戦渦を生きた大魔術師と退役軍人たちの追憶(2)
今、同盟国となっている某国とこの国は過去、何年にも渡り戦争をしていた。
戦争は両国の多くの命を奪い、やがて消耗戦に突入。
そこに自然災害が襲った。
結局、戦いで決着したわけではなく、災害により両国とも戦よりも国の立て直しを余儀なくされ、とりあえず同盟を組んで、終結したことにしようということになった。
この時に魔法契約で同盟を結んだことにより、どちらの国も契約を反故にできなくなった。
結果、今も同盟国のままなのだ。
この魔法契約、両国の王は形式だけのつもりであった。
調印式は公開され、皆の前で握手が交わされるというパフォーマンスのつもりだったのだ。
ところが、その契約を魔法契約にして、同盟を実現したのが、かの大魔術師である。
二人を騙し契約を結ばせることで、末永く戦争ができないよう仕組んだのだ。
後からその事実を知らされた二国の王は、かの大魔術師に契約解除するよう訴えたが、彼がそれに応えることはなかった。
そんな彼が次に行ったのが、戦場にいた人たちの心の傷を癒やすことだ。
最初はカウンセリングのできる人が彼らの心に寄り添って話を聞いていくという方法がとられた。
しかしこれが思うように進まない。
それどころか、思っていたよりも内容が重く、その場にいなかった人ではとても受け入れることも癒すこともできないような状態で、時には聞いている方が精神を病んでしまうようなこともあった。
多くの者が人を殺め、傷つけられ、体の一部、家族を失い、ボロボロの状態で、手の施しようのない者も少なくない。
しかも重症者の多くは戦争で武勲を得る働きをした者たちである。
戦の間は英雄でも、戦が終わった平和な世界においてはただの人殺しであり、破壊者だ。
結局、その現実を受け止めきれず、うなされ続ける彼らに、彼は忘却魔法を施した。
戦争のすべてではなく、殺戮の部分、仲間の死など、彼らの中で一番深い傷となっているところを確認して消し、罪悪感を減らすことにしたのだ。
こうすることで、彼らは時間と共に他の心の傷を自分で消化できるまでに回復した。
そしてようやく日常に溶け込むことができるようになったのだ。
愛を育み、家庭を築き、戦争の終わったこの国で、幸せに暮らす。
深い傷の記憶から解放された彼らはそうして何十年も過ごしてきた。
ところが数日前、そんな彼らの元に、かの大魔術師の孫を名乗る者から手紙が届いたのだという。
その手紙の内容を要約すると大きく二つ。
一つは忘却魔法を使った大魔術師が空に旅立ったこと。
もう一つは、その時預かった記憶がロイに預けられていることだった。
大魔術師がいなくなってからはかなりの年月が過ぎている。
そして大半の関係者がその事実を知っているのでおそらくその件についてはすぐに受け入れられただろう。
だが、問題は預けられた記憶のことである。
彼らは記憶を預けたことをあまり鮮明には覚えていなかった。
現実を受け止めきれず、生きる気力を失くしていた時の記憶は、抜く抜かないに関係なく、そもそも彼らの中にあまり残っていない。
だが、苦しみの続く中で治療を続けて、回復したから今の生活を送ることができているということは理解しているし、その時に、かの大魔術師にお世話になったということもぼんやりと覚えている。
大魔術師にお世話になった記憶だけは残っていても、忘却魔法で記憶を失っていることを忘れていた彼らは、とりあえず失った記憶の手がかりを求めてロイの元を訪ねてきた。
どのような重たい記憶を失ったのかは何となく察することができる。
彼らはそれだけの年を重ね、失っていない戦争の記憶と向き合ってきたのだ。
ちなみに手紙には、かの大魔術師の孫が連絡できる限りの人に送られているらしく、もし同じように治療を受けたり、深い傷を負ったりした人で、手紙を受け取っていない人がいたら連絡をしてほしいということも書き添えられているのだという。
手紙を受け取ったすべての人が、記憶を戻したいと考えるかはわからないが、少なくともギルドで同じように手紙を受け取った人が鉢合わせするくらいの規模である。
この先も同じような人がたくさん訪れることが想定された。
ロイが師匠である大魔術師から預かった記憶の糸の数、それが同じ要件で訪ねてくるだろう最大人数だ。
実はロイは師匠からかなりの数の記憶の糸を預かって管理している。
ロイが戦争の際に軍人たちの記憶を一部抜いたと聞かされた時、すでに師匠は自分の生命の短さを悟っていた。
だから自分に何かある前に管理権限を譲渡したいと、その時の惨状の話と共に、たくさんの記憶の糸を託された。
その後すぐに、師匠もとい大魔術師がこの世を去ったのだ。
最初に受付を行い自分の元に通された数人から話を聞いたロイは、次の日から退役軍人とその関係者だけ別に対応しようと決めた。
まず受付を行い、訪ねてきた者がその対象であった場合、広い会議室に待機してもらう。
その日に受付できなかった人数に加え、翌日からもそういう人がたくさん来ることを考えると、一日に全員の記憶の返却を受け付けることは困難だが、できるだけ多くの人の対応をしなければならない。
本来であれば一人ずつ対応するのだが、事情を知っている人同士、同じ記憶を持つ同士ということなので、本人たちの了解を得て、同じ部屋で同時に記憶の返却を行うことにした。
一人一人欠けている部分は違っても、元をたどれば同じ戦禍の記憶だし、知り合い同士であれば、あれだけ昔話で盛り上がっている人たちなのだから、お互いを支え合ってくれるだろう。
正直ロイでは表面的な慰めの言葉しか言えないし、彼らを本当に理解することはできない。
同じ戦場に立っていた者同士の方が理解し合えるはずだ。
それにロイには長時間彼らの話を聞いてケアをしている余裕はない。
そうしなければ追いつかない人数が、このギルドに集まってしまうことが想定されるのだ。
それでも間に合わない人は後日となる。
そもそも彼らは第三者からの手紙を持っているだけで、予約もせずに突然押し掛けてきているのだから、当日に返却できない人に関しては諦めてもらうしかない。
記憶の糸の選別ができるのは、このギルドではロイしかいないし、ロイは一人しかいないのだ。