戦渦を生きた大魔術師と退役軍人たちの追憶(5)
記憶を預かった退役軍人の大半は男性だったが、中には女性もいた。
彼女たちは戦場の後方支援で、多くの人を手当てし、食事を提供し、多くの軍人を看取ったという。
女性の方が弱い立場にあったこともあり、多くの女性からはその悲惨な記憶が見てとれた。
ロイから見ると記憶を消さなければ生きていけなかったという女性たちの記憶は、男性のものよりも受け入れがたいものが多かった。
男性によって蹂躙されたもの、我が子や愛する人を人質にされ強制的に労働を強いられたもの、愛するものを目の前で亡くしたもの、女性同士のいざこざによって傷を負ったものなど、種類や内容も様々だ。
それに決して敵にだけ何かをされたというわけではない。
彼女たちの中には、時に味方にも随分と残酷なことをされたような形跡があった。
そして共通して言えることは、彼女たちがそのものたちより弱者であったからこそ起こったことだ。
ちなみにこのようなことは、戦の最前線という環境だから起こったことのように思われがちだが、似たようなことは街でも起こっていた。
だからこのような体験をしたのは記憶を失っている彼らだけではない。
男女関係なく戦に赴いたものはこの戦争を終わらせるために命をかけた功労者だから、他にも多くの負担を強いられてきたから、記憶を抜いて精神的負荷を減らしてもらうことができたのだ。
戦場に行くことのなかった被害者は多かったが、彼らは敵に向かっていくこともしていないし、あくまでその経験だけが傷として残ったと判断されたため、彼らには支援も対処もなされなかった。
ちなみに女性だけではなく子供に対しても同じように判断された。
色々なことが重なり、ギルドでは元軍人の女性対応は二転三転することになった。
複数の人と同じ部屋で同時に返却することを容認している女性でも、流石に男性と同じ部屋でいうわけにはいかない。
だから仮にまとめて対応する場合でも男性は男性のみ、女性は女性のみのグループになるよううまく調整をする必要があった。
けれども大多数が男性なので女性が数人集まるまで最初に来た人を待たせておくわけにはいかない。
だから共有はしないまでも女性の記憶を返却する時間は予めギルド内で決めておくことにした。
女性たちが多くの人に会いたくなければ、その時間に戻ってきてもらうよう予約扱いにして外で時間を潰してもらい、時間になったら戻ってきてもらいようにした。
女性の中には同僚から酷い仕打ちを受けた人も一定数いたようなので、その人と鉢合わせになることは避けてあげたいという配慮もある。
同時に男女一緒に対応する例外としては親子、兄弟、夫婦といった家族関係が証明された人たちに限り許可することにした。
たいてい、家族のいる場合は一緒に来ることも多かったし、こうすれば記憶を戻す前後のトラブルも最小限で済む。
これがもし、男女関係のトラブルであれば絶対に同室に案内したりはしないのだが、今回はあくまで戦争処理の一貫で、大抵の同伴者は信頼できるもの同士である。
逆に家族を引き離して女性だけを立ち会いに女性を付けているとしても、ロイと二人にする方が、皆の不安が強くなるだろうと判断した。
もちろん、懐かしい戦友と顔を合わせて話をして待ちたいと言う希望があれば女性でも男性たちと同じ待機場所で待ってもらうことは許した。
正直ロイは彼らの記憶を確認することにためらいを感じていた。
彼女たちの見られたくない姿を目にしなければならないことが多かったからだ。
そして今更彼女たちはこの記憶を取り戻してどうするのだろうと考える。
けれど本人たちは覚えていないのだから、どんなものだったのかと、抜けている記憶があるのなら確認したいというのは理解できる。
同時にこれらの記憶をすべて戻すべきなのか躊躇った。
覚えていないのだから返ってきても大丈夫だろいうという意識でいるのではないかと思われたが、彼女たちの決意はそんなものではなかった。
もしかしたら女性の方が多くの現実を受け止めていて、逞しいのかもしれない。
ロイが彼女たちを心配し何度も確認をするが、ここに来た女性たちは一人もそこでやめるとは言わなかった。
「あれだけ酷い惨状だったのです。記憶はないけれど、私はあらゆる非道な行為をされたのでしょう。残っている記憶ですら重くのしかかってくるものなのですから、抜き取られた記憶が私の尊厳を奪い、生きる気力を失うくらいのことだったということは容易に想像できます」
「それでもあなたはその記憶を戻したいと思われるのですか?思い出さない方が幸せなこともあるのではないですか?」
ロイが思わずそう言うと、その女性は少し考えてからはっきりと言った。
「そうですね。そうかもしれません。でもね、もうこんな年になったんですよ。この年になるまで、戦争が終わってからも色々なことを経験しました。その中には、やっぱり、多くの辛いことというのがあったのです。今残っている記憶の中の戦争よりも辛く、悲しいことも経験してきたのですよ。だから、きっと大丈夫ですよ。私達はそうして乗り越える力を手にしてここに来ているのですから」
「わかりました」
記憶の持ち主である本人が強く希望すればこちらで断ることはできない。
だからロイはそんな彼女たちの記憶をどんどん返却していった。
記憶を取り戻した彼女たちの中には、その恐怖を呼び起こされて体を震わせるものもいた。
ロイが飲ませている薬のおかげでぼんやりしているから、悲鳴を上げたり暴れることはできなくなっていたが、もしそのお茶を飲んでいなかったら、この人は再びショックで心が折れてしまうのではないかと毎回心配になる。
けれど彼女たちは意識がしっかりしてからも気丈に振る舞っていて、ロイに心配をかけないように言葉を紡いで帰っていった。
女性というのは何と強いのだろうと感心してしまったほどだ。
そして同時に女性が記憶を抜いてほしいと希望するというのは、よほどのことなのだろうと思い至った。
戦場にいた複数の女性の記憶に触れてそのことに気がついた瞬間、ロイは自分の苦い経験を思い出して苦悶の表情を浮かべたが、そんなことを考えている場合ではないと頭を振った。
そんなことは後から考えればいい。
今はギルドに溢れている退役軍人たちをどうにかしなければならないのだ。