仮想敵からの依頼と噛み合わない対話(8)
「こんな形でこのメンバーが集まるなんて想像していませんでした」
ようやく座ったイザークがそう口にすると、ドレンがすぐに同意した。
「そうだな」
それを聞いたイザークはロイから視線を隣のドレンに移す。
「私はおそらくドレン様が交渉に失敗した時の保険でしょう」
「そうだな。だが、イザークが来るなら私は不要だったと思うが」
時折尋ねてきているが、その度にあしらわれたり不快感を示されている自分がここに来るより、最後まで友好関係を築き、それを崩さぬよう努力をしてきたイザークからの話の方が耳を課す可能性が高い。
それでも皇太子殿下はなぜかドレンを使者として最初に送ってきた。
もしかしたら、自分の役割はイザークが到着するまでの足止めと、イザークが交渉に失敗した時、力ずくで連れてくるために必要な人員として配置されただけかもしれない。
つまり交渉能力は期待されておらず、決裂することが前提ということだろう。
そういうところがしたたかだとドレンが皇太子の事を思い浮かべていると、イザークにも思うところがあったようで、彼はロイにも伝わるよう、それを言葉にした。
「私は、ドレン様の立場も理解できます。私も契約に縛られて動けない立場でしたし、それに、あなたからすれば、殿下たちは近しい親族にあたりますから、ロイさんの味方になれなかったのも仕方がないと思います」
「ああ」
ドレンがイザークの言葉に申し訳なさそうに相槌を打つと、イザークは続けた。
「ですが、彼らのせいで私は身内になるべき人を手放さなければならなくなりましたから、契約違反に当たる行為は行わなくとも、常に感情を持て余しております。そして今回のことにも正直憤りを覚えているのです」
イザークもここに来たくて来た訳ではない。
ロイクールに会えるのは嬉しいが、同じ再会ならば、もっと良い形で実現したかった。
これ以上自分たちが関わらないことでロイクールを守ろうと思って離れたのに、こうしてまた利用されることになったのも不服だ。
その怒りがドレンに向かう。
ドレンは近しいものとしてそう言われる覚悟をしていたのか、そんなイザークの言葉を流して続けた。
「王族側の立場で言うなら、今回、何が何でもロイクールを向こうに送らねばならないからな。そしてここまで何年もの間、何も起こらなかったのはミレニア様の功績だと思っている。もちろん彼女には皆が感謝している。それにイザークをここに呼ぶ意思は少なくとも私にはなかった」
人民の多くからあがめられるようになったイザークを敵に回すなど悪手だ。
間違えれば人民が敵になってしまう。
イザークは今でも時折、雨不足などで本当に困った農地などに足を運んで、水を振らせてくる活動をしている。
たまには魔力を放出した方がいいので、イザークにとってもいいことなのだが、一度貴族たちを前にショーとして披露した事もあり、今でも同じ方法を使用している。
何度も行っているうちに、今ではすっかり水を降らせる範囲もある程度なら絞ることができるようになって、水魔法以外の、魔法全体のコントロールも上達していた。
王宮が魔法契約で縛っていなければ、ロイクールと同じように脅威とみなしたかもしれない人物だ。
それを敵に回す可能性があるのだから、頭の弱い王女以外の人間なら、イザークを不愉快にすることが明らかであるこのような頼みごとなどしない。
つまりそれだけ王族側が切羽詰まっているということだ。
「何も起こらないから、ロイクールさんを利用して何かを起こそうとしているということはありませんか」
イザークに尋ねられたドレンは即座に首を横に振った。
「どうやらそうではないようだ」
イザークのあげた可能性は自分も真っ先に考えた。
膠着状態となっている状況を打破する起爆剤にロイクールを投入し、あわよくばあちらの国で暴れてくれたらと願っているのではないかと。
そうして横から手柄をかすめ取るのではないかと。
しかし、王族たちはようやく緊張状態から抜け出せたところだ。
国内の立て直しだって後回しになっているところが多いのに、あえて平和を約束した国に喧嘩を売るのはおかしい。
そして向こうからも特に戦をしかけてくる気配がないのだ。
皇太子殿下に確認しても、そのような発想はない、むしろそんなことを考えつくお前の方が怖い、もう敵に回したくないと言われたし、周辺を探っても理由が見つからないのだから、本当にあちらの国が単にロイクールとの面会を要求しているだけということだろうと判断せざるを得なかったのだ。
「私はすでに王宮魔術師ではありません。国内にいろと言ったのもそちらだ。その代償として私には自由がある。そうではなかったのですか?それを今度はそちらの都合でギルドを空けてそちらの都合に合わせて対外交渉に動けと?」
納得いく答えを得られないロイは、怒りを抑えながら話しているけれど、どうしてもその空気は漏れていく。
この仕打ちに対して貴族のようなポーカーフェイスをつき通すのはロイには無理だった。
魔法を使っていないのに凍りつきそうな空気が漂う中、イザークはそれを制する。
「残念ですがロイさん、この件に関しては、それを認められる状況ではなくなりました」
「イザーク様?」
珍しく言い切ったイザークに驚いてそちらに視線を向けると、制止方を間違えたと言った様子で慌てて言葉を整えた。
「本当に申し訳ありません。それに関しては私もドレン様と同意見なのです。穏便に済ませたいのでご同行願えますか」
ドレンはともかく、イザークが不用意にロイの不利益になるような話を持ってくるとは考えにくい。
しかもどちらかと言えば気弱なタイプだし、穏やかな人柄で声を荒らげることのないイザークがこうまではっきりと断言するのは珍しい。
余程の事情があるのは間違いなさそうだ。
そして情報を持っていて話せないのか、本当に知らないのかは分からないが、ここで詳細を聞くことは敵わなそうだ。
それならば、敵地のようになってしまった古巣に乗りこんで行くしかない。
ロイはそう判断して言った。
「そうですね。私も争いたいわけではありませんので伺いましょう。話をするべき相手はそちらにいるのでしょうし。ですが私はギルドの管理者です。本日の営業がほどなく終了となりますので、それから出発とさせてください。本日この後の利用予定はありませんので、お二人はこのままこちらで時間までお待ちください。準備ができましたら戻ってまいります」
ロイの言葉に二人はうなずいた。
「そうさせてもらおう」
「すみません……」
ロイは二人の返事を聞くと立ち上がって応接室を出た。
そしてギルドを時間提示に閉められるよう準備を始めたのだった。
その日のギルドでの営業を終え、戸締りをすると、早速三人は王宮に残っているという魔術師長のもとに向かうことになった。といっても、二人はロイクールの護衛という名目で一緒にいるけれど、実際は逃げられないようにするために張り付いているので、護送に近い。
そんなことをしなくても行くと決めた以上逃げるつもりはないのだが、二人は同行させてほしいとロイクールに頭を下げた。
おそらく自分たちが命に反していないことを王宮側に見える形で示しておきたいからだろう。しかしさすがに馬車は二台も必要ない。
そのためイザークが馬車を帰らせ、三人でドレンの馬車に乗ることになった。
先に来た高位貴族である、ドレンを立てる形にしたのだ。
そうしてロイクールが一人、イザークとドレンロイクールの正面に二人並んで座ったところで、馬車は王宮に向けて走り出したのだった。