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仮想敵からの依頼と噛み合わない対話(5)

ドレンを応接室に案内してからほどなく、一人の貴族がギルドを尋ねてきた。

受付の人たちは貴族が来たことで警戒感を強める。

その気配を察してか、その彼は穏やかな口調で空いている受付に声をかけた。


「あの、こちらのロイさんに用があってきたのですが……」


声をかけられた受付の担当者は、彼をじっと見ながら慎重に答えた。

先ほどの男のような威圧感はないけれど、目の前の人間が貴族であることは変わらない。

一方のこちらは平民だ。

失礼があって気分を害した場合、善悪に関係なく、こちらが処罰の対象になる可能性が高い。


「ロイさんは別の方をご案内中です。私でよければご用件をお伺いします」


あくまでいつも通り、かつ、粗相のないようにと慎重に尋ねると、その男性は眉を下げた。


「用件については本人にしか話せませんので、待たせていただいてもよろしいでしょうか」


今日はすでに同じことを言って来た人が二人目だ。

担当者がちらっと他の受付の方に目をやると、先ほどの人間と同じように待たせておけばいいと訴えている。


「それは構いませんけど、長くかかると思います」


別に大人しく待ってもらえるのなら、いてもらうことは問題ない。

そう伝えると、彼は納得したと言いながら大きくため息をついた。


「お仕事中に尋ねてきたのはこちらですから、かまいません。待つだけで会ってくださるのなら良いのです。ギルドの邪魔になることをするつもりはありません」


落ち込んだように見えたものの、そうではないらしく、彼は最後に微笑みながら担当者にそう伝えた。


「そういうことでしたら……」


担当者の方は嘘をついているわけではないのに、なんだか彼にそう伝えたことで、申し訳ない気分になる。

しかし、特別扱いできないし、中にいるのは彼より明らかに威圧感のあるお貴族様だ。

ロイは何かあったら尋ねてきていいと、そう言ってくれたけれど、相手を不快にするわけにはいかない。

用件が分からないこともあり、双方貴族だからといきなり客人同士を合わせるなど論外だ。

とりあえず受付から離れた待合の一角で待つように伝えると、彼はありがとうございますと丁寧にお礼を伝えてから、邪魔にならないよう、待合の隅っこに腰を下ろした。

とりあえず気分を害することなく、待ってもらえるころになったようだと安堵していると、別の受付に立っていた担当者が寄って来た。


「ロイさんにこの状況を伝えておいた方がいいと思います」

「え、でも待ってくださるって……」


終始穏やかな感じの人だった。

彼ならきっと黙って何時間でも待ってくれることだろう。

だったら他を刺激する必要はない。

だからそのまま次のお客さんの対応に入ろうとしていたのだが、担当者はせめてロイに一報入れた方がいいと言う。


「そうだけど、先の人、どのくらい時間かかるか分からないし、声をかけたらあっちも早く切り上げてくれるかもしれないし、そしたらロイさんの助けになるかもしれないよ」

「確かにそうだけど……」


そう言って先ほどまで待っていた男性と、これから待つと大人しく座っている男性を頭の中で思い浮かべて天秤にかける。

ロイはその相手と話をするのをあまり快く思っていなそうだった。

確かに他のお客さんが来たと伝えたら切り上げて帰ってくれるかもしれない。

でもそれが失礼に当たる行為と判断されたら、自分が何か言われたらと思うと少し竦む部分がある。


「もしさっきのお客さんが怖いだけだったら、ロイさんところに私が代わりに行ってもいいわよ?」


すぐに結論を出せずにいると、代わりに聞いてこようかと言われる。

でもそれは、せっかくここまでの対応を自分が頑張ったのに、横からその手柄を持っていかれている気がして気分が良くない。

もう思うだろうと予測したからこそ、勝手なことをせずこうして自分に聞いてくれていることは分かっているので、後は自分が決断をするだけであることは分かっている。


「それなら私が行きます」


勢いでそう告げると、別の窓口の彼女は笑って自分を送り出してくれた。


「そうこなきゃ。あ、次の方案内するから、そこ閉めて行ってきて」

「わかりました……」


そうして勢いとはいえ、応接室には自分で行くと言ってしまった担当者は、他の窓口の担当者に促されるまま、重い足取りでロイの元に向かうのだった。



応接室をノックすると、すぐに入室許可が下りた。

静かにドアを開けると、奥の上座に客人の男性の姿がある。


「あ、あのう……」


ロイより先に男性と目があった彼女が少し怯んで目を泳がせると、聞きなれた声がした。


「何かありましたか?」


そんなロイの声を聞いたら急に落ち着いた。

自分は用件があってここに来たのだ。

大義名分がある。

邪魔をするために来た訳ではなく、仕事なのだ。

彼女は客人から目を逸らしてロイの方を見ると、一気に用件を吐き出した。


「それが、外に、さらにお待ちになるという、別のお貴族様と思われる方がいらしてまして……」


目を逸らさずこちらを見ている圧の強い男性を気にしながらも、そちらに目を向けないようにしてどうにか用件を伝えきると、ロイより先に客人の方が口を開いた。


「そうか。そのような人物が来ているのなら、ここに呼べばいいのではないか?」


客人の言葉を素直に受け取れば、飲み屋で席がないから合い席にしよう、そんな感じの提案だ。

だが、ここは記憶管理ギルドで、個別に対応しているのには、忘却魔法使用時の守秘義務など、ギルド側にも守らなければならないルールが定められているからだ。

相手がどんな用件かはわからないけれど、その提案は普通ならば受け入れるべきではないことくらいは彼女にも分かる。


「えっと……?」


担当者が答えに困っていると、ロイが客人に尋ねた。


「ドレン様にはどなたが来るのか、心当たりがあるのですか?」


ロイの質問に、ドレンは盛大にため息をついた。


「私が来たんだから、もう一人も来るんじゃないかって思っただけだ。向こうは何が何でも派遣するつもりだろうから、切れるもんは何でも切ってくるだろうね。私ではダメだった時のために、会話を許されそうな人を派遣したのだろうな」


客人であるドレンには心当たりがあるという。

当然用件も同じということだろう。

それならば何度も同じ問答を繰り返すより、まとめて終わらせた方が楽だ。


「その方は貴族の方で間違いなさそうですか?」


ロイが担当者に確認すると、彼女はうなずいた。


「はい」

「わかりました。では、別のお客様がいることを伝えて、同席すると言ったらこちらにご案内してください。違ってもこちらで何とかしますし、お客様の名前は守秘義務で答えられないので、直接会ってほしいって私が言っていると伝えてもらえればいい。それで待つと言うのなら待たせておいてかまいません」


ロイは伝えてさえくれたら自分が何とかすると言う。


「わかりました。ご案内してきます」


彼女はそう言うと頭を下げて応接室を出た。

そしてまた、先ほどのお貴族様と話さなければいけないのかとため息をついたのだった。

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