仮想敵国への訪問と旅人の郷愁(3)
ロイクールはミレニアのことで話があると指名を受けてこの場に来ている。
記憶のことを聞きたいようだし、いきなり斬りかかられることはないだろうが、たとえそうであっても自分一人なら生き残れる自信がある。
戦争についても、彼の大魔術師から、その術を学んでいるからだ。
それはロイクールが二度と何もできない戦争被害者にならずに済むようにと、守るにしても意識的に守る術を身に着けておいた方がいいと、これまで苦しんだロイクールに対する彼の配慮だった。
それが活かされることなどない方がいいのだが、もしそうなったら、ロイクールは迷うことなく学んだすべてを出し切って、自分の身と、ミレニアと、彼を守るつもりでいる。
そんな覚悟と共に謁見の間に入ったロイクールだったが、相手はいたって普通だった。
「突然の招聘に応じてもらい感謝する」
自国の皇太子とは違い、呼び出しに応じたことに感謝の言葉を述べた彼だが、一段高いところから見下ろしているところは同じだ。
しかし小馬鹿にした様子はないので、おそらくこの対応は悪意なくしているものなのだろう。
「お初にお目にかかります。お呼びにあずかりましたロイクールと申します」
無難にそう言ってロイクールが頭を下げると、相手はすぐに頭を上げるよう告げた。
「ああ。そなたのことは聞いている。何でも彼の大魔術師の弟子ということらしいな」
「はい」
仮にも自分の伴侶に近付けようとしているのだから、その相手について調べているのは当然だ。
だから聞かれたことに対しては事実ところなる場合を除いて肯定しておけばいいだろう。
ロイクールがそんなことを考えていると、外部から声が飛んできた。
もちろん声の主は目の前の高貴なお方だ。
「彼とはいろいろな意味で対峙することになったな。懐かしく思う」
彼の言葉に話題が戦争方向に傾きかけていると察したロイクールは、話の方向を変えようと言葉を慎重に選ぶことにした。
「師を思い出していただけるのは、弟子として光栄です」
どうにかロイクールがそう答えると、向こうもそれを察したらしく話を戻す。
争ってきた期間が長い相手だが、互いに戦争の話を回避しているあたり、おそらく今回の目的の中に、戦争再開という意図はないらしい。
ロイクールはそう判断すると少し警戒を緩める。
「そうか。まあ、思い出話は後でもいいだろう。早速本題に入るとしよう」
彼の提案にロイクールは即座に同意した。
「そうですね。私が呼ばれた理由、お聞かせ願いたく思います」
自国の殿下達より話が通りやすそうだとロイクールは考え、直球で言葉を投げると、彼はそれに答えた。
「今更と思うかもしれないが、ミレニアのことだ」
「ミレニア様に何か?」
自分が呼ばれる理由がミレニアのことであるなら、一番に考えられるのは記憶についてだ。
今回、その事で呼ばれているという事前情報もあり、一応持ってきてはいるが、すぐにそれを渡すつもりはない。
再び警戒を強めると、そんなロイクールに構う様子はなく。彼は自分の話を続けた。
「こちらの都合とはいえ、元の婚約者にも悪いことをした」
ロイクールはそんな言葉を受けて驚きを隠さずにいると、彼はどこかの殿下と違ってプライドを保つためではなく、誠意を持って対応しようとしている様子を見せた。
「一応、そちらの国のことについてある程度知識のあるつもりでいた。だが、それで片付けてはならぬ負担をそなたとミレニアに強いてしまったことを最近になって知ったのだ。国家間の取引であるので、謝罪をするつもりはないし、選択に後悔はない。だが、婚約者と引き離し、家族にも会わせることのない状況を作ったというのは、さすがに非情であったと反省している」
為政者がこうして謝罪の言葉を口にするのは異例だ。
それは自国だけではなく、他国でも変わらないと、少なくともロイクールはそう学んでいた。
わざわざ自分を呼んだのはここでなければ人払いができず、謝罪できないからだろう。
しかしそうだとしても疑問が残る。
「ではご家族をお呼びになればよかったのではありませんか。なぜ呼ばれたのが私なのでしょう?」
ロイクールが疑問を口にすると、彼は隠す様子を見せずそれに答えた。
「理由は二つある。一つはそなたがあの国の魔法契約に縛られていないこと、もう一つが、そなたがミレニアの記憶を預かっていることが判明したことだ」
彼の答えについては、表面的に理屈が通っている。
確かにロイクールは一時的に王宮魔術師として働いていたことがあるにもかかわらず、魔法契約を結んではいない。
そこがミレニアの家族とは違うというのはその通りだ。
魔法契約の詳細は知らないが、国に忠誠を誓う意味でその契約を飲んでしまった彼らは、国に逆らうことができない。
つまり、ここに来て面会中に彼を殺せと言われたらやるしかないし、魔法でそこに強制力が働いて、実行してしまう可能性がある。
ここに呼び寄せることで、自分の伴侶であるミレニアの家族が犯罪者になるのを避けたかったのだろう。
ミレニアの記憶については事前情報通りといったところだ。
ロイクールが、言葉の裏について考えて黙り込んでいると、相手が言う。
「敵の敵は味方であろう?」
どうやら彼はロイクールを味方に引き入れたいらしい。
確かにロイクールの力は伝説のようになっている師匠と近いし、魔力も同等レベルには持ち合わせている。
そんなロイクールが、自国で理不尽な扱いを受けている。
それならばそこから解放してやろう、その代わり自分たちと共に歩め、敵は同じなのだからと、そういうことのようだ。
けれどずっと戦場の中にいたロイクールの望むものは、穏やかな暮らしだ。
共に戦場に出る者と手を汲むつもりはない。
「それにそなたはあの国でずいぶんな扱いを受けていると聞いている。契約もないのに国外に出ることも許されていないとか。彼の大魔術師の弟子として実力がありながら、国に縛られていること自体がおかしなことだ」
こちらに付けば、そのような不自由はさせないと、目の前の男は言った。
「そうですね。自由はありません。国を出る時は亡命する時となるでしょう。それには帰らぬ覚悟が必要です」
本当ならばあまり自国に未練はない。
実家はきっとあのまま守られるだろうし、ギルドなど畳んでしまったっていい。
ギルドで働いてくれている人たちについては、就職先をあっせんしたりと手をかける必要はあるだろうが、彼らは非常に優秀なスタッフだ。
他の場所でも大いに活躍できるだろうから心配はない。
けれどそこで、はいそうですかと、あっさりのみ込むわけにはいかない。
このような好条件ばかりの提案には裏がある事も多い。
まずはそれを探る必要がある。
そして、もう一つは、もし本当に相手が自分を欲しているのだとしたら、さらなる好条件を引き出すことが可能だと考えら得るからだ。
だからあえて、自国に未練があるように見せかけて様子を伺うことにしたのだ。
「まあ、監視付きのようだからゆっくり見て回ることはできぬだろうが、多少なら、自由にふるまえるよう、こちらから圧力をかけてやるくらいはできる。そこは申し出てくれたらよい。今回は一旦戻り、気が変わったら連絡してくるのもいいだろう」
余裕があるのか随分と太っ腹だ。
ロイクールはそんなことを思いながら、彼がその条件を引き下げる前にありがたく利用させてもらうと伝える。
「ありがとうございます。お気遣いに感謝いたします」
今回、国の中で動くことができないのは少々都合が悪かった。
連れてきた彼の記憶に関して探ることができなくなるからだ。
目の前の人物がそう言ったところまで知っているかは分からないが、どうやら自由に動けるよう免罪符を与えてくれるらしい。
ロイクールが理由を口にせず、その事に対して感謝を述べると、彼は笑みを浮かべてうなずいた。
そして次の言葉を前に、真面目な顔に戻ると、じっとロイクールを見るのだった。