敵からの依頼と噛み合わない対話(11)
ドアを開けると、目の前には部屋に入ってすぐに別れた二人が立っていた。
「ロイクールさん……」
申し訳なさそうにそう呼びかけたイザークの言葉を遮るようにドレンが言う。
「言いにくいのだが、王子殿下がこちらに来ているのなら自分のところにも顔を出させろと仰せだ」
恨まれ役は自分がやるから黙っていればいいと言わんばかりの対応に、イザークは思わず苦笑いを浮かべた。
本当ならば彼の方がロイクールと親しくなりたいと思っているはずなのだが、やはり過去の事があるせいか、ドレンは距離を置こうとする。
そしてイザークとの関係だけはこれ以上悪くならないようにと、事あるごとに憎まれ役を買って出ているのだ。
しかし一方のロイクールは、その言葉を受けてため息をつく。
「なるほど。その指示を受けたため、このまま私に帰られては困るから、こうしてドアの前でお待ちになっていたのですね」
ロイクールがそう言うと、二人はうなずいた。
そしてドレンが笑みを浮かべる。
「それを否定することはできないな」
ロイクールの言葉の中にこちらが否定する要素は何もない。
想像している通りなのだから、こちらとしてもその通りとしか伝えることはできない。
そのためドレンは堂々としているのだが、対してイザークは申し訳なさそうにおずおずときりだした。
「申し訳ありませんが、来ていただけますか?」
イザークにそう切り出されたら、ロイクールとしては拒否しにくい。
呼び付けているのはあくまで皇太子殿下であって、この二人はその使いとして来ているにすぎないことは理解している。
本当ならば、そんなに会いたければ自分がここに足を運んでくれ場いいと言ってやりたいところだが、普段そのような人と接することのない騎士や魔術師たちが多く出入りしている場所を通ってここに来るのはリスクが大きい。
彼らの目についただけで、大騒ぎになりかねない。
そしてもしそこに悪意のある者が混ざっていたら、最初に対峙するのはここにいる二人になる可能性が高い。
そんな厄介事を目の前で見せられるくらいなら自分が動いた方が穏便にすむだろう。
「再度呼び出されて時間を使うよりいいですから、面倒なことは一度で済ませてしまいたいと思います」
ロイクールが従う意思を示すと、イザークが一礼してから言った。
「私たちも本当はこんなことはしたくないのですが……」
本当なら魔術師長に用件を確認したら帰ってもらうつもりだった。
そもそもここに長く引き留めるつもりはなかったのだ。
「そのくらいは仕方がありません。謁見ということでよろしいですか?仕事場から着替えることもなくこちらに来ましたから、このような格好ですが……」
ロイクールはギルドから着替える猶予も与えられずここに連れて来られた。
別に対面する相手が魔術師長ならそれで問題ないくらいの服装ではあるが、王族に会う正装をしているわけではない。
ロイクールがそちらの都合を優先するのだから上げ足はとられたくないと告げると、イザークはうなずいた。
「そこを問題にするようならさすがに進言します。ですが殿下に関しては、おそらく服装など見てもいないでしょうから、気にする必要はないと思います」
イザークがロイクールの言葉に対して似たような棘を含ませて呼びだした相手を非難すると、ロイクールはそれを制するように首を横に振った。
あまり逆らうような事をすれば魔法契約の影響でイザークの身に危険が及ぶ可能性がある。
自分と感情を共有してくれるのは嬉しいが、ロイクールはそれを望んでいない。
「連行するような形でここまで連れてきたのは彼らですからね。そしてそのまま来るようにと命じているのも同じ人間でしょう。余計なことでしたね。行きましょう」
確かに暇なのか時々ギルドに現れては勧誘して帰ったりしていたし、その時にロイクールの服装に関しては何も言っていなかった。
彼は自身の利益になることであれば、些細なことに目くじらを立てるような人物ではないのだ。
それを寛容というべきかどうかは不明だが、とりあえず、今のまま尋ねて行ったところで、そこに本人しかいなければ、問題にはならないだろう。
仮に問題にされるようなことがあっても、ロイクール本人は契約に縛られているわけではないのだから、反論も反撃も可能な立場にある。
ただ、この状況を面倒だと思っているだけだ。
「お願いします」
ロイクールの心情を察したのか、二人はそれ以上何も言わなかった。
ただ二人は黙ってロイクールの両横につく。
ロイクールはそうして埋められた左右を見て、肩を落とすのだった。
そうして再び、連行でもされているような圧迫感を覚えながら廊下を歩いて、ロイクールは謁見の部屋の前までやってきた。
「お二人はまた、こちらまでですか?」
ロイクールが足を止めて尋ねると二人は首を横に振った。
そして先に答えたのはイザークだ。
「いいえ、それではロイクールさんのことを殿下に進言できませんから、ご一緒させていただきます」
「私も、同席は許可されておりますのでご一緒させていただきます」
ドレンはイザークに続いてそう答えた。
確かに魔術師長なら、元は裁かれて隠居してもおかしくない相手だし、ロイクールが怒りに任せて危害を加えても問題ない。
しかし、目の前にこれから現れる相手はそうではない。
自分に恨みを募らせている相手と二人で話をするなど、そのような危険を冒していい立場の人間ではないのだ。
イザークも進言するためと口にはしたが、もしロイクールが謀反を起こしたら、魔法契約による枷で、きっとロイクールと対立することになってしまう。
ドレンは皇太子殿下からすれば身内だし、護衛の能力に長けているので、やはり何かあれば彼につくことになるだろう。
つまり、イザークはロイクールの暴走抑止のために置かれるということだ。
これから離される内容が、仮にミレニアに関する事ならば、親族であるイザークに直接聞かせておくことにも大きな意味がある。
彼はどこまでも姑息だなと、ロイクールはそんなことを改めて思いながら、自分を呼びだした相手の待つ部屋のドアを開ける覚悟を決めたのだった。