仮想敵国への訪問と旅人の郷愁(16)
街歩きから戻ったその日、とりあえず夜にこっそりと抜け出し、街の闇に紛れていた。
夜に一人、こうして抜け出し歩くと、昔、寮を抜け出していたことを思い出す。
その時は一人ではなかったが、やっていることはその時と変わらない。
ただ、規模が大きいだけだ。
ロイクールは闇に紛れて街まで移動すると、案内されて歩いた道を途中まで行き、案内がいる時には入ることができなかった曲がり角に立った。
ところどころ、こういった路地裏のような場所で、預かった記憶の糸が引き寄せられる感覚があるので、おそらくこれらの場所に記憶の一部があるのは確かなのだが、なぜかその数や回数が多かった。
糸が移動していて、ロイクールの行く先々で偶然近くを通っているのか、隠されている場所が多いだけなのか、先ほどの場所まで戻れば確認ができる。
ただ、路地裏とはいえそこには多くの住居があり、中に入って取り返すことができるとは限らない。
だから今日は視察ということになる。
それに明日は、彼本人を連れて街を歩く予定だ。
きっと彼も記憶の糸のあるどこかに自然と引き寄せられるだろうから、行く可能性のある場所の下見ができれば十分だ。
幸いにも昼から糸に動きはないらしい。
ならば場所さえ分かれば、回収できるだろう。
ロイクールは再び闇に紛れて部屋に引き返したのだった。
一人で一度下見を済ませ、夜の街の様子を理解したロイクールは、翌日、彼を誘って歩いてみることにした。
手元にある記憶の糸にも動きはあったが、やはり本人の方が引き合う力の方が強い。
あることはわかっているのだから、本人を連れて歩いた方が発見確率は上がるはずだ。
自分は経験がないため何とも言えないが、糸が本人に向かうように、記憶の持ち主である彼の方で何か感じ取れる可能性だってあるのだ。
「おはようございます。長らく部屋に閉じ込める形になってしまって申し訳ありません」
優先順位の高いミレニアの件を済ませる間、放置する形となってしまったことを謝罪すると、彼は首を横に振った。
「いいえ、私の記憶のことも調査していただけるよう、掛け合ってくださっていると聞いています。むしろ何もしていない私の方が申し訳ないと思ってしまったくらいです」
閉じ込められているというが、逆に言えばそれは鉄壁の守りがあるのと同じということだ。
だから心置きなくのんびり過ごすことができたと彼は言う。
「あの、もしよろしければなのですが、これから街に出ませんか?私は昨日、少し案内してもらったのですが……実は気になることがありまして」
彼の部屋を訪ねて、そう申し出ると、彼はロイクールが声を潜めたことで記憶の件で進展があったのかもしれないと、悟った。
そのためあえてその件には触れず、外に出たいと口にした。
「そうですね。せっかくと腕をしてきたのに、観光もできずに帰るのはもったいないですから、ぜひ歩いてみたいです。ロイさんは昨日少し歩いたんですよね。その中でおすすめの場所とかでもいいので、案内してもらえると嬉しいです」
彼はそう口にすると顔を上げた。
そこには見張りをしている騎士がいる。
「どうでしょう。昨日は彼が歩いても大丈夫かどうか不安でしたから一人で下見をしましたが、街の安全は確認できましたし、二人で歩いてみようと思うのですが」
ロイクールがそのような言い回しをすると、自分では判断できかねるので確認してくるから待つようにと言い、部屋を出ていった。
そうしてほどなく許可は下りた。
昨日ロイクールが大人しくしていたことが功を奏したらしい。
自由に歩いていいという。
「せめて近くまで馬車で送りましょう」
「ありがとうございます。やはり最初は中央広場が安心かと思っています」
ロイクールが送り先を指定すると、自分たちの案内を覚えていたのかと騎士が表情を緩めた。
「そうですね。ではそこで降りていただいて、店や屋台を見て楽しんでください」
「はい。ありがとうございます」
とりあえずここを安全に出ることが優先だ。
それにロイクールだけなら魔法を行使できるからともかく、連れは魔法が使えるかわからないどころか、記憶もない人間だ。
特別身体能力が高そうではないし、送ってもらえるというのなら遠慮する必要はないだろう。
そうして彼らは街の中心部まで馬車で送られることになった。
馬車は中心街に着くと、すぐに二人を下ろして去っていった。
おそらく護衛と称して馬車についてきていた者たちの動きが不自然だったので、自由にさせると言いながらも、こちらは見張られるということだろう。
まだ昼には早い時間だが、すでに日は高いため、屋台のあちらこちらから煙が上がっているし、人通りも多いため、多くの掛け声が上がっていて、すでに活気がある。
この雰囲気に乗っかって、とりあえず屋台を楽しんだ方がいいだろう。
「とりあえず、しばらく見張りが付いていると思いますので、腹ごしらえを先にしませんか?いきなり連れ出してしまいましたから、食事も十分にできなかったでしょう?」
「確かに、お腹が空きました」
見張りと聞いて周囲を警戒し彼は体をこわばらせたが、ロイクールはとりあえず相手に攻撃を仕掛けてくる様子はなさそうだと伝えるとうなずいた。
「そんなに警戒しなくても大丈夫です。いずれ人が増えればついてこられなくなるでしょうし、あちらは目立ちますからこちらからは常に彼らの位置が分かります」
本当はロイクールが魔法で警戒しているからこの人込みで彼らを察知できるのだが、あえてそれを伝える必要はない。
彼らの位置がこちらからわかっているのだから、こちらがうまく動けばいいだけだ。
ロイクールが安心してもらおうと、最後にあなたのことは私が守りますとつけ加えると、彼は大きく息をついた。
「ロイクールさんがそうおっしゃるのなら、食事をおいしくいただくことに集中したいと思います」
そう言って、ようやく彼は表情を緩めた。
早速二人は食事を手に入れるため、近くの屋台を回っていく。
片手で食事をとりながら歩き、食べ終わると次の店で購入してということを繰り返す。
一応動きは自然に見えるようにしているが、ロイクールが気になった路地の周辺にある屋台に向かって歩いている。
しかしロイクールがそちらに向かうと自然と彼もついてくることになるため、知っている者が見れば、昨日来たロイクールが彼にお勧めの屋台を案内しているように見える。
これならば見張っている者たちも不自然には思わないだろう。
本当ならロイクールが気になっている路地に入ってしまいたいところだが、それはもう少しここで腹ごしらえをしてからでもいいし、人が増えてくれば彼らをまくこともできるだろう。
ただ、短い記憶の糸が反応するくらいなのだから、もしかしたらこの距離でも彼に感じるものがあるかもしれない。
その時は、彼に従って動こう。
ロイクールはそう決めていたのだった。