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仮想敵国への訪問と旅人の郷愁(4)

とりあえず使えるものは使う。

せっかく遠出をしてここまで来たのだし、ミレニアの事に関して収穫がなくとも、記憶喪失の男性の記憶の所在に関する手掛かりくらいは掴もう、そう考えてここまで来たのだと、ロイクールは自分に言い聞かせる。


「それでもう一つだ。こちらが本題だが、ミレニアに記憶を戻すことを提案したい」


最初には出てこなかったものの、やはり望みはそちらかとロイクールは警戒する。

別にあの国がどうなっても構わないという思いがないわけではないが、国内事情を探るのにミレニアを使われるようなことになったら気分が悪い。

ロイクールが預かっているのはロイクールに関する記憶が大半だけれど、そこに付随する情報から何かを渡すことになる可能性だってある。


「記憶を戻す……それは、どんなに高貴な方の申し出でも受けることはできません。本人の同意のみが判断基準となります」


国の規範通りそう答えると、その程度の事は調べてあったらしく彼はあっさりとうなずいた。


「もちろん、本人が希望すればの話で構わない。その上で、ミレニアと、双方が添い遂げたいというのなら、そなたをこの国に亡命させる用意がある。契約では縛らず、かつ、よき待遇で迎えるつもりだ」


彼はどうやらロイクール能力を買って、この国に引き抜くために呼びだしたらしい。

その際、ミレニアが婚約者で会った事を知ったのだろう。

ミレニア自身は覚えていなくとも、王宮の者たちなら皆知っていることだ。

もし探ったということであればその情報に行きついていてもおかしくない。


「こちらとしては、その才をただ国内に囲って眠らせておくというのは大変惜しいと思うが」


ロイクールが彼の大魔術師最後の弟子であれば、彼に匹敵する力を有しているだろうし、少なくとも彼の使える魔法をそれなりには継承していると、普通ならそう考える。

実際の雨を降らせる神様とあがめられるようになったイザークを育てたのも、自分が在籍している間に他の魔術師の技術向上の一助になったのもロイクールだ。

けれどそれは、彼らの待遇や環境を慮っての善意だ。

彼らに良くしてもらった恩を本人の役に立つ形で返しただけというのがロイクールの認識で、それが結果的に国力のアップにつながったのだとしても、そのためにしたことではないと断言できる。

だから国のために利用されろと言う提案に乗るつもりはない。


「私が望むのは平穏です。ですから、利用されないだけよいのだと考えております」


とりあえず引き抜きの話については良い返事をせず、名目上、いったん保留という形を取ることにした。



向こうもすぐに色よい返事がもらえるとは思っていなかったようで、気が変わったらいつでも連絡してほしいと念は押されたが、ロイクールがそう言うとあっさりと引いた。


「まあいい。まずはミレニアと話をしてみてはどうだ。すでに庭に茶の支度を整えてある」

「庭、ですか」


まさかこのままミレニアと対面することになるとは思っていなかったロイクールが困惑した表情を見せると、それを違うように捉えたのか彼は言った。


「事情は理解しているが、さすがに二人にするわけにはいかないからな。遮蔽物のない庭に席を設け、距離を取って使用人等を配置させてもらうことにしたのだ」


彼らとしては、元婚約者との会話を盗み聞きするような無粋なことはしないと、配慮の姿勢を見せる。

一方のロイクールは逆にますます不信感を募らせる。


「そうですね。ですが二人で会うのですか?」


ロイクールが再度確認すると、今度はなぜそんな質問をしてくるのかと不思議そうな顔をした。


「その方がよいのではないか?」


何か不信に思われるような事をしただろうか。

これでも最大限配慮したつもりだ。

もともと良く思われていないから仕方がないことかもしれないが、それでも露骨に嫌な顔をされればさすがに気になる。

彼に何か不満があるのかと尋ねるとロイクールはため息をついた。


「私としてはそうなのですが、今、ミレニア様の中に私は存在していません、ミレニア様からすれば、いきなり夫であるあなたから、誰かもわからぬ男と二人で会えと言われているようなものでしょう」


しかも護衛などもおかず離れた場所に待機させるとあれば、本人は不安に違いない。

もちろんロイクールがミレニアに危害を加えることなどするつもりはないが、ミレニアの立場からすると夫の命令で逆らうことなどできないはずだ。

これでまだ、ミレニアがロイクールの事を記憶の片隅にでも留めていれば別だろうが、初対面の男と二人にされて恐怖がないとも限らない。

まさか彼はミレニアに対して普段からそのような扱いをしているのかと疑いたくもなる。



ロイクールから話を聞いて、今回が特別扱いであることが伝わっていなかったのだと察した彼は、軽く笑ってから言った。


「それはすでに伝えてある。何よりこの件を知って確認した結果、記憶を戻してもらうことを希望すると、そう言ったのはミレニアだ。それも本人から聞けば早いだろう思ったもので、急いて説明を省略したのだが、そなたはそういったところに気の回る男なのだな」


今回が異例の対応あって、普段は希望されても対面は認めていない。

失くした記憶について、ミレニアが認知することは困難だから、本人の希望とはいえ、それが本当に正しい事か、何も知らない自分たちに判断をすることはできない。

そこで記憶を管理し、その中身を知り、正しく戻すことのできるロイクールと直接対面させ、二人で話した結果、それでも本人が記憶を戻してほしいと願ったら、その時はそうしてほしいと、呼びだしておいて何だが、それがこちらの希望だと彼は言う。


「つまりミレニア様の希望で記憶を戻してもらいたいから、預かっている私が呼ばれたと、そういうことですか」

「そうだ」


あくまでこれは国の願いでも夫の願いでもなく、ミレニア本人の願いだ。

そして自分はミレニアの願いを叶えるために動いているだけだと、彼がそのスタンスを崩すことはない。

しかも対面した上で、最終判断はこちらに任せると言っているのだから、引き受けても問題ないだろう。

記憶を戻さないことになったとしても、その理由を彼らに告げてここを後にするだけだ。

しかし、あのミレニアだ。

話をしたら戻してほしいとそう答えるに違いない。

ロイクールの中にあるミレニアならそう答えるはずだ。

そしてきっと正面から記憶と向き合うことだろう。

どうかあのままでいてほしいと、ほどなく再会を果たすことになるミレニアに、ロイクールは思いをはせるのだった。

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