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戦渦を生きた大魔術師と退役軍人たちの追憶(4)

ある時、記憶を戻したばかりでぼんやりとしている退役軍人にロイは尋ねられた。


「お前さんの年だと、戦争の記憶は……」

「あります。あの時はまだ子供でしたが」

「そうか……」


辛い記憶を軽減する措置は基本的に軍の関係者や王族などにしか行われなかった。

戦争で被災はしていてもそれ以上の被害は受けていないので、精神面においてのケアは不要だと判断されたのだ。


「お前さんは戦争で被災したのか?幼い時分だったのなら辛かっただろうに」

「そうですね……。両親はそれで亡くしましたし」


ロイがそう言うと、彼は天井のさらに向こうにある世界を見ているような目をして言った。


「それは残念なことだ……。ワシらは、不自由はあってもこうして生き延びて、大魔術師様にこうして辛い記憶を抜いてもらって辛さを軽減してもらうことができたが、お前さんたちにはそういう措置はなかったんだろう?幼い時の記憶というのはより鮮明に残ると聞いている。辛い記憶を抱えて生きるなど、さぞ苦労しただろう」

「他の子どもたちはわかりませんが、私はあの人に救われた一人です。戦争で両親を亡くした私を弟子にして、ここまでにしてくれました」


そう伝えると彼は疑問のひとつが解決したらしく笑みを浮かべた。


「ああ、だから若いお前さんがワシらの記憶を預かっているわけか。それがあの大魔術師様の最期の仕事になったんだな」

「そうかもしれません。ですが私も管理人としては日が浅いので、詳しいことは……」


かの大魔術師の最後の仕事が自分に記憶の糸を託すことだったかどうかはわからない。

彼は攻撃も防御も治癒も何でもできた偉大なる大魔術師だ。

だから最後の仕事は誰かの治療だったかもしれないし、彼の言う通り記憶の糸を管理することだったかもしれないが、それを知るのは本人だけなのだ。



少し自分のことを話してしまったこともあり、ロイは彼に思わず尋ねた。


「私から質問をするのはおかしいかもしれませんが……」

「なんだろうか?」

「かの大魔術師はあなた方にとってどのような存在だったのでしょうか?」


その質問をした時、他の数名も意識がはっきりしてきたようで会話に入ってきた。

自分の話をした時、どこまでそれを聞かれていたかわからないが、別に知られて困るようなことではないのでその確認はあえてせずに話を進めた。


「それはそれは、特別な存在だよ」

「我々の罪を背負ってくれた恩人だ」

「罪、ですか?」


戦争をしていたのだから、戦わなければ仕方がなかった。

だが、戦いをすることで多くのものを壊し、奪ったことも事実で、それが彼らの中では罪の意識となってくすぶっていた。

しかし罪を犯した意識はあるのに、国のためだったから問題はないから裁かれることがない。

だからこそ、気持ちのやり場がないという。

けれど国民からすれば、彼らはこの国を守った英雄だ。

栄誉をたたえることはすれど、罪に問うことなど考えられない。



国を守るために前線で戦ってきた彼らは、自分が生きるのにも必死な中、罪を犯したことに苦しんできたというが、その罪をかの大魔術師が背負ったというのは堂宇言うことなのだろうとロイが首を傾げていると一人がその疑問に答えた。


「ああ。彼が先陣となって道を切り開いてくれたんだ。それがなければ、この国は占領されて、もっと酷い有様だっただろう」


その言葉に他の者が続く。


「それにな、先陣きって道を切り開くってことは、一番多くの敵を殺めるってことだ。強くて、力があるからってだけじゃ、あれを続けることはできんよ」

「彼は……我々にできない分も、より多くの人を殺めなければならなかった。本来であれば戦った皆が同じように背負わなければならない罪を、力のある分だけ背負わされた」


かの大魔術師といえば、この国において神格化されるほど尊敬されている。

彼が称えられるようになったのは、戦争で多くの戦果を上げたことがきっかけだ。

その後の活動よりも戦争中の彼の戦いを称賛する声も多い。

けれど彼らの言葉を借りるならば、戦果を上げたということは多くの人間を殺めた大罪人でもあるということだ。

戦争だから仕方がないと、頭では分かっていても、そう簡単に割り切れるものではない。

だから魔術で道を切り開くため、最初に多くの人を殺さなければならなかった彼は辛い思いをしていたに違いない、でなければ、自分たちが人を殺して苦しんでいることになど気が付くはずがない、なぜなら自分たちは戦争で国を守った英雄と称えられたのだから、と言う。


「それだけじゃあない。彼は戦後もその罪を背負って、彼より少ない罪で苦しんだ我々のケアのために力を使ってくれた」

「それなのに当時は誰も彼のことを気遣ってやれなかった」

「私たちに、そんな余裕はなかったんだ」


皆が当時の思いを口々に言った。

その声は静かだったが、皆後悔を抱えているような口ぶりだ。

仕方がなかった、できなかったのだ。

けれど、辛いのは彼も同じなのに、なぜそこでさらに彼に頼ることしかできなかったのだろうと、せめて頼ることを止めて彼の負荷を軽くできたら良かったのだろうが、それすらできなかった。


「だがそれはこちらの言い分でな、今頃こんなことを言っても、それは言い訳にすぎんことは分かっている」

「まあ、だからだな。手紙をもらった時に考えたのさ、もう先は短いが、せめて彼の背負ってくれた罪の一部でも共有できないかってな」


死にゆく時に記憶は自然と本人の元に帰る。

だからロイは何も残りの人生を苦しみに耐えるために使う必要はないのではと思った。

けれど自分が苦しい時、それでもその記憶は失いたくないと願ったことがある。

もしかしたらそれに似た感情を彼らも抱いているのかもしれない。


「彼の苦しみは計り知れない。彼は私達が苦しまないように精一杯のことをしてくれた。そうしなければ精神を壊した我々が、国を建て直すことなどできんかっただろう。だが、もうこの国は戦争から復興した。そうなった今も、亡き大魔術師の力を借りて楽をするわけにはいかんよ。自分の苦しみくらい、自分で背負わなきゃならん」


彼らは単に手紙が来たから記憶の返却を求めたわけではなかった。

覚えていた記憶の中で、しっかりと考えて、全てを受け止める覚悟を持ってここに来ていたのだ。

そして記憶を抜かれたことを恨んではいない。

全ては生きるために必要なことだったと理解しているということだ。

ロイにできるのは彼らの覚悟に応えるために、傷のない状態で記憶の糸を返却することだけである。

話を聞けば聞くほど、ロイは自分と退役軍人たちの覚悟の違いを感じることになるのだった。

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