仮想敵国への訪問と旅人の郷愁(2)
順調な旅を続けること数日。
特に大きなトラブルに巻き込まれることもなく、無事、例の国への入国を果たした。
入国後も移動が長いとはいえ、その割に快適な旅といえる、好待遇だった。
そうしていよいよ、一同はその国の中心地に入る。
移動の間、幸いにもロイクールが活躍する場面はなく、彼と二人、騎士たちによって、無事、丁重に運ばれていくことになった。
危害を加えられることはなかったが、ずっと馬車の中に閉じ込められているに等しい状況であったので、移動しているというより運ばれているという言葉がふさわしいとロイクールは思っていた。
「私までこのようなところに滞在してよいのでしょうか。ロイさんは賓客ですし、同行されている方も国から派遣されている立場ですから、待遇を受ける権利があると思いますが……」
本拠地である、国の中枢に到着し、それぞれに客室を与えられた。
割り当てられた部屋に入ろうとした時、彼が入口でロイクールにそう声をかけた。
入るのが怖いとかそういうことではなく、自分にも一部屋を与えられたことに困惑しているというのが正しいようだ。
「それは特に気にする必要はありません。あなたは国の保護を受けることが決まった方ですし、国があなたもと言っているのです。何より保護対象だけを外に放り出して、もし何かあったら、彼らは責任を問われかねません。少なくとも、私は彼らの責任を追及します」
そもそも自国の保護対象者なのだ。
そう伝えたらこちらの国だって彼を無碍に扱う訳にはいかない。
当然部屋くらいは与えるだろう。
「すみません、私のためにそんな……」
もともと、この国に記憶があるかもしれないとロイクールが意見してくれたことによって、自分もここに来られているのだという自覚がある。
馬車での移動は窮屈だったけれど、あれが最上級クラスの配慮である事も理解できる。
本来ならばこんな好待遇を受ける資格が自分にあるはずがないのだ。
しかしロイクールは、彼にここで謙遜しないでほしいという。
「いえ、ここで妥協すれば同じような事件に巻き込まれた人が苦労することになりますから。そのような前例を作ってはいけないのです」
この国の中では法律が違うからどうなるかわからない。
しかし法のある国側としては、ここで彼に遠慮されて悪い前例を作ると、後の被害者の待遇がそこまで引き下げられてしまう可能性があるため、被害者側に寄り添う立場のロイクールとしては、例え贅沢であると感じても、それを甘んじて受け入れてほしいところだ。
「私がここで遠慮するのは今後のためによくないと……。そういうことでしたらお言葉に甘えようと思います」
記憶はなくとも賢い彼は、ロイクールと言わんとする事を理解すると、黙ってそれを受け入れる。
「場所は変わりましたが、これまでも王宮内で過ごしてきたのですよね。それとさして変わらないと、そういう認識でいいと思います」
宿から王宮に移動した後、しばらくここでの生活と同じようにしてきたはずだ。
旅の途中は宿などを利用していたのでここまで仰々しくはなかっただろうが、王宮で監視兼任とはいえ、客人としてもてなされてきたのだから、使用人たちがいる環境でも問題ないのではないかとロイクールが尋ねると、彼へ苦笑いを浮かべた。
「贅沢に慣れてはいけないと、そう戒めて出てきたはずなのに、これでいいのか不安になりますが……、成り行きにお任せする方がいいですね」
彼は諦めたようにため息をつく。
ロイクールは話をしていてふと思い出した事を彼に告げた。
「そうだ、私が話をしている間、時間ができて退屈かもしれませんが、その点は申し訳ないと思います。話をする際に、あなたのことについても少し確認してみるつもりですので」
ロイクールはこれから予定が入っている。
主にはここに来た主目的の殿下との面会、ミレニアに関することと呼びだされた内容についての話し合いだ。
当然そこに彼が同席することはない。
きっとその間部屋で一人待たされることになるだろう。
時間がかかればその分だけ、彼を一人にする時間が長くなるかもしれない。
本当ならば護衛と称してついてきている人たちが彼のために動いてくれたらいいのだが、彼らはロイクールが呼ばれた事に便乗してこの国の中で動こうと何やら画策している様子なので、彼に気を使うことなど皆無だろう。
「本当に、何から何まで、ありがとうございます」
ロイクールの言葉を受けて、彼は再び頭を下げた。
ロイクールからすれば憐みかもしれないが、彼からすれば、理由はどうあれ、ここまで自分のために動き、自分ではできなかった情報をもたらしてくれる人だ。
いくら記憶管理ギルドという特殊なギルドの管理人をしているとはいえ、ロイクールがなぜここまでしてくれるのかは分からないけれど、今の自分はロイクールに頼るのが、失ったものを取り戻す最短なので、彼に甘えてばかりだ。
自分はそんな彼にお礼の言葉を何度も伝えることしかできない。
そんなもどかしさを抱えながら彼がお礼を伝えると、ロイクールは軽く首を横に振った。
「いいえ。旅の疲れが出ると思います。しばらく移動はありませんから、ゆっくりお休みください」
「はい。あの……、どうかお気をつけて」
敵国のトップと面会すると聞いている彼は、ロイクールの実を案じた。
自分には心配することくらいしかできないけれど、心配している人間がここに一人いるということを知ってほしかったのだ。
しかしその思いはあまり伝わらなかったのか、ロイクールは変わらず答えた。
「お気遣いありがとうございます。では失礼いたします」
ロイクールがそう言うと、彼はもう一度頭を下げて、与えられた部屋に入っていった。
ロイクールの目から、中に使用人らしき人が控えているのが見えたので、彼のお世話は仲の人に任せて問題ないだろう。
一応こちらの国からも護衛がついているし、まさか要人の住まう場所でトラブルなどは起こらないはずだ。
客人として扱われているのだから、例え何かあっても、きっと彼の身も守られることだろう。
少なくともロイクールが戻るまで持ちこたえてくれていたら何とかなる。
彼が部屋に入っていくのを確認しながらロイクールはそんなことを考えていた。
やがてドアが閉まって彼の姿が見えなくなったところで、自分は不要な荷物を部屋に置いて、そのまま面会の場所へと向かうことになるのだった。