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記憶喪失の旅人(4)

どんな状況でも、とりあえず一番は彼の記憶の中から個人の情報を多く引き出し、身元を特定することだとロイは考えた。

もし事件性があるとしても、彼本人に関する情報があった方が調べやすい。

そのため、分からなければ無理に思い出そうとしなくていいと伝えながらも、ロイは質問を続けた。


「じゃあ、入店時の記憶もあるのですね。そのギルドにどうやって行ったのか」


どうやって行ったのか、その言葉に彼は首を傾げた。


「……言われてみれば、私はどうしたのでしょう?」


訪れたことは間違いないようだが、自分から行ったのか、連れて行かれたのか、どうして足を運ぶことになったのか、そのあたりについては全くわからないらしい。


「とりあえず、そのギルドのこと、覚えている限り話してもらってもよろしいでしょうか?」

「わかりました……」


ロイはロイクールとして王宮魔術師をしていた時代の記憶と、彼の会話に出てくるギルドの特徴を照合する。

もちろん彼の記憶は不鮮明なところも多いが、それでも覚えていると認識できているだけあって、特徴は掴めているようだ。

けれどその話を聞く限り、ロイの中で合法のギルドで該当するものが浮かばない。



おそらく語り尽くしたであろう彼に、ロイは申し訳なさそうに告げた。


「長く時間を取らせて悪いのですが、さっき話に出た店は違法店だと思われます。ですがそこに手がかりが残されているかもしれない」

「本当ですか?それではそこに行って話をすれば……」


ロイの説明に期待を持ったのか、目を見開いて彼は言う。

けれどおそらく彼が足を運べば今より状況は悪化するだろう。

そもそも彼にそういった荒事に対応する能力があれば、このようなことにはなっていないはずだ。


「違法ギルドだと言ったでしょう。あなたが店に行った記憶の糸がその店から見つかれば、間違いなくそういう店です。それにそういう店は、よほどのものでもない限り、長く証拠を手元に置くようなことはしないでしょう」


ロイがそう彼を諌めると、あからさまに彼は落ち込んだ様子を見せる。


「ではどうすれば……」


一瞬希望が見えたものの、振り出しに戻ったも同然だ。

彼が途方に暮れたようにそう言う。

もちろんロイも彼をこのまま見捨てるつもりはない。


「そうですね、今覚えている中ですぐ必要とならないような失ってもいい記憶、もちろん最後にはお返ししますが、少し預けていただければ、私の方でも探せるかもしれません。ご希望はございますか?」

「そう聞かれましても……」


ほとんど記憶がないのだ。

その中で預けてもいいものと言われても、どう答えていいかわからない。

しかも記憶を預けるという概念すらない彼からすれば何を言われているのか戸惑うばかりだ。


「ではそうですね……では本日の朝ごはんの記憶をお預かりしてもよろしいですか?」


ロイが例として提案すると、彼はキョトンとした目でロイを見ながらも、しっかりと答える。


「今日の朝食ですか?はい。特に変わったことはありませんでしたので、この先急いで思い出す必要もないかと……」


今日の朝食についてと言われ改めて考えると、確かにそのことについて誰かと話す予定はないし、何も特別なものはなかった。

もし宿で聞かれたら美味しかったと答えておけば問題ないし、味付けについて細かく聞かれたところで、記憶のある今でも答えられないのだから問題ないだろう。

彼が提案を受け入れると伝えると、ロイはうなずいた。


「ではそういたしましょう」



「あの、本当にその程度でわかるのでしょうか?何と言いますか、もっと大事な情報があれば」


他の記憶を探すのに、代償として差し出すのはこんなものでいいのか。

深刻な顔で彼はロイに問いかけた。


「記憶は本来であればすべてつながっているものです。そしてそれらは本来あるところに戻ろうとする。単純と思われるかもしれませんがそれだけです。ですから、重要な記憶を差し出したから、より多くの記憶を見つけられるということにはなりません。そして本来であれば、それはすべてあなたの中にあって、つながっていなければならないものなのです。ですから重要な部分だろうと負担にならない部分だろうと、結果は同じです」


記憶の糸は互いを求めて、正しくは本人の中に戻ろうとして引き合う。

本人につながった糸があれば本人の方へ、そして近くに糸があればそちらにも引き付けられる。

だからロイがその糸を預かり持ち歩き、糸の動きを観察することで、もしかしたら断片だけでも取り戻せるかもしれない。

ロイが記憶の糸の性質を説明すると、感心した様子で感嘆の声を殺すように息を吐いた。


「はぁ。そうなのですね。知りませんでした」


けれどそんなこと、彼のような一般人なら知らなくて当然だ。


「記憶の糸については昔通は目に見えないものです。それに忘却魔法は相手の記憶を操作するもの。だからこの魔法は禁術と言われますし、この国において記憶管理ギルドを運営するには国家の承認が必要なのです。非合法なギルドは見つかればギルドも使い手も処分の対象になります」

「そうですか。今いるここが、しっかり管理してくださる国でよかった」


ここまで詳細に説明をしてくれるのだ。

間違いなくここは合法、優良なギルドに違いない。

彼が良いところに巡り会えたと安堵していると、ロイは首を横に振った。


「ですが、その範囲はあくまでこの国内なので、他国にあなたの記憶が隠されてしまっている場合、ぞんざいに扱われている可能性もあります。それに合法店ならそのように大切に扱ってもらえますが、非合法店がどう扱うかまでわからないです」


ただひとつ、ロイにわかるのは、記憶を抜いても、管理されなければ本人の元に自然と戻ってくるはずなのに、そうなっていないのだから、誰かが彼の記憶を何らかの形で、彼のところに戻らないよう管理している人間がいるといことだ。

つまり彼は何らかのトラブルに巻き込まれてこの状態になっている、そう判断せざるを得ない。


「とりあえず宿は決まっているのでしたね。おそらく気を張っていらっしゃるから今は大丈夫でしょうが、気を抜いたら一気に疲れが出る可能性があります。先ほど確認した記憶をお預かりするのは本日でなくても構いませんが」


ロイが彼にそう伝えると、彼は首を横に振る。


「いえ、今でお願いします。もしもの時、少しでも安全な管理下に自分の記憶を残しておける方が、後々こちらも困らずに済むと思うのです」


先程の記憶の糸の性質を聞いて、彼はロイに記憶を預けておきたいという。

おそらくこの先、自分の記憶がさらに抜き取られるようなことがあったとしても、ロイに探してもらえる可能性があると、そう考えているのだろう。

それはロイも同じだった。


「確かにそうですね。わかりました。責任をもってお預かりいたします。申し訳ありませんがもう一度横になっていただいても?」

「もちろんです」


ロイが言うと、彼は返事をしながらソファーに自ら体を横たえようと動く。


「先にこちらに血判をいただいてから始めたいと思います」


動きから彼が何をしようとしているのか察したロイが、先に契約書への血判を求めると、彼も先程の契約書には預けるという文言がなかったことに思い至ったらしく、慌てて姿勢を正す。


「わかりました。よろしくお願いいたします」


そう言って座り直した彼は、ロイが用意した魔法契約の書類を確認し、再び血判を押したのだった。

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