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仮想敵国への訪問と旅人の郷愁(1)

慌ただしくも、出発の日はやってきた。

ロイクールー人ならば馬車などで仰々しく動くより、身一つで動いた方が楽だし早いのだが、付き添いがいるため自由に工程を決めることができない。

王族からの依頼という時点でこれについては想定済みだった。

だからこそ、自分はもう一人の連れを伴うことにしたのだ。



自分のことは自分で守れるし、それを事前に伝えておけばロイクールの連れでもあり保護対象でもある彼のことは、護衛についている人たちが守ってくれるだろう。

ロイクールが現役時代に騎士団にいた人間は少ないとはいえ、まだ残っているし、残っていた者は役職を持つ立場になっているから、判断を間違うことはないはずだ。

彼やロイクールという護衛対象を守るのが難しい場面に遭遇し、失敗することはあるかもしれないが、自分たちに自ら危害を加えてくる騎士はいないだろう。

今回の同行に魔術師は一人もいないことは少々気になるが、もし彼に対して無体を働くようなら、自分が側にいるのだから多少きつめの対処をする事もできる。

ロイクールは王族や国との契約を一切していないのだから、本来このような茶番のような移動に付き合う必要はないのだが、別に彼らとの関係を率先して悪化させたいわけでもないので、こちらに不都合がなく、この隊列を隠れ蓑として使わせてもらえるのなら、移動が遅くなろうが問題ない。



ギルドの管理者になった事もあって、久しく長旅もしていなかったが、これまでの経験から、その場の対処くらいは何とかできるだろうし、同行する偉そうな人たちより自分の方が、対外交渉においてはうまく立ち回れると自負している。

むしろプライドの高い騎士では対処できない場面に遭遇することになるかもしれない。

きちんと計画があって、その段取り通り行動することになるのだろうから、順調にいけば問題ないだろうが、旅など何があるか分からない。

常に、順調に行かない時にどう対処するかを考えるのがロイクールの癖だ。

師匠との過去の旅が、思わぬ形でロイクールの自信につながっていた。



「私まで同行させていただいてなんだか申し訳ありません」


一緒に乗った馬車で彼は座ったまま頭を下げた。


「いえ、こちらこそ、真相もわからないまま、あちらこちらに連れまわしているような状態で申し訳がありません。調査は進めてくれていたと思うのですが、進捗があまりよくないようでして……」


王宮の保護という結果もこちらの都合が多分に含まれていたし、今回の事も彼を騎士たちとの緩衝剤に利用できると思ってのことだ。

彼のためにはなるけれど、どれも自分に都合のいいことでもある。


「それは、仕方がありません。それに、今までの中で一番親切にしていただいている、そんな気がしています。今までのことは正直わかりませんが、少なくとも、ここまで長い期間の記憶を持っていられて、それが理解できている今が奇跡のように感じているのです」


これまでのことの大半は分からないけれど、今ある記憶が、彼の中に残り、繋がっている最長の記憶であることは間違いない。

きっと、思い返すことができるという、本来ならば誰しもができることを、自分も感じることができるようになったことが嬉しいのだろう。

記憶が残っていると語る彼は心底嬉しそうにしている。


「すべてが戻れば、もしかしたら今が一番ではなくなるかもしれませんが、それでも悪い記憶として残らないのなら、良かったです」


例えこの先今の記憶が失われることがあっても、戻った時に悪い記憶として書きかえられることはないはずだ。

今の印象と失ってから戻った時で、感じ方や受け取り方が変わる可能性もあるが、今の彼が良い方に受け止めてくれているのなら、今はそれ以上にできることはない。



「今回、ロイさんは仕事で行かれるんですよね?」


この旅の最大の目的としては、ロイクール個人はミレニアの事が第一だが、派遣を決めた皇太子からすれば、国家間の円満な交流のはずだ。

今も皇太子が監視なのか護衛なのか分からない騎士たちが、自分たちの周りに配置して警護していることになっている。

こうして見せかけとはいえ手厚い保護を受けながらの移動だし、ロイクールが面会に応じることで皇太子の目的も達成されるのだから、仕事という要素が多分に含まれていると言って間違いないだろう。


「はい、一応そうですかね。相手国に呼ばれたので行くという感じで、詳細は行ってみないと分からない部分も多いですが……」


彼に多くの事情は話していない。

ただ、例の国から皇太子殿下がロイクールを遣わしてほしいと依頼を受けて、ロイクールがそれに応じたという事だけは説明してあった。

ここに大きく絡むミレニアの話を伝えていないのは、彼を信用していないからではなく、彼がまた記憶を抜かれた際にその内容を第三者に知られることを危惧してのことだった。

彼の側にロイクールがいつまで付いていられるかは分からない。

離れたところで、また狙われる可能性が高い。

というより、離れたらおそらく彼の記憶は目的を持つ誰かによって奪われることになるだろう。

奪った相手が内容を確認するかどうかも不明だが、そうなってもミレニアの事が知られぬようにしたかった。

例の国に到着したら、彼の耳に入る事もあるかもしれないし、名前を見聞きしたり、実際に姿を見たりする事もあるかもしれないが、全く関わることがないかもしれないのだ。

それならば前もって余計な情報は入れない方がお互いのためだ。

この国としてもあまり彼に事情を知られるのをよしとしていないのか、さすがに何も話すことはなかったらしい。

ロイクールと同じく、彼が記憶を奪われた時のリスクを考えてのことだろう。

とりあえずロイクールが仕事だと大ざっぱに答えると、ふと思い出したように彼は話を変えた。


「そう言えば、ロイさんは愛称なのですか?」

「名前ですか?」

「はい。他の方はロイクールさんとお呼びになっているので……」


王宮の面々からすれば確かに自分はロイクールだ。

しかし今は、記憶管理ギルドのロイとして生きている。

だから彼にはそう名乗ったのだ。


「そうですね。昔、その名で働いてたので、その名残り、ですかね。なので、あなたは今まで通り、ぜひロイとお呼びください」


どう説明しようか少し迷ったが、結果、曖昧な説明をする事になった。

けれど、彼はそこから何かを察したのか、嫌な顔一つせず首を縦に振った。


「わかりました」


そんな会話から馬車での旅は始まったのだった。

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