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最期の会話と失われた言葉(4)

「まず、あなたの言うことを魔法で行う、それは可能です」

「よかった」


想像通りだったと彼は安堵してそう言った。

自分は忘却魔法を遣うことはできないけれど、認識が正しかったということだ。

あとはこの依頼をロイに受け入れてもらうだけだ。

条件は多少難しい事でも飲むつもりで来ている。

彼が前向きに次の言葉を考えていると、ロイは小さく息をついた。


「ですが、依頼主が本人ではないため、お受けできません」


忘却魔法の使用者が本人の記憶を興味本位で見たりすることがないよう、それを禁止事項として定めている。

だから国の公認ギルドでは、本人と必ず魔法契約を結んでから記憶の糸に触れる。

その魔法契約が、ギルドの管理人が身を守るために必要なのだが、その契約魔法を本人以外と交わしても意味がない。

それが親族であっても、その親族が悪用しないとも限らないため、あくまで本人の許可が必要となる。

例えその対象が意識のない人間でもだ。


「依頼をするのが代理ではダメということですか」


言われて法律を思いだしたのか、低く唸ってから彼がそれを口にすると、ロイはその通りだとうなずいた。


「その通りです。最低でも、本人への意思確認が必須となります。それ以降、お支払いや準備は他の方でもかまいません。ですが記憶を操作される本人の確認だけは、ご本人にさせていただかなければなりません」


ロイの説明を聞けば、間違いも理不尽も何もない。

自分が過去助けられなかったからなど私情を挟んでの拒否ではなかった。

むしろ自分の配慮不足で時間を取らせて、説明させることになってしまったことの方が申し訳ないくらいだ。

方法の認識は間違っていなかったけれど、本人も第三者にそこまでされたいものではないかもしれない。

それが伝えられるのなら、確認したいことだって受け答えできているはずなのだ。

それに、仮にここで無理に頼んでロイが引き受けてくれたとしても、それではロイに法律を犯すよう強要することになる可能性もあるし、自分としては恩をあだで返すようなものだ。

そんなことはしたくない。


「わかった。本人が体力的に移動困難なのでこうして私が来たんだが、そもそも無理を承知で尋ねたんだ。こうして話をするのも拒否されるかもしれないってさ。でも話も聞いてもらったし、理由はまっとうなものだ。私は恩を仇で返すつもりはない。時間を取らせて悪かった」


先輩はそう言うと立ち上がった。

ロイはそれを慌てて自分も立ち上がる。


「先輩、お義母さまを確認のために私がうかがうことはお許しいただけるのでしょうか?」


ここに本人はいない。

だから答えは受けられないとなる。

でも本人を目の前に、もし仮に本人がその一瞬だけでもロイに忘却魔法の使用許可を出してくれたのなら、引き受けられる可能性がある。

それに本人を見れば、もしかしたら治癒魔法や忘却魔法以外の方法を思いつくかもしれない。

ロイは先輩の言葉にひっかかっている部分があったのだ。


「ロイクールさん、あ、いえ、ロイさんがうちに来てくださるのですか?」


確かに本人のいない所で話が進まないと分かった以上、本人のいるところに移動するのがいいだろう。

呼び付けるのは申し訳ないと思っていたし、出張してもらえるとは思っていなかったので、想定外の嬉しい申し出だ。

思わず食らいつくと、ロイは彼の言葉を肯定する。


「ご依頼とあれば伺います。費用はかかりますし、それでもご意思を確認できずお引き受けできない可能性もあります。それでもよろしければですが……」


普段は出張などしていない。

基本的には記憶の糸を預かったら、外で持ち歩くこともせず、すぐに管理室で保管するのが安全なので、記憶を預ける人にギルドに足を運んでもらっている。

ただ、今回の場合記憶の糸を預かるわけではない、その過程で行う記憶の人の引き出しと確認だけなのだ。

それをしたら糸を切り取る事もなく元に戻すのだから、大きな問題はないはずだ。


「それは構いません。義母がいつまでもつかわからない。できることはしておきたいんだ。これ以上の後悔をしないよう」


すでに喧嘩をして仲直りをできないことが後悔としてしこりとなっている。

できれば取り除くことができれば理想だけど、それを小さくするために、こうしてできることをしたと、一つ手も多くを試したい。

それが無駄でも構わないのだ。

先輩がロイに来てほしいと頭を下げると、ロイはギルドの仕事を調整するから数分の時間がほしいという。


「わかりました。今から行けるか確認してきます。予約はないので、受付に急な依頼がなければすぐに出られます。ですからここでお待ちください」


ロイクールが応接室の椅子を勧めると、彼はそれを断った。


「いえ、私は受付のところで待たせていただきます。ここは応接室でしょうし、私がいては邪魔になってしまうでしょう。それに私もその間に迎えの馬車を呼んで準備いたします。狭い思いをさせてしまいますが、ぜひ同乗してください。歓迎いたします」


確かに貴族なので歩いてきたわけではない。

自分の帰りの足があるのは当然だ。

それに馬車も店の前に泊めていない所を見ると、きっとどこか別の場所に待機させているのだろう。


「では、受付で」

「はい」


そうして応接室を出たロイは受付に外出の旨を伝え、先輩は受付にいた、御者らしき人に声をかけて準備の指示をすると本人はその椅子に座った。

そうして再び外に出た御者らしき人が戻って、準備が整ったことが伝わると、先輩はロイに声をかけた。

そしてロイと二人ギルドを出る。

ロイの後にギルドを出た先輩は、それとなく振り返って受付の方に頭を下げると、すぐに正面に向き直り、ギルドのすぐそばに留められた馬車へとロイを誘導するのだった。



先輩本人が最初から乗ってきたものが大きいものだったのか、それともこうなることも考えて準備してきたものなのかそれは分からない。

準備を終えたロイは、先輩からギルドの前に止められた馬車に乗るよう促された。


「私が尋ねていくことを想定していたのですか?」


その準備の良さに思わずロイがそう尋ねると、先輩は苦笑いを浮かべながら首を横に振った。


「いや偶然だな。それにもしロイさんにお越しいただくことが事前に分かっていたのなら、もっときちんとした馬車を用意したよ。さあ、乗ってくれ」


目の前の馬車は充分立派だ。

でも彼はロイを乗せるには不十分だという。

平民育ちのロイからすれば荷馬車でも楽ができてありがたいと思うくらいなので、こんなきちんとした馬車は気後れする。

けれどこれは先輩の厚意でもあるので、素直に受け取ることにする。


「では、失礼します」


先輩は客人であるロイを先に馬車に乗せると自分は後から乗り込んだ。

そして御者に出発するよう合図を送る。

すると馬車はカタンと動きだしに大きな音を立てると、それ以降は特に揺れもなく走った。



王宮魔術師時代、親しいと思っていた先輩ではあるけれど、家に行くほどの仲ではなかったし、寮が生活の中心であったため、あえて尋ねて行く必要もなかった。

本人が上位の貴族ではないと口にしていたように記憶しているけれど、今乗せられている馬車のことを思えば、立派な貴族であることは想像に難くない。

それにしてもこんな形で彼の実家を訪ねることになるとは思わなかった。

ロイは移動の短い時間、そんなことを考えていたのだった。

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