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仮想敵国への訪問と旅人の郷愁(17)

そしてしばらく歩いているとついに狙った通りのことが起こった。

遠くから見はられている様子を感じたこともあり、とりあえず屋台を回っていると、彼が突然一つの路地を指さしたのだ。


「何となくこっちのような気がします」


どうやら、彼の感覚に引っかかるものがあったらしい。

ロイクールがそれとなく記憶の糸を確認すれば、確かにそちらに引っ張られる様子が見られるし、昨日確認した場所の一つに向かう路地であることは間違いない。

何より、彼本人が気になるというのだから、それに従うべきだろう。


「では行ってみましょう」


ロイクールがそう言って路地に入ろうとすると、そんなにあっさりと許可が出るとは思っていなかった彼は驚いて目を見開いた。


「いいのですか?」

「何か感じるところがあるのでしょう?」


ロイクールがそう尋ねると彼は少しうつむいて、言葉を探した。


「そうですね、感じているのとは少し違って、こちらに行くのが正解のような、そんな感じですね。体が覚えているというか、勝手にそちらに向かうというか、うまく説明はできないのですが」


記憶があるわけではないから説明できない。

けれど何かあるように感じる。

記憶の人が引っ張っている方向であることはロイクールが確認しているので、無駄足にならないのは間違いない。


「もしかしたら鮮明な記憶はなくても体が覚えているのかもしれません。それならば、抗わず、それを信じてみる方がいいのではないかと思います。体が覚えているということは、過去にここを歩いたことがあるということでしょうし、もし頻繁に来ていたのなら、あなたを覚えている人がいるかもしれない。記憶そのものは見つからなくても、そこからあなた自身のことに関するヒントを得られる可能性だってあります」


記憶がなくても感覚があるのなら、それに従ってみるのも悪くはない。

あくまで本人が記憶し認識したものが抜き取られてしまっているのであって、反射や本能までが消えてしまうわけではないのだ。


「これまで、記憶は失われるものであり、取り戻さなければならないものと思っていました。だから記憶そのものを探さなければと躍起になっていたのです。ですが、知っている人から教わって、自分を知るというのはいいかもしれません。聞いても今の自分との違いが大きければしっくりこないかもしれませんが……」


最近、自分の記憶の量が増えてきたことが楽しく、失った記憶を新しい情報で塗り替えるのも悪くないかもしれないと、現状を前向きに捉えられるようになった。

これも、安心して休む場所が提供され、自分と向き合う時間ができたからだ。

ただ、普通はこんな経験をすることはないので、自分の共有するのは難しい。

こんな話をされても困りますよねと、はにかみながら言う彼に、ロイクールはそんなことはないと伝えた。


「それは仕方がないでしょう。それに、相手が話していることが本当か嘘か、こちらにはまだ判断する基準がありませんし、それが本当のことであっても、あくまで知ることができるのは、その人から見た一部分のあなたにすぎませんから」


記憶をする際、一緒に感情も乗ってしまうことは多い。

だからその人が不愉快な思いをした時に彼に出会っていれば彼の印象が悪い可能性もあるし、環境が悪くて、その中に彼がいたから、彼もそういう環境で生きる人だと判断されたりすることもある。

一面しか知らない人の、しかも記憶などそもそもあいまいな部分が大きいのだから、当然、他人からの情報では、本来の自分ではない情報も入ってきてしまうだろう。


「外から見た自分と、内側にある自分が違うというのはあるかもしれませんね」


彼がロイクールの意見に感心していると、ロイクールは一応アドバイスを付け加えた。


「ですから事実であれば揺らがないようなところから追跡調査をしてたどればいいでしょう。相手がどう感じたかは話半分に聞いていた方が気持ちが楽だと思います」


ロイクールの言葉に彼もうなずく。


「少しでも自分に関する手掛かりがつかめるのならすべてを受け入れるつもりだったのですが、ここはロイさんに従います」


せっかくここまで来たのだ。

すべてを一度に解決することはできないかもしれないけれど、自分に関する大きなヒントを得られるかもしれない。

そのために、この体にしみこんでいるかもしれない動作が役に立つのなら、それに従って動くしかないだろう。

彼がその感覚に従う決意をすると、ロイクールはうなずいた。


「それでは案内をお願いします」

「わかりました。説明はできませんが、体が動くままに歩いてみます。こちらです」


そう言うと彼は自然と歩き出した。

操られているわけではないが、導かれるような動きをしている。

頭の中の景色を追いかけているわけではなく、本当に体か本能の赴くままに動いているのだろう。

ロイクールは彼の邪魔しないよう、少し後ろを、周囲を警戒しながらついていくのだった。



彼の感覚に従って、人ごみに紛れ、うまく路地に入り込んだロイクールたちがしばらく歩くと、彼が突然立ち止まった。


「ここは何でしょう。あ、聞かれても困りますよね……」


正面にある建物のドアを見ながら、憑き物がとれて我に返ったように彼は首を傾げた。


「そうですね。私も初めてきた場所です。ですが、一旦中心部まで引き返しましょう。地図か何かをお借りして、ここがどういう場所なのかを確認してから訪ねた方がいいでしょう」


まず、この建物に所有者がいるとしたら、見知らぬ自分たちは明らかに不審者とみなされる。

何をされても文句は言えない。

自分一人なら無理もできるが、非戦闘員であり、かつ保護対象である彼が一緒だし、そもそもこの調査も彼のために行っているものだ。

本人に何かあっては意味がない。

そして幸い、まいた騎士たちには見つかっていないようだが、あまり見えないところにいるのは不自然に思われる。

あえて中心街にいたと見せかけた方が相手の信頼も得られることだろう。

様々な理由から一度中心街に戻って、騎士の監視対象内に入る方がいいとロイクールが彼に小声で説明すると、彼はうなずいた。


「わかりました」


重要な手がかりを得られただけで、ロイクールからすれば充分な結果だ。

彼からすれば不満も残るだろうが、彼は賢い人だから、あとから詳細を説明すれば納得してくれるだろう。

とにかくここに長居して、その話をするのは危険だ。

そのため、とりあえず彼の安全のため一旦その場所を離れることにしたのだった。

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