仮想敵からの依頼と噛み合わない対話(6)
あわよくば、普段から押しかけてきてロイを困らせている目の前の男性を追い出すことができるのではないかと思ったけれど、その目論見は外れてしまった。
しかも客人である男性から逆に厄介な提案までされてしまった。
ロイにも頼まれてしまったので、こちらに連れてくるしかない。
何となく厄日かもしれないと思いながら、彼女は再び受付のあるところまで戻ってくる。
「大丈夫?」
行きとは違う思い足取りで戻ってきた彼女に、先ほど声をかけた別の窓口の担当者が驚いて駆け寄ってきた。
「大丈夫……。さっきのお客さんに対して伝言を頼まれただけだから……」
「そう……。大丈夫ならいいんだけど……」
小声で質問に答える担当者の顔色はよくない。
でも大丈夫だと言っているし、受け答えができているのならそれ以上をここで話すのはよくない。
そうは思うもののついじっとその顔を見ていると、担当者は心配する相手にこわばった作り笑いを見せた。
「とりあえず行ってさっさと用件を済ませてくる」
「そうだね、わかった」
そう告げると、担当者は先ほどの貴族男性のところへと向かっていった。
担当していない方はその後ろ姿を声をかけた方は見ていることしかできない。
とりあえずまだまだお客さんは残っている。
不安そうにしているのを見送った後、とりあえず気持ちを切り替えて自分の仕事に戻るのだった。
とりあえず同じ担当と話して少し落ち着いたものの、いざ声をかけるとなると勇気がいる。
しかも先客がいることも伝えないといけないのだから、温厚そうな人に見える相手とはいえ、気が重い。
ため息をつきたいがそんなことをすれば不敬に当たる。
そのため感情もため息も押し殺して、大人しく座って待つ男性に声をかけた。
「すみません、少々よろしいでしょうか」
少し離れた場所から声をかけた担当者の方に目を向けたイザークがその声に答えた。
「私ですか?もしかして、前の方のお話が終わったのでしょうか?」
受付の奥の方を時折気にしていたが人の出てくる気配はなかった。
しかし声がかかったのだから気がつかない間に出て行ったのか、もしくはもうすぐ終わるという話かもしれない。
イザークが立ち上がって移動しようとすると、慌てて続きを話し始めた。
「いえ、そうではないのですが……、ロイさんにお客様がお見えになっていることをお伝えしましたら、前にいらしている方が、お客様をご存じのようで、応接室に呼んでほしいとおっしゃっておりまして、それを伝えるために声を掛けさせていただきました」
とりあえず用件を言い切って様子を伺っている担当者に、イザークは穏やかな口調で尋ねた。
「その方がどなたなのか、お分かりになりますか?」
質問されたけれど怒っている様子がないことに安堵して、担当者は答えた。
「詳しくは分かりませんが、貴族の騎士の方のようです。その方はこの時間に訪ねて来るお客様に心当たりがあるとのことで、ロイさんもそれならば連れて来てくださいと……」
口にしながら思わずその先の言葉を濁した。
あちらも貴族だけれどこちらも貴族だ。
いくらロイを訪ねてきているとはいえ、これではこの貴族に平民である自分が強制することになってしまうことに気がついたのだ。
もし先ほどの貴族よりこちらにいる貴族の方が身分が高かったら、そこはロイが何とかすると言ってくれていた気がするけど、こちらの身がもたない。
「そうですか。それでしたら問題ありません。貴族であるなら大半は知り合いですから、相手がいいとおっしゃっているのなら、その申し出を受けましょう」
今度こそ移動だとイザークが立ち上がると、担当者は慌てて言った。
何だか彼はいい人そうだ。
別にさっきの貴族にも危害を加えられたわけではないが、さっきの人の方が威圧感は強かった。
でもこの人からはそれを感じない。
このままさっきの人のところに連れていったらこの人がその圧に負けてしまいそうに見える。
「そ、そうなのですか。無理なさってませんか?断りにくいのでしたら、私が行ってきますし、ロイさんもそちらにいますので何とかしますが」
「本当に問題ありません。どうせ王宮騎士団の誰かでしょう。それにロイさんがいるのなら悪いようにはならないと思いますよ」
言われて思い出してみれば、確か彼は騎士団長のはず。
でもそれはお客様の個人情報になるし、ロイが相手のことは答えなくていいと言っていたはずだ。
でも答えないのがこちらの相手に不敬にならないか、責任は自分が取るとロイは言ってくれたけれど、不安は残る。
彼女が黙って目を泳がせていると、目の前の男性は穏やかに微笑んだ。
「守秘義務で答えられないでしょうから、今のは聞かなかったことにしてもらって構いませんよ。そこで相手が特定されるような情報を口にしないのは、あなたが優秀な証拠です。あれは私の独り言ということにしておいてください」
王宮騎士団の誰かという言葉を聞いて答えていいか迷っているのだと感じたらしいイザークがそう言って話を終わらせる。
お貴族様に気を使われたことに気がついて、思わずポカンとしてしまったけれど、そんな場合ではない。
我に帰ってすぐに頭を下げる。
「あ……、えっと、お客様が大丈夫でしたらご案内します」
「お願いします」
「はい……」
彼が近付いてきたので、先頭する形で自分も歩き始めた。
こうなってしまったらロイに丸投げするしかない。
もともとそれでいいと言われていたのだ。
もう少し自分が役に立てればよかったけれど、結局何もできないまま、言われた通りになってしまったのが無念だけど、それはそれで仕方がないと割り切るしかない。
これ以上頑張って事態をこじらせる方が、対処が困難になってしまうだろう。
幸い案内する方のお貴族様はとても良い人そうで、それだけが救いだ。
どうかこの人に悪い方向になりませんように。
そんなことを思いながら黙って前を歩き、応接室の前までやってきたのだった。
受付の担当者との話を終えて、ロイは再びドレンと向き合った。
すぐに戻ってくるだろうと考え、二人は特に会話をしないで黙って待つ。
すると案の定、ほどなくノックの音が部屋に響いた。
「どうぞ」
ロイが入室を促すと、ドアが開いた。
そしてその先にいた客人を見て、ロイは目を見開き、ドレンはやはりと言った表情で笑みを浮かべた。
「なるほど、そういうことですか」
そして迎えられたイザークの方はそうつぶやくと、応接室の中に入っていくのだった。