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忘却魔法の管理人  作者: まくのゆうき


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仮想敵国への訪問と旅人の郷愁(8)

女性が部屋の準備や殿下への連絡に離れたものの、代わりの人が来ることはなく、他の人は変わらず遠くで見守っているだけなので、まだ二人で話す時間をもらえるらしい。

そう判断したロイクールは、ミレニアの、ここでの生活について聞いて見ることにした。


「お答えは差支えなければで構わないのですが、ミレニア様はこちらにお住まいなのですか?」


先ほど、中央を出てついてきてくれたと口にしたミレニアの言葉に引っ掛かりを覚えたロイクールが尋ねると、ミレニアは首を横に振った。


「いいえ。私はここから少し離れた場所にある長閑な場所に居を構えて住んでいるの。この国の中央のいざこざに巻き込まれたくはないもの。ちょうどいいと思っているわ」


その答えを聞いたロイクールは自分の中にかすかな怒りが沸き上がる感覚を持った。

自分ならいい。

元々平民の集落で生まれ育ったロイクールは、戦地になるまで周囲に草原の広がる田舎に住んでいたのだ。

懐かしく思うし、どこか落ち着くところもある。



けれどミレニアは都会育ちのはずだ。

華やかなことも多くの文化的娯楽も愛してやまない彼女が、それに触れられないこのような田舎暮らしを余儀なくされている。

虐げられているわけではないが、これは本当に幸せな暮らしなのだろうか。

本来ならば得られるはずのものを没収され、最低限の生活を保障されているだけではないのか。

そう考えただけで、ロイクールは複雑な思いだ。


「長閑な、ですか。不便なことはないのですか」


自分が不自由な思いをしたり、理不尽な扱いを受けているのではないかと心配されているのだと理解したミレニアは、微笑みながら答えた。


「ええ。生活には困っていないわ。今までのように音楽会や演劇を頻繁に楽しむのは、移動距離があるから難しいけれど、本を読んだり、よく庭に出て自然を感じて過ごしているし、何より慌ただしさがないから、心穏やかに過ごせているの」


今のミレニアに、ロイクールと自然の中で過ごした記憶はないはずだ。

けれど、前に共に出かけて過ごしたその時と同じような感想を、今のミレニアは自分に話している。

記憶を失っても本質は変わらないのだなと、ロイクールはそんなミレニアとの会話を嬉しくも寂しくも感じた。

とりあえずミレニアが納得して、落ち着いて暮らせているのなら、あえてその平穏を奪う必要はない。

ひとまずロイクールはそれで納得することにした。



ロイクールが頭の中でそんな処理をしているとミレニアから声をかけられた。


「そうだわ!私からも質問したいの。もし知っていたら教えてほしいのだけれど」

「はい」


ミレニアが自国のことで知りたいことがあるという。

王族と距離を置くため世俗ともできるだけ関わらないよう生きてきたロイクールにわかるだろうかと不安になるが、まずはその内容を聞いてみることにした。


「私、ここに来てから家族に会っていないの。誰のことでもいいのだけれど、もし知っていることがあったら教えてもらえないかしら。検閲の入った手紙は届いていて、元気に過ごしているということのようなのだけれど、その真偽を確かめる術がないのよ」


手紙は国境を越える際、検閲されている。

当然その事を互いに理解しているので、内容は無難なことしか書かれていないようだ。

おそらく領地の事やイザークの役職についてなどについてすら触れられておらず、ただ互いに元気に過ごしているとか、食事がおいしかったとか、生存確認のようなやりとりしかできていないのだろう。

文字の筆跡は家族のもので間違いないが、そこに書かれていることがすべてではないとミレニアは思っているようだ。


「そうですね。まずミレニア様のご両親につきましては、最近は直接お会いしておりませんので、近況は分かりかねます。ですが、良くない話も聞きませんから、お元気になさっていると思います。領地におられるか、タウンハウスにおられるかはわかりませんが、話に上がらないのなら社交は継続されていることでしょう」


ロイクールが両親について話すと、ミレニアは小さく安堵の息をついた。


「そうなのね。よかったわ」


状況は分からなくとも悪い話がないのなら、怪我も病気もしていないのだろう。

今はそれで充分だとミレニアは嬉しそうにしている。


「あと、イザーク様は元気に過ごされています。最後に私がお会いしたのは、こちらに足を運ぶ数日前のことなので間違いありません。今は王宮魔術師の副師長として、魔術師長を支える立場となっております。引継ぎが終わったら、もしくは他の魔術師の中から、もう一人くらい優秀な人材が出てきたら、いずれは魔術師長になられると思います。騎士団長になられたドレン様との関係も良好のようです」


皇太子殿下の前ではともかく、ギルドに来た時の様子から険悪な空気は感じられなかったし、二人に大きな上下関係があるようにも思えなかった。

とはいえ、元々の地位においてドレンの方が上なので、その部分を省いて考えればということになるが、普通に話をしていたのだから、問題ないということだろう。

直近のイザークの話をするとミレニアは満面の笑みを浮かべた。


「まあ。それは朗報だわ。そう、あの気の弱かったイザークが、国の役に立っているのね。ドレン様は王族の血縁だし、騎士と魔術師たちのいざこざを収めるのに一役買ってくれたようだから、きっとイザークも彼が騎士団長なら安心よね」


魔術師長が交代になったからといって、騎士団長まで交代することはない。

このままならば、イザークが魔術師長となっても、ドレンが騎士団長を継続するはずだ。

自分は魔法を使えないけれど、魔法が好きなドレンもイザークには憧れを抱いているし、力の弱いイザークも、魔法なしで活躍しているドレンを尊敬している。

互いの関係が良好なので、配下の関係も良好のままになるはずだ。


「王宮内のことについては明るくありませんが、以前のような争いは起きていないようです。イザーク様の力については周囲も一目置いておりますし、農業地域を領地に持つ皆さまからすれば、雨を呼ぶ神のような方ですから」


水球を打ち上げる技ですっかり神様になったイザークは、地位をもらっても変わらず彼らの援助を行っている。

なので、イザークの庶民からの人気は高い。


「そういえば、そんな風に呼ばれるようになったのだったわね。ちょっとあいまいだけれど、聞いたことがあるように思うわ」


水球を打ち上げたのをミレニアは直接見れていないけれど噂には上がっていたはずだ。

けれどそこにはロイクールも多く関わっている。

自分に関する記憶を抜いてしまった結果、その近辺の情報が曖昧になっているのだろう。

意識しなければ違和感を覚えないところだろうが、こうして思い出そうとすると違和感があるようだ。


「あいまいなのは、預かっている記憶に近い部分だからかもしれません。記憶を戻せば、その時のことを鮮明に思い出すことになると思います」

「記憶が戻ればはっきりするのね。そう考えると少し楽しみだわ」


ミレニアの前向きな発言にロイクールは目を細めた。


「それは、記憶の大半が悲しいものであったとしても、ですか?」


ロイクールがミレニアに尋ねると、ミレニアは少し考えてから答えた。


「その時は、持っていたら辛くて苦しかったのかもしれないけれど、時間がそれを解決してくれているように思うわ。こちらに嫁いだ当初、私がこの環境に慣れるまでは本当に大変だったのよ。ふさぎ込んでいる暇がないくらい。でもそれは、その記憶がないからできたことかもしれないし、今はもう、そういった問題もなく、穏やかに過ごしているのだもの。受け入れる余裕がきっとあるわ」


記憶がないから頑張れた、それは過去、戦争の記憶を戻した多くの人から聞いた言葉と同じだ。

ふと、ロイクールはミレニアと彼らを重ねてつぶやいた。


「そういうもの、なのでしょうか」

「きっとそうよ」


ミレニアに言われたロイクールは、師匠に記憶を預けて多くの人たちを思い出していた。あの時は耐えられなかったけど、今ならと皆が言い、そして戻した結果、それらをしっかりと受け止めて帰っていった。

それも一人や二人ではなかったし、最後は大団円に終わったと聞いている。

この記憶がロイクールに関するものであり、自分からすれば特別思い入れのあるものだから思うところがあるのかもしれないが、ミレニアは長らくこの記憶から離れていたのだ。

だからこの記憶を戻しても、案外彼らと同じようにあっさりと受け入れるのかもしれない。今のミレニアの反応を見てロイクールはそんなことを思うのだった。

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