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記憶喪失の旅人(3)

「それでは確認を始めます。そんなに時間はかからないと思いますが、退屈なら本を読もうが寝ようが構いません……」


魔法契約を成立させたロイがそう言うと、彼は少しでも自分の記憶の手がかりがほしいと首を横に振った。


「いえ、このままで」


そんなに時間がかからないと伝えたけれど、その時間がどの程度なのか分かるのはロイだけだ。

ただ、できるだけ自分のされたことを認識しておきたいのか、彼は意識を保ったまま確認してもらうことを希望した。


「わかりました。ではこちらを飲んで、横になっていてください。こちらが確認している間、受けている方は少しぼんやりするそうなので、倒れては危険です。眠ってしまわなければ意識は残っているはずです」


そう言ってロイは精神を落ち着けるお茶を出す。


「わかりました」


ここまで丁寧に説明をし、契約書まで確認させてくれた。

そしてその契約書に自分が不利になるようなことはしないし、人権も尊重すると明記されていた。

こちらがお願いしている立場であるにもかかわらず、随分と丁寧な対応だと彼はロイに根幹を持っていた。

そんなロイの言葉を信じて、彼は出されたお茶を飲むと、そのまま自分の座っていた応接室のソファーに体を横たえたのだった。



彼が横になって落ち着きを見せると、ロイは始めることを告げて記憶の糸を引き出した。

そしてその糸のあちらこちらに不自然な継ぎ目があるのを確認する。


「記憶の糸が外に出た形跡がある。しかも何度もか……。術をかけたまま少し離れますが、ここにいてください。部屋は施錠しますので安全ですから、くれぐれも動かないように」

「あ、はい……」


意識がもうろうとしているはずの彼を安心させるようにそう言うと、ロイは管理室へと移動した。

規則的な音に変化はない。

そして応接室側に引っ張られる糸もなさそうだ。


「念のために見に来たけど、やっぱり管理室と引き合っている糸はなさそうだな……」


もしかしたら短い糸が、少ないながらも彼の記憶の一部かもしれないものがあるかもしれない。

そう少し期待したけれど、どうやら自分の最初の見立ては正しかったらしい。

それが分かると、ロイはすぐ、管理室を出て応接室に戻った。



彼の体の中から引き出された糸は、ゆるゆると一つの方角に向けてなびくように移動しようとしていた。

記憶の糸については、近くにあればそれだけ強く引き寄せられるはずなので、遠い場所にあることは間違いない。

長く引き出して確認するまでもない動きだ。

引き寄せあうとはいえ、記憶の糸そのものも所在が明確にわからない、そのくらい遠方だからふわふわと動いているのだ。

つまりこのギルド内にはない。

ただ、あちらこちらに散らばっている可能性が高いにもかかわらず一つの方角に向かうということは、その方角に集中しているという 証拠でもある。

だからといって、あっちの方向にあるので言ってみてくださいと伝え放り出すわけにはいかない。 記憶は抜かれていても意識も考えもしっかりしているので、本人に伝え、相談に乗るのがいいだろう。 ロイは一度引き出した糸を少しだけ切り取って手元に残し、残りを彼の中に戻す。 そして彼の意識がはっきりするのを待つのだった。



「お待たせしました」


応接室に戻り、その動きを確認したロイクールはその糸を切ることなく全て戻してから彼に声をかけた。


「あの、どうでしたか?」


まだお茶の効果もあっても売ろうとしているはずなのに、彼はわりとしっかりとそう聞いてきた。


「起き上がるのであればゆっくりお願いします。落ち着くまでそのままでも構いません。それで結果は残念ですが、このギルドであなたの記憶は預かっていないようです」

「そうですか……」


ロイが結果を伝えると、もう慣れてしまったのか、半ば諦めているのか分からない返事が返ってくる。


「ところで他のギルドには行ったのですか?」


もしかしたらまだここが最初かもしれない。

念のため確認すると、それもまた、聞き覚えのある質問だったのか、彼は苦笑いを浮かべながら答えた。


「はい。そしたらそのギルドではないけれど、誰かに記憶を抜かれた形跡があると言われました。ですが誰かが私の記憶を引き止めていなければ戻るはずのものだと……」

「その通りですね」


確かに一時的に奪われただけならば、記憶は本人の元に吸い寄せられて戻ってくる。

でも実際は切り取られた記憶が戻っていない。

つまり誰かが故意に彼の記憶を抜き取って戻さないようにしているとしか考えられないのだ。


「ではやはり、私はこうしてギルドを回って旅を続けなければいけないのですね……」


記憶がないのに加えて、それがどこにあるのか分からないのだから、最終的にはそうなってしまう。

そして先ほどの言葉から、彼は他のギルドにも立ち寄ったと言っていた。

このような人が来た場合、少なくとも国から承認が下りているギルドに彼が同じ相談を持ち込んだのなら、全体に共有がなされているはずだ、

彼の話を聞く限り、これは各ギルドに通達を行って情報共有されるレベルの案件だ。

少なくともロイならばそうするし、実際彼がギルドを出た後でそうするつもりだった。

この様子だと彼が事件に巻き込まれている可能性が高い。


「いえ待ってください。もし覚えていたらで構わないのですが、前のギルドは何という名前でしょう?すでに記憶を失くした後に照会をしたことがあるのに、契約書を交わしていないのはおかしいです」


とりあえずなんとなく口にした事を辿るようにロイがそう尋ねると、彼は首を傾げた。

思い出そうとしてもうまく思いだせないらしい。


「えっと……どうだったでしょう……すみません。記憶が曖昧で……」


少なくとも魔法契約については記憶になかった。

でもここではないどこかの記憶管理ギルドで同じような事を言われたり、ここにはないという言葉を聞かされたりした事を何となく覚えていると彼は言う。


「店を出たのは覚えているということですか?」

「はい。説明されて、残念ですがと言われてそこを出ましたので……」


そう口にしているけれど、それが本当に正しい情報なのか分からないと彼は最後に付け加えた。

何せ前後の記憶がなかったり、どうしてそこに行ったのか、という流れについては全く覚えていないのだ。

ただ部分的にこんなことがあった、こういう場所に行った、そんなものが断片として頭の中に残っているだけなのでと断りを入れた。

先ほど記憶を見たロイも、なぜそのように彼の記憶が扱われなければならないのかと、不思議に思いながらも、この状況に事件性を感じずにはいられないのだった。


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