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最期の会話と失われた言葉(5)

先輩の言う準備は、ロイが尋ねて行くという連絡を何だかの形で伝える事も含まれていたようだ。

馬車が到着すると、奥様と思しき女性と、多くの使用人の出迎えを受けた。

その中から品のある女性の一人が前に一歩出てきてロイに声をかける。


「お忙しい中、我が家の事情のためご足労いただきましてありがとうございます。主人からはとても優秀な魔術師でいらっしゃると聞いております。とてもお世話になったと。こんな形ではございますが、お会いできて光栄ですわ」


挨拶を聞く限り、現在の女主人である先輩の妻のようだ。


「このようなお出迎えを受けるとは思いませんでした。ご丁寧に恐縮です」


使用人たちの出迎えを受けた時からもしかしたらとは思っていたロイは躊躇う事もなくその女性に頭を下げた。


「突然の依頼にもかかわらず、ご配慮いただいたと連絡がきたもので、至らない所もあるかもしれません。とりあえずこのような場所で立ち話というのも良くはございませんわね。どうぞお入りくださいませ」


女性は堂々とした佇まいでそう言うと、中に入るよう促す。


「失礼いたします」


ロイは少し後ろからそのやり取りを見ていた先輩を見て、彼が首を小さく縦に振った事を確認すると女性の後に続いた。

そんなロイの後ろを先輩が少し距離をとってついてくる。

この家の主は先輩であるけれど、主導権は妻であると身をもって示しているようだ。

ロイが彼の大魔術師と、過去にいくつか訪ねた事のある貴族の家でも、絶対的権力を持つのは主であっても、采配をするのは女主人の役目としっかり分けているところがあった。

この家はきっとそういう家ということだろう。

平民であるロイからすれば正直どちらでも構わない。

もし高位貴族の婚約者のままであったのなら対応に困ったかもしれないが、今の立場なら性別問わず貴族というだけで敬っておけば済んでしまう。

そんな生活が長かったこともあり、ロイは多くの使用人を不用意に苛立たせることのない、無難な対応でその場を乗り切ったのだった。



「こちらにお願いいたします」


先導された女性に案内された部屋は、そこだけ時間がきりとられたかのように穏やかな空気だった。

薄手のカーテンから入る木漏れ日のような光の当たる場所にあるベッド、そこに彼女の母親と思しき女性が横になっている。


「お母さん。先生がお見えになりましたからお通ししますね」


ドアの近くで女主人はそう大きめの声で呼びかけてからロイ達を中に誘導する。


「先生ですか」


別にロイは医者ではない。

先輩に魔法を教えたことはあるけれど、イザークにしたほどの事はしていないし、ましてや横たわる女性に先生と紹介されるような立場ではない。

ロイが思わず聞き返すと、女性は小さな声で言った。


「そういうことにしておいてもらえませんか?」


そうでなければ、知らぬ男が寝室に入って自分の近くに寄ってくるなど、女性からすれば恐怖でしかない。

ましてや女性の方は動くことすらできない状況なのだ。

先輩が女性の言葉に加えてそうロイに耳打ちすると、ロイも納得する。

それにその話をここで膨らませても仕方がない。

今やるべきことは目の前の女性に、ロイが魔法を行使していいかどうか確認し、その許可を得ることだ。


「わかりました。では側に寄っても?」


女性の意思確認をするために必要だとロイが言うと女主人はうなずいた。


「もちろんです」


中に残ったのは先輩夫婦と年嵩の侍女らしき女性のみ、後の者は外に出され、部屋のドアは閉められた。

これから行うことを知られるのはよくないと先輩は口にしていたが、それに対する配慮ということだろう。

とりあえず了承を得たロイは、先輩の希望を叶えるため、寝かされた女性の側へと歩み寄るのだった。




ベッドの上に寝かされ、その上からかけられた布のおかげもあって、遠目には穏やかに眠っているように見えるが、近付いて見れば彼女が弱っているのが見ただけで分かる。

閉ざされた目は少し窪んできていて、顔もこけてきているようだ。

おそらく目の前の布をどければ、体も骨と皮のようになっていることだろう。

確かにこの様子ではもう長くはない。

誰もがそう感じるに違いない。

実際、ロイもその命が残りわずかであると察した。

ただそれは、食べられなくなってしまったから、病気でどこかが悪いからというより、寿命のようなものではないかと感じるものがあった。

寿命であるなら、治癒魔法で改善されることはない。

悪いところがないのだから治すことができないのだ。


「今日はあなたの言葉を皆が聞きたがっているので、それを伝える許可をいただくためにまいりました」


すると女性は、はぁ、と先ほどより強く息を吐いた。

おそらくそれが返事の限界なのだろう。

近くにいなければ分からない、わずかな変化だ。


「お嬢様、奥様でしょうか、あなたにたくさん謝罪をしたと伺いました。あなたもそんな彼女にお伝えしたいことがあると思います。それを私に、あなたの記憶から思いを読み取って代弁してほしいと、彼らはそれを望んで私をここに呼びました」


そこまで説明すると、また女性は強く息を吐いた。

自分の口で伝えられないのなら、人づてにでも伝えてもらいないということだろうか。

それも確認しなければならない。


「もしそれをお許しいただけるのなら、私をその代弁者として了承していただきたいのです」


ロイがそう言うと、彼女の口元が少しほころんだ。

どうやら力がないだけで、自分の意思で動かすことはできるらしい。

それならばできることはある。

もうそれすらできないのなら、記憶の糸を探るしかない。

けれど小さくでも動かせるのなら、別の手段が使える。

もしこれからする提案の方を彼女が選んでくれたのなら、それが最善だとロイは考えている。

ただ大きなデメリットがそこにはあるのだ。


「ですが……、本人が力を振り絞って言葉で伝えたいと思っていることを、私の口から代弁するのがよいとは思えません。ですから、あなたがご自身の言葉で伝えられるよう、私にサポートさせてもらえませんか?少し、いえ、かなり疲れるかもしれません。覚悟をしていただく必要もあるでしょう」


ロイの呼びかけにうっすらと返事をし、弱々しい力でロイの手を握り返した。

その反応ではっきりした。

彼女の場合は、弱っているが故に動かすための力が足りなかったり、周囲に見えない程度にしか動かせていないだけだ。


「わかりました。では、失礼します」


それを了承の反応と認めたロイは、握り返された手を両手で包み、その手を通して魔法を彼女の中に流しこむのだった。

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