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仮想敵国への訪問と旅人の郷愁(10)

「確認してまいりました。部屋の準備も整っております」


ミレニアが指示を出し、ミレニアとロイクールの雑談が少し進んだ頃、最初に指示を出した女性が戻ってきて、少し離れたところからそう声をかけた。


「そう。じゃあ案内してちょうだい」


ミレニアはそう言うと早々に立ちあがった。

ロイクールは慌ててそれに習う。

しかし女性はそんなロイクールを見向きもせず、ミレニアに続きの報告を行う。


「かしこまりました。それと、殿下も立ち合いを希望されておりまして、直接向かうとのことです」


それだけ言うと女性は所定の位置まで下がって行った。

こちらも仮想敵国と認識しているが、おそらくそれは相手も同じで、ミレニアはすでにこの国の住人として認められているが、ロイクールはどんなに親しくとも他所者ということだろう。

その存在がこの国にあることが不愉快なのかもしれない。

元々平民であり、ここでお客様対応を期待してなかったロイクールだが、さすがに全員にそういう目を向けられるのは気分が悪い。

彼らからすれば早く返したい相手なのだろうが、自分はそもそも呼び付けられた側だ。

きっと上と下で認識に齟齬があるに違いない。

同時にミレニアはきちんとこの国で自分の居場所を作ったのだと安堵した。


「そうなのね。では申し訳ないけれど」


急にミレニアから言葉を向けられたロイクールは、我に返って答えた。


「殿下がいらしてから始めるということですね」

「ええ。それでお願い」


別に邪魔をされなければ誰がいても構わない。

むしろ呼び付けた権力者である張本人がいた方が、周囲の人間も納得がいくことだろう。

とりあえず用意できた部屋に移動するという話になったため、今回のお茶の席はお開きとなった。



部屋に移動して間もなく、殿下はすぐに姿を現した。


「いや。こたび立ち合わせてもらえると聞いた。彼女は私の妻だからな。同席させてもらう」


彼個人としても、国としても、妻と元婚約者の男を会わせるというのはあまり良いものと思っていないのだろう。

ロイクールが同席可能と伝えたため、彼はすぐにこちらに向かってきたようで、ロイクールが面会をした時と変わらぬ衣装のまま現れた。

普段は離れた場所に置いているにもかかわらず、こういう場面では誠意を示すのだなと、ロイクールの中に複雑な思いが沸く。

しかし要所を押さえて対処されているからこそ、彼とミレニアの関係はこじれていないのかもしれないと思い直し、ロイクールは言った。


「構いません。先ほどミレニア様の周囲にいらした女性にはお話ししたのですが……」


記憶の返却は確定事項だ。

ならば自分がすべきなのは、記憶を欠損や違和感のない状態で返却することだけだ。

そのために必要な事を説明しようとすると、彼が先んじて言った。


「ああ、邪魔するなと言っていたと聞いている。無体なことをしなければ邪魔などしない。こちらから依頼したことなのだからな」


そもそもロイクールがミレニアに何かするとは思っていない。

本来ならば邪魔であるはずなのに、自分を立ち会わせるというのは、ミレニアの名誉を守るためだろう。

それだけロイクールという男はミレニアを大切に思っているのだろうと、彼はそう捉えていた。

だからそのような心配はしていないが、彼を全面的に信用していると口にすれば、疑念を持っている自国の侍女たちが不審に思うことだろう。

何より、自分の立場的に下手に出ることは許されない。

お願いする立場であるにもかかわらず上からのもの言いに、ロイクールが気分を害するのではないかと考えたが、ロイクールは慣れた様子で軽くあしらった。


「ご配慮に感謝します。ミレニア様、お茶はどうされますか?」


殿下は邪魔をしないならそれでいい。

ロイクールはそれで充分だといった様子で適当に返事をすると、とりあえずミレニアに、先ほど説明をしたお茶を勧める。


「そうね、いただくわ」

「わかりました。お湯をいただいてもよろしいですか?」


ミレニアのためにお茶を用意したいとロイクールが申し出ると、先ほど話を聞いていた侍女がポットを持って進み出た。


「準備できてございます」


目の前にお湯の入ったティーポットを差し出されたため、ロイクールは事前に分けて準備してある茶葉を底に入れることにした。


「ではご用意いただいたお湯にこちらを入れて、少々お待ちいただきます」

「わかったわ」


茶葉なので紅茶同様、葉が開くのを待つ必要があるため、待ち時間が発生する。

ギルドで予約をもらっているお客様であれば事前に用意しておくが、ここではどうなるか分からなかったし、こんなにすぐ、ミレニアと引きあわされるとは思ってもみなかったため、事前に用意はしていなかったが、記憶の糸だけは手元から離したくなかったため肌身離さず持っていたし、そこに偶然にも茶葉も入れていただけだ。

記憶の糸だけを持っていたら茶葉は部屋に取りに戻らなければならなかっただろう。



偶然に助けられて順調に準備を勧めたロイクールは、時間ができた事もあり、ミレニアに再度尋ねた。


「先ほど、ご家族についての質問はいただきましたが、他に何かございますか。忘却魔法に関することでも構いません。不安があれば……」


ロイクールがそこまで言ったところでミレニアは首を横に振った。


「いいえ、先ほどの説明で不安はすでに解消されているから問題ないわ」

「わかりました」


特にミレニアからは何もないらしい。

ならば静かに茶葉が開くのを待つだけだなとロイクールが考えていると、別のところから声が上がった。


「私から質問をよいか?」


その声の主は殿下だ。

ロイクールに拒否権はない。


「はい。承ります」


そう答えると、彼は真剣な面持ちで言った。


「忘却魔法というのは、いわゆる記憶を操作する魔法なのだろうが、改ざんもできるもののか?」


この質問はよくされる。

特に魔法を使えなかったり、忘却魔法や記憶の糸と言うものについて認識が浅いと疑問に思われるらしい。

ただ、何を持って記憶の改ざんと捉えるかによる。

殿下には底から説明する必要がありそうだと判断したロイクールは、失礼にならないよう慎重に言葉を選ぶことにした。


「難しい質問ですね。私の場合、負担は大きいですが、基本的にそういったことにはならないよう配慮しております。国もそのように法を定めています。ですが、できるかどうかと言われると、その内容によるというのが正しい答えとなるでしょう」

「どういうことだ」


ロイクールが切り出すと殿下は当然、その先の説明を要求してきた。

もちろんそうなることは織り込み済みだ。

ロイクールは一度大きく深呼吸をして、ギルドにいる時の調子を取り戻すと、再び説明に戻るのだった。


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