仮想敵からの依頼と噛み合わない対話(7)
「案内ありがとう。また何かあったら先ほどと同じように声をかけてくれてかまいませんので」
イザークが中に入ったのを確認して、ロイは案内してきた担当者にそう言った。
「は、はい……。では私はこれで……」
それとなくこの場を離れる機会をくれたロイの言葉に乗って、担当者はその場から離れることにした。
ここでもし、客人として来ているお貴族様に声を掛けられようものならせっかくの機会を損失してしまうことになるからだ。
ここぞとばかりに、案内してきた男性を部屋に通すのに抑えていたドアから手を離して頭を下げながら、早く閉まれと隠れて手でドアを動かす。
そうしてドアが完全に閉まったところでようやく頭をあげて安堵の息を吐いた。
ここで腰を抜かすわけにはいかないので、どうにか受付まで戻る。
そうすれば場所を案内の人が来なければ座っていられる。
そこまでの辛抱だと気力を奮い立たせると、どうにか担当者は持ち場に戻ったのだった。
「まさかあなたがいらっしゃるとは思いませんでした」
ドアが閉められて、担当者が離れて行く足音を確認したロイが、入口の側に立っているイザークに声をかけると、イザークは大きく息を吐いて首を横に振ってからそれに答えた。
「私も気が進まなかったのですが、仕事で」
イザークが、目の前にいる騎士団長の姿を見て、立ったまま苦笑いしているため、ロイはとりあえず彼に椅子を進めた。
「とりあえずお座りになりませんか?」
本来ならば一番位の高いドレンがそう告げるべきなのだが、ロイがそれを無視して発言すると、ドレンはそれに同意して口添えした。
「ああイザーク、そうしてくれ」
ドレンに言われてようやくイザークは着席に同意した。
そしてドレンの横に移動する。
「失礼いたします、ですがその前にお礼を言わせてください」
座る前にとそう述べて、座ったままのロイを彼は正面から見下ろし高と思うと頭を下げた。
「お礼ですか?」
別に待合の席にいるイザークを呼んだのは自分ではなくドレンだ。
だから要が早く済むということがお礼の理由ならば、自分ではなくドレンに言うべきことだろう。
思い当るところがないとロイがイザークの方を伺っていると、イザークは姿勢を正し、頭を下げた。
「先日は先輩、いえ、うちのものがこちらに依頼をされたそうで、顛末は確認いたしました。その節はお世話になりました」
用件を言い切ってからも頭を上げる様子はないイザークに、ロイは落ち着いた声で言った。
「はい。確かに。取り合えす頭をあげてもらえませんか」
ロイがそう言うと、イザークは静かに頭を上げる。
そしてじっとロイを見た。
「彼より、最良の解決をしてくださったと聞いています。感謝いたします」
「いえ、あなたに感謝いただくようなことでは……」
確かに魔術師の副師長となったイザークから見れば、依頼者の一人は部下にあたる。
しかし彼は、仕事に関係なく、個人として自分でロイのところに依頼に来たのだ。
そして依頼主に対して最善と思われることを提案した。
そこに王宮魔術師団は関係ない。
確かにイザーク個人と先輩は仲が良いかもしれないが、それを考えてもここで彼が頭を下げるのはおかしいだろう。
ロイが困惑していると、イザークは首を横に振った。
「いいえ。お恥ずかしながら、彼には私たちも相談を受けておりました。肩書上精鋭と呼ばれている人間が知恵を絞ったにもかかわらず、彼に対してしてあげられることはほとんどなかった。それをあなたは解決してくださったのです」
本当なら彼に相談を受けた自分たちが問題を解決しなければならなかった。
しかし彼にはその解決が困難と判断され、先輩は外部組織にいる、しかも王宮との関係があまり良くないロイを頼らせる結果になってしまった。
確かにそれを外に知られれば恥だろう。
だから口止めをするのかと思ったが、そういう話ではないらしい。
言葉になって出てきたのは純粋に感謝を表すものだけだった。
言わなければ分からないことであるにもかかわらず、そこに触れてお礼の言葉を伝えるのがイザークらしい。
「では、治癒魔法をかけていたというのは」
ようやく思い当たったロイがイザークに尋ねると、イザークはため息をついた。
「王宮魔術師の一人です」
「そうでしたか……」
彼のところに回復魔法が使える魔術師が通っていたことは聞いていた。
魔力の強弱をいうつもりはないし、どうにかしようと尽力したのは間違いない。
それに寿命に回復魔法の効果は薄いのだから、改善を見込めなかったのは仕方のないことだ。
あれはたまたま自分がそこに気がつくことができて発想を変えることができたから、そして、辛うじて本人の中にそれを受け入れるだけの生命力のようなものが残っていたからなし得たものだ。
ロイの力だけではない。
しかし言われてから考えると、少しでも魔法が使えるだけでも有能とされているのだから、そもそも魔法を使える人など限定的だし、知られている者ならば王宮に雇われているのが普通だ。
回復魔法など貴重なのだからなおさら囲われていて当然だろう。
あまり気にしていなかったけれど、そうなるとつながりが見えてくる。
「あなたはこちらで解決できなかった問題の解決に尽力してくださったのです。ですから上司としてお礼を言わせていただきました」
「わかりました。そういうことでしたら……」
とりあえずここでお礼の言葉を受け入れなければ話は進まなそうだ。
ロイが話を切り上げることを目的としてそう言うと、イザークは再び頭を下げた。
「本当に、あなたはすごい人です。ですからこのような関係になってしまったことが悔しくてなりません」
そしてこれからの話を思ってか頭を上げられずにいる彼から、ロイは思わず視線を知らした。
「私も、イザーク様とは末永くお付き合いできるものと思っていましたので、このようなことになったのは非常に残念です。ですがそれとこれとは話が別でしょう」
「そうですね。昔話はこのくらいにして本題に戻りましょう」
イザークはそう言って、促される前に自分から頭を上げた。
そこでロイは再び座るよう勧めた。
「本題に入るのでしたらなおのことお座りください。その方がいいでしょう」
「ああ。もう充分にその誠意はロイクールに伝わっただろう」
ドレンにも同じように座れと言われたイザークは、ようやく失礼しますと言ってその隣に腰を下ろすのだった。