仮想敵からの依頼と噛み合わない対話(2)
記憶喪失の人の保護を依頼したことがきっかけで、王宮魔術師時代の先輩と話す機会が増えた。
本人の依頼の時は互いに、特に向こうが申し訳なさそうにしていたけれど、そういうことはなくなり、時折ギルドに立ち寄ってくれるようにもなった。
受付の女性たちも依頼してきた際、低姿勢だった先輩に好意的なので、すぐにロイを呼びに来る。
もちろん、仕事中だと理解しているので歓談しに来るわけではなく、定期的に保護した彼の様子を伝えるという名目も携えてのことだ。
「まさかまた、このように話ができるようになるとは思わなかった。あの時、勇気を出して依頼して本当に良かった。また立ち寄らせてほしい。本来は私もここに入るのが良くないことだと分かっているのだ」
彼はそう言うと目礼した。
前回の案件を持ち帰った後、違法営業のギルドの摘発に成功したのだが、その話し合いの際、この案件を扱うことになったギルドがロイクールのところなのだと話に上がったのだという。
ロイよりも魔術師団の面々の方がロイに配慮して近付かないようにしているのだが、本当は皆、話をしたいと思っているそうだ。
「先輩に関しては問題ありません。先輩の人柄はすでに受付にも知れているので、あなたがいらっしゃる分には警戒されないと思います」
先輩が担当になったと思っている人がいるほど、彼は受付のメンバーの心をしっかりつかんでいた。
別の人が来たら警戒するので何か用件を伝える時は先輩に来てもらいたいとロイは思っている。
「それから、元気にしているようだと伝えたら皆安心していた。皆ちらちら素通りするが、本当は話をしたいようだから、もし叶うならいつかまた、歓談のも同席してほしい」
「そちらの答えは保留させてください。ですが、個人的にお困りならば相談はいつでも承ります」
魔術師と歓談は政治的側面から避けたい。
別に魔術師団のメンバーを避けたり嫌ったりする理由はなかった。
でもあのような形で辞めたので少々気まずく、時間がたった今、わざわざ思い出すことはないけれど、ロイもまだそこまでは踏み込めない。
「それはありがたいな。皆にはそう伝えておくよ。ああ、この話の後で、とてもいいにくいのだが」
「何でしょう」
急に沈んだ声を出した先輩に悩み事が増えたのかと心配そうにロイが尋ねると、先輩はため息をついてから説明を始めた。
「私のところに詳細は入ってきていないが、近々、重たい命が下るかもしれない。ドレン騎士団長と、イザーク様が、ロイさん、いや、ロイクールさんに命令するしないでもめていたのを耳にした。二人とも後ろめたさはあるようだが、そうも言っていられない事態が起きている可能性がある。何もなければいいが、心に留めておいてもらった方がいいだろう」
「ご忠告ありがとうございます」
ロイは頭を下げるが、彼はこの件では被害者だ。
この状況でも自分を立ててくれるロイクールにうわべの情報しか与えられない自分が不甲斐ない。
けれど突然持ってこられるよりはいいだろうと思い伝えることにしたのだ。
「見えない所でそのような話があるのは不快だと思うが、国、というか王家が絡んだ案件だと、イザーク様でも抑えることはできないと思う」
「そうですね」
もしかしたらこの件でイザークに会うことになるかもしれないという。
彼はすでに副団長をしているそうなので、大きな案件ならそうなるだろう。
「だからどうか、イザーク様がそういう話を持ってきても恨まないでほしい」
「当然です。彼があの時も契約ギリギリのところで、私のために動いてくれていたのを知っています。王家を恨むことはあっても、彼を恨むつもりはありません。当然、ご家族も、先輩も」
その言葉を聞いて先輩は安堵の笑みを浮かべた。
そしてこの件に関わってきそうな人物の名前をもう一人上げる。
「では、ドレン騎士団長のことは……」
彼は騎士団に所属しているけれど、ロイクールのいる当時から魔術師をきちんと立ててくれる人だった。
魔術師の中には、騎士に嫌悪感を持つ者が多いけれど、彼らの中でもドレンだけは別枠として扱われている。
だから彼に関してはどう思っているのかときりだしたのだ。
「ドレン様は、しつこいですね」
「しつこい?」
確かに食堂でロイクールやイザークに付きまとってた印象はある。
ただ、顔をしかめるほどのものではないと思っていた。
印象が良かったのは守られた魔術師だけで、ロイから見れば彼も単に騎士団のメンバーの一人だったのかもしれない。
「余計な事を思い出させたか」
必ずしも、皆がドレンに好印象な訳がない。
良く話していたロイならば仲がいいだろうと思いこんでしまっていたが、どうやらそうではないらしいので彼は口を閉ざした。
そんな彼にロイは言う。
「いいえ。あのですね、ドレン様と殿下に、あなた方のような気遣いはなくて、時々ここに出没してます。それこそギルドを開いた当初から。だから受付にも高貴な人、お貴族様何かが来ると、彼らのその関係者ではないかって疑われて、まず睨まれるのです。受付の待合でそういう不愉快な思いをさせていたのならお詫びしないといけないですね。あと、ドレン様には確かに思うところはありますが、その、
まだ過去の話になっていないのです」
ロイが現状を説明すると、さすがの彼でも呆れた表情になった。
「彼らは、あの後もここに来ていたのか……」
そうつぶやきながら今度は表情が少し険しく変わる。
「なので今更です。復帰を促されても、いつも通り追い返すまでですよ。不穏であろうとそれは国を代表している方々が対応すべきものでしょう。私は一平民、本来であれば守られる側ですから」
ロイなら魔法で返り討ちにもできる。
ただ、やらないだけだ。
自分に敵う相手は騎士団にはいないと、彼を安心させるための方便だったが、彼は本当に迷惑行為をしていると思ったのだろう。
間違いではないが、大きな害や売り上げに悪性今日を及ぼすようなものではないし、彼が気にする事は何もない。
だが、話を聞いて思うところがあったのか、彼の返事は固かった。
「そうだな。理解したよ」
上位貴族でもある訪問者に直接苦言を呈するのは難しい。
ただそれとなく話したり、彼らの同行を探ったりすることは可能だ。
ロイに戻ってほしいと嘆願する気持ちは分からなくもないが、一番はロイの気持ちで間違いない。
それにしても開店当初からロイが呆れるくらい立ち寄っているというのはどういうことなのか。
あれだけの事をしておいて、顔を合わせるのは気まずいとか、反省するとかでもなく、まさかの勧誘に来ているとは、さすがに肝の据わっている方々だと思う。
彼は苦笑いとため息が一緒に出てきそうになるのを、どうにか繕って出さないようにしたのだった。