷物を見せつけるように、彼の方に視線を送ると、護衛たちは安堵の表情を浮かべて、ロイクールの言葉に答えた。
「それはよかったです。すみません、実は一時的にお二人を見失ってしまいまして……、本当に無事でよかったです」
わざわざこちらに来て声をかけたということが、自分たちの存在に気付いていながら黙認したということだと判断した彼らは、堂々とそう言う。
それに対してわざとだと悟られることの内容に、ロイクールはうまく言葉を選ぶ。
「いいえ、わざわざ私たちに気を使って離れて護衛してくださって、恐縮です。それにここに来る際も馬車も用意していただいて」
「当然です。お二人は大事なお客様ですから」
彼らからすれば他国の客人に何かあっては困る。
当然のことだというので、とりあえずそれをお礼の言葉で受け流した。
「ありがとうございます。あまり長い外出はよくありませんよね。改めて明日以降、お願いしようと思うのですが」
「そうですね。ではお戻りでよろしいですか?」
「はい」
二人が戻ると聞いてあからさまに安どした様子の護衛たちは言った。
「ではすぐに馬車を用意しますので少々お待ちください。その荷物では歩いて戻るのは大変でしょうから」
「わかりました」
するとほどなくして中央広場付近に馬車が現れる。
ロイクールの予想通り、帰りの馬車も用意されていたということだ。
きっとこちらから見張りをしていた者たちに声をかけなくても、勝手に歩いて帰ろうとしたところで、彼らは自分たちを呼び止めたに違いない。
客人だからという大義名分を掲げているものの、この国からすれば、ロイクールたちもまだ監視対象に入っていて、信用されているわけではないということだ。
つまりまだ、彼もロイクールは公に一人で外出を認められないということになる。
そうなると、彼の旅支度は、無駄とは言わないまでも、ここでの出番はないのかもしれない。
とりあえずその点は見て見ぬふりをすることにして、迷うことなくそれに乗る。
そうしてロイクールたちは護衛たちに連れられて、その日は一旦、宿泊している一室まで戻ることになるのだった。