仮想敵からの依頼と噛み合わない対話(1)
記憶喪失で現れた彼のことは国に任せることになったので、そこでロイの役目は終わっていた。
しかしどうにも人ごととは割り切れなかったロイは、独自に少し調査をしてみることにした。
彼から詳細が聞けたわけではないが、それより有力かつ、確実な情報をロイは持っている。
彼の記憶の断片が戻って、それを調整した時、当然ロイは彼の記憶の中を見ている。
だから話を聞いて調査をする面々より、彼の見たものを鮮明に理解しているのだ。
しかし自分が表だって動くのは得策ではない。
そこでロイは非承認ギルドと思われる場所の情報を得るべく、よく利用する情報屋に声をかけた。
ロイが声をかけた相手は、情報屋を名乗るだけあって、ロイの能力も経歴も知っている。
だからロイが一人で出向いても手を出してくる様子はない。
国の抱える最強の騎士団にいる連中を吹っ飛ばして歩いた人間だ。
ケンカを売るなどもっての他だし、目を付けられるより、目をかけられる方がいい。
だからロイの注文には快く応じる。
彼にとってロイは上客だ。
金払いはいいし、高い地位についていたにもかかわらず、平民だからか偉ぶった様子はない。
しかも懐が広いのか、よほどのことがなければ怒らないし、失敗しようがとがめられることもない。
こういう人間と接してしまうと、お高く留まった貴族を相手にするのがばからしくなるほどだ。
情報屋への依頼から数日、ロイは手に入れた調査結果を管理室で確認した。
彼の記憶にあった建物は表向きは一般的な商会でありながら、一部商売とは別の、いわゆる違法行為を斡旋していること、その詳細が明記されている。
取り扱いそのものが違法な商品を売買しているだけではなく、魔法の代行しようがそこに含まれており、そのオプションの中に忘却魔法が入っているらしい。
ただそれは忘却魔法と名乗っておらず、都合の悪い記憶を消し去る魔法という形で書かれており、同一のものかどうかは不明だ。
ただ、この国に記憶管理ギルドという国の承認ギルドが存在するのには理由がある。
記憶に関する扱いを定めた法があるからだ。
これに抵触すれば、たとえ忘却魔法や記憶管理ギルドを名乗っていなくても裁かれることになる。
国内で営業している以上、知らないわけがないし、知っているからこそ表立って商売にせず隠れて請け負っているのだろう。
しかしその金額が桁違いだった。
小金持ち程度では支払いができるかどうかという、高額な値段を吹っかけている。
当然、保護された彼の身ぐるみをはがしたとしても、足りない金額だ。
ギルドが何かを嗅ぎつけられて彼から記憶を奪った可能性もあるが、もし、彼から記憶を奪うことを誰かが依頼したとしたら、この金額を払ったのが誰なのか、ということになる。これまで複数の切り取られた形跡があることから、何度もそのような目にあっていると思われるのだが、何かあるたびにこの金額を払っている人物が何者なのか。
何のために彼の記憶を奪い、一方で生かしているのか。
調査結果をしばらく睨みつけていたが、結局ロイではその答えにたどり着くことはできなかった。
念のため結果の写しを作り、その内容は先輩がギルドに顔を出した時に渡すことにしよう。
そう考えたロイは、調査結果の写しを作成すると、原本を管理室の書類と共にしまって大切に保管することにしたのだった。
「そうだ、一つお土産話があります」
彼の無事とあまり進展のない調査の話を報告に来た先輩にロイはそう切り出した。
「何だろうか」
突然の申し出に怪訝そうな顔をした先輩にロイは管理室で写した数枚の紙を差し出した。
「例の彼が記憶を抜かれたと思われる場所、案の定、違法ギルドのようです。この情報をどう使うかはお任せします。摘発しても、泳がせても、放置しても構いません」
「詳細を調べてくれていたのか」
差し出された紙を両手で大切に受け取り、一番上に書かれている文字を見て、彼はそうつぶやいた。
「中途半端な状態で預けることになってしまいましたから、せめてこのくらいはと思いまして」
自分を頼ってくれたのに、中途半端な状態で彼を国の管理下に渡すことになってしまった。
保護を名目にしてのことだし、それだけで体面が保てると思っている国の連中は、定期的に彼に話を聞くだけで、どうせ碌に調査をしていないだろうとロイは見ていた。
ロイに彼の状況を見透かされていると感じて、彼は不本意なのは自分もだと吐きだす言葉に滲ませる。
「ありがとう。大事に使わせてもらう。警護には力を入れているが、実はあまり積極的に調査は行われていないようだったんだ。どうも立て込んでいるようでな」
そう言いながら先輩は早速内容の確認を始める。
立て込んでいると彼らの口実をそのまま口にしたが、せっかくロイが任せてくれたのに、なかなか進展できないことを申し訳なく思っていた。
ここまでお膳立てされたら、さすがに次回、成果を持ってこないわけにはいかない。
先輩は一通り目を通すと、この情報を有効活用するため、上に動いてもらえるよう説得に動くことを決めたのだった。
そして有言実行した先輩は、きちんと成果を出してロイのところを訪ねてきた。
「そういや、この間の記憶にあった場所だが、どうにか証拠を揃えて踏み込んだ。情報通り違法ギルドだったぞ」
ロイの渡した情報の裏をしっかりととってから、法律を盾に例の商会に踏み込んだ結果、ギルドと同じ役割を果たしていることが確認された。
承認されたところではない事もあり、抜き取った記憶の管理はずさんで、記憶の糸の一部を紛失していようとも気付いていなかったらしい。
当然なくなったことに気付いていなかったのだから追手はこないし、本人さえ何も言わなければ、分からなかったのではないかという。
たまたま彼に戻った記憶が摘発対象の商会のところだったから発覚したけれど、そうでなければまだまだ、このような案件を受けていたのではないかと先輩は言った。
「まあ、そうでしょうね」
話を聞いても目新しい情報はない。
ロイがため息をつくと、申し訳なさそうにしながらも先輩はお礼の言葉を述べた。
「情報提供に感謝する」
「いいえ。引き続き、調査や摘発はそっちで進めてくれればと思います」
手柄が欲しくてしたことではない。
自分の渡した情報が彼の役に立つのならそれでいい。
しかし彼の素性や記憶のありかについては引き続き調べてほしいとロイが念を押すと、先輩は尽力するとうなずいてから、そこにあった記憶の糸の扱いに言及した。
「彼について、失踪人として届けが出ていれば身元もわかるかもしれないと思ったんだが、今のところは不明のままだ。あと、商会に残っている記憶の糸の中に彼の他の記憶もあればと思ったんだが、それは残念ながらなかったようだ。王宮魔術師の中に、記憶の糸を目視できる者が数名いたが、そもそも持ち主が分からないこともあって、本来よくないことは分かっているが、記憶の糸を開放して、糸が本人のところに戻ろうと発揮する力を利用して戻すことにした」
合法ギルドのような契約書があるわけではない。
そして調査報告にあった通り、証拠を残さないよう、裏のことについては即金で対応しているようだった。
「本人の申し出がない限り、こちらは対応できないが、記憶を奪われていたことを申し出てくる者がいたら、その者を被害者として保護し、商会を裁く際の証人とするつもりだ。もちろんその前に商会からの逮捕者にもろもろの背景を吐かせる予定ではあるんだが、それは騎士団が受け持っている。ストレスが溜まっているようだから、うっぷん晴らしに利用される気がしなくもないが、喋れなくなるようなことにはならないだろう」
ちょっと力加減を間違えて、骨の形が変わったりすることはあるかもしれない。
しかし過去、死なない程度に魔術師をいたぶってきた経験を持ち騎士もたくさん残っている。
彼らなら加減もよく知っているだろうし、嬉々としてやるかもしれない。
魔術師である自分たちがされてきた事を犯罪者であるとはいえ、他の人間が受けることになる。
彼らの処遇を口にしている過程で、過去の事が頭をよぎったせいか、先輩は話しながら表情を曇らせたのだった。