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仮想敵国への訪問と旅人の郷愁(13)

ミレニアの記憶を戻し終えたロイクールは、少し殿下の側に寄り、小声で終了した旨を告げた。

ミレニアは公言した通り眠りに入ったようなので、起こさないようにと付け加えると、侍女がひざかけを手にロイクールの様子を伺う。


「あの、お風邪を召されるといけませんのでこちらをおかけしたいのですが、よくないでしょうか」


殿下との話が切れたところで、侍女は静かに寄ってきてロイクールにそう尋ねた。

空気を読んでか、彼女も小声だ。


「ありがとうございます。静かに掛ければ起きることはないと思いますので問題ありません。そうして差し上げてください」

「ありがとうございます」


ロイクールが答えると侍女はミレニアの方に近寄り、持っていたひざ掛けを静かに開いて乗せた。

そして起こさないよう整えると、足音を立てる事もなく元の配置に戻った。


「終わったと言われたが、私には何をしているのかわからなかったな」


ロイクールが主に手や腕を動かして何かを捜査している事は分ったが、殿下に糸は見えていなかったようだ。

そのため見学していたが、何が起こったか分からないと殿下が言うので、ロイクールは言い出しにくそうに確認する。


「殿下、失礼ながら魔法は……」

「使えんな」

「失礼しました」


火や水のような物理的なものが出てくる魔法なら、適性がなくても見ることができる。

けれど、このような特殊な魔法は認識が困難らしいのだ。

ロイクールは元々的性が高く、当たり前のように見えているので不思議には思わなかったが、師匠曰く、見られない人もいるので、言葉には木をつけた方がいいと、そういうことだった。

まさかその確認が必要となる最初の相手が、仮想敵国とされている国の殿下になるとはさすがにロイクールも想定していなかったが、教わっていてよかったとは思った。

ロイクールがとりあえず不躾な質問に対して謝罪の言葉を口にすると、殿下は気にしなくていいという。


「いや、よい。それでミレニアはどうなのだ」


傍から見れば寝ているだけのミレニアだが、干渉しないよう伝えてあるため、彼女の中で何が起こっているのかを知る術はない。

だから一番わかりそうなロイクールに殿下は尋ねたのだ。


「私の預かっていた記憶は戻しました。ミレニア様の頭の中には一度にたくさんの情報が流れてしまっているはずですから、ぼんやりしたり、混乱したり、場合によってはその処理が追い付かなくて気を失われることもあるので、こうして最初から安全な体勢をとっていただいた次第です」


この様子を見れば、座っていたら倒れる可能性があるというのも納得だ。

ただ、表情が穏やかであるため、苦痛を与えられたわけではない事も理解できる。

戻された記憶とは、これから向き合っていかなければならないので、ここからが本番とも言えるが、あとは本人次第というのが正直なところである。


「早急に確認したいところだが、まだ声はかけない方よさそうだな」


寝ているところを起こして声をかけるのはよくないのだろうと殿下が確認するので、ロイクールはその通りだと肯定する。


「今声をかけられては混乱が増すだけでしょう。殿下と私が近くで話をしているくらいであれば問題ないと思いますが、本人に声をかけたり、思考の妨げになる行為は遠慮していただければと。静かに寝室に運ぶなどはできると思いますが、ぼんやりしながらも、すぐに目を覚まされるはずですから、その際にそれとなく声をかけて移動するのがいいでしょう」


せっかく絡まらないように戻したのに、それを引っ掻きまわす行為は控えてほしい。

それで記憶が混乱して本人がパニックになっても責任は持てない。

ロイクールがそう言うと、殿下はうなずいた。


「わかった。では目覚めるのを待つとしよう」

「ご理解感謝いたします。あとは本人がその記憶を受け止めるだけですが、それにつきましては本人次第となりますのでご了承ください。覚醒して早々にあれこれ追求するのも本人の負担となりますので、当面は控えていただければと思います。あとは、日頃ご一緒している皆様にお任せして、私は部屋に戻らせていただきます」


ロイクールの申し出が意外だったのか殿下は驚いたように言った。


「見届けないのか?」


自分の事を認識してもらえるようになって一番嬉しいのはロイクールだろう。

なのにロイクールはミレニアと顔を合わせる前に部屋に戻るという。

その事に殿下が驚いていると、ロイクールは首を横に振った。


「そうではありません。戻した記憶が、私に関係するものですから、意識を回復して、思い出した途端、目の前に本人がいるというのは、さすがに精神的負荷が大きいのではないかと愚考致します。私の事を忘れさせてくれと依頼した事も、戻った記憶の中に含まれるわけですから……」


ロイクールに関する全ての記憶なので、当然ミレニアが記憶を預ける事を依頼したところもそれに含まれる。

どんな理由であれ、本人も記憶も全て置いていったという事実は消えない。

あの時は仕方がなかったのかもしれないが、さすがに認識できるようになった直後にロイクールの姿を見れば、自分を責める方向に心が動いてしまうだろう。


「ああ、それはそうだな……」


ロイクールは皆まで口にする前に殿下がそうつぶやいたため、説明を中断して用件だけを伝える。


「ですから、ご本人の記憶の整理が付いて、面会が叶うようになりましたら声をかけていただければと思います。面会を拒絶されるようでしたらそれでも構いません」


ミレニアがもし、滞在期間中にロイクールと面会できる状態ではないのなら、面会は諦めてもいいと思っている。

一番はミレニアの精神状態だからだ。

そして自国の皇太子殿下がつけてきた外交官に当たる男が、どのくらい滞在し、何を交渉するつもりかわからないので、ロイクールの滞在期間も実は不明となっている。

ただ一つ言えるのはロイクールは何があっても一度国に戻らなければならず、そのタイミングがその外交官に握られているという事だけだ。


「ではもうしばらく、待機してもらえるということでいいのだな」


やることはやったから帰ると言われたら、感謝を伝えることができない。

ロイクールとはこの先、ミレニアを通じて良好な関係を築いていきたいと殿下は考えているのだ。


「はい。戻るタイミングは外交官次第となりますので未定なのですが、まだ猶予はあると思います。それで、せっかく遠路はるばる見知らぬ土地まで来たのですから、待っている時間に、この国の街を見て歩いたりしたく存じます」


ロイクールができるだけもう一つの目的のために動きたいと考えて申し出をすると、殿下はせっかく来たのに観光の一つもできないのは確かに残念だろうと笑った。


「確かに遠路はるばる来て、こんなところに閉じ込めておくだけというのは失礼な話だ。居場所が分かれば問題ない。自由に過ごしてくれたらいい。必要ならば案内人もつけよう。行きたい場所があるのなら、遠慮なく言ってくれ」

「はい。ありがとうございます」


ロイクールが、それでは先にお暇をと言いかけたところでミレニアが身じろぎした。

どうやら少し意識が覚醒してきたようだ。

ここで慌てて部屋を出るのは得策ではない。

そのため、慌ててロイクールはミレニアの死角に移動して息を殺したのだった。

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