仮想敵からの依頼と噛み合わない対話(4)
とにかく長い話になりそうだ。
そう判断したロイは、空のカップとお湯を入れたティーポットをテーブルに置いた。
「わかりました。とりあえずお話を伺います。お茶は、ポットごと置いておきましょうか」
「すまない」
話を聞いてもらえるらしいと安堵したのか、ドレンは大きく息を吐いた。
「それでご用件は」
ロイがドレンの許可を得ることもなくテーブルを挟んだ向かい側の椅子に腰をおろしてそう聞くと、ドレンの方もそれを気にする様子を見せることなく簡潔に用件を述べた。
「ロイクールに王族からの呼び出しがかかっている。連れてくるようにというお達しだ」
ロイではなくロイクールと言ったのは、呼び出しをかけた人間がそう言ったからということが察せられた。
そのためそこには触れず、切り返す。
「拒否する権利は」
「あるが、ない」
ロイが拒否をするのは想定内だ。
でもそうなった場合、ドレンは無理をしてでも目の前の人間を彼らの前に連れていかなければならない。
その方法は問われていないが、最善を尽くして遂行することが求められている。
だからロイクールに拒否する権利そのものはあるが、その後の責任は負いかねる。
ドレンの言いたい事を察して、ロイは彼に冷たい視線を向けた。
「あなたは呼び出しの内容をご存じなのですか?」
「知っている。だからこそ気乗りしないんだ」
本当ならばこれ以上ロイに何かを強いることはしたくない。
彼が王宮魔術師を辞してから、これまでうまくいっていた多くの関係が壊れてしまった。
あの時そうすることしかできなかったとはいえ、もう少しうまく立ち回ることはできたはずだ。
しかしあの時の自分はそれが最善だと、彼らと同じ結論に至ってしまった。
あの時、彼らとは違うといいながら、国のためならロイやミレニアのことなど些細なことだと考えていた。
それが彼らの人生を変えてしまうことで、自分たちには影響がなくとも彼らには大きな影響があるという考えはなかった。
そうして負担を強いられたのが目の前人間だ。
そんなロイに自分が責められるのは仕方がない。
しかしだからこそ、これ以上の関係悪化は避けたいと思っている。
なのにそれを平然と彼らは命じてきた。
契約に抵触しなければ、本音くらい伝えても許されるだろう。
こういった言葉を挟むのは彼らに対する意趣返しと自己満足だ。
「内容次第でしょうか」
ドレンが気乗りしないと言う位だから余程のことなのだろうが、跳ね返せない事情もあるかもしれない。
拒否する権利は残るのだろうから情報は持っておいた方がいいだろう。
そう考えてロイが話を聞く姿勢を見せると、ドレンは乾いた笑いを見せた。
「そうだよな。伝えるなとは言われていないから、言っても問題ないだろう」
「では伺いたいと思います」
淡々と言い放つロイに、気さくに接する隙はない。
話は聞いてもらえそうだが、どれだけ時間が経とうとも、まだ彼に許されてはいないのだと諦めて、ドレンは頭を切り替えた。
「ミレニア様の嫁いだ例の国に、ロイクールを使者として送ることになったようだ」
知っている事実を端的に告げると、ロイは首を傾げた。
「意味が解らないのですが?」
ロイの反応はもっともだとドレンはため息をつく。
「正直に言えば私にも意味が解らない。だが、あちらの国からの要請だということだ。詳細は魔術師長から話があると」
自分が知らされているのは、あちらの国からロイクール指名の呼び出しがあったようだということだけだ。
あちらでロイクールが何をさせられるのかはまでは知らされていない。
それは本人が王宮に来てから直接伝えることで、自分に与えられた使命はロイクールを連れてくることだと話を切られてしまっている。
後からなら分かるかもしれないが、今は分からない。
内容を聞けば理解できるかもしれないが、それが分からないから残念ながら意図も正確には読み取れない。
きっと彼らもドレンの後悔に気付いていて、余計な画策をさせないため、今の段階でその内容を伝えないと判断したのだろう。
ドレンが申し訳なさそうに話すと、ロイはため息をついた。
「ドレン様、本当に残念です。今のあなたは、あの時の騎士団と同じだ。身分の低いもの、弱いものに権力を振りかざしている」
「私はそんなことはしていない」
本当ならロイクールの力になりたい。
今は心の底からそう願っている。
ただできることがないので穏便に話を進めるのが最善だから、こうして正面からやってきたのだ。
「少なくとも私にはそうしているでしょう。幸い、私にはこの国から出られない代わりに自由が与えられている。だからこうしてあなたと渡り合うことができますが、私以外の人間はあなたに対抗する手段を持ちません。力も権力も弱い者たちなのです。だから私が呼ばれている。違いますか」
もし自分が応じなければ手段は選ばない。
それはここで言うのならギルドの職員達を人質にしているのも同じだ。
ドレンや王族の連中ならそういう手段を取るだろうことは容易に想像できた。
少なくとも相手が庶民で同じ用件ならば、ギルドの職員が追い返していたはずだ。
「話し合いに応じてくれれば何も問題はないし、他の者に危害を加えるつもりはなかったが」
何を言われているのか分からないと聞き返すドレンに、ロイは理解を求めることを諦めた。
「図らずして彼らを盾にしているあたり、やはりあなたもあちら側の人間ということですよ。やっていることは変わらない。まあいいでしょう。王命では仕方がありません。あなたも縛りを受けているのでしょうから」
ドレンは平民に対して権力を行使するのを当然だと思っている。
自分を気遣っているとか後悔をしている素振りはあるが、結局根底は同じで、自分の仲間、力のあるロイクール以外の人間になら、そのくらいのことをしてもいいと考えているのだろう。
いや、無意識だから考えてすらいないかもしれないが、結局彼も生粋のお貴族様、高位貴族ということだ。
自分の内に入れたもの以外はどうでもよく、そんな彼らにも同じように身内となる人間が多く存在することを理解していないし、力のないものは彼の中では同じ人間として扱われないのだ。
やはり貴族とは相容れない。
そんなことを思いながらロイは黙ってドレンの次の言葉を待つのだった。