戦渦を生きた大魔術師と退役軍人たちの追憶(1)
いつにも増して高齢の人たちで記憶管理ギルドはごった返していた。
ここは酒場ではないのだが、再会を喜び合う人々でにぎわっている。
確認してみると、ほどんとの人は予約をしていない人である。
「お前……元気にしてたか!」
「そっちこそ!」
「今日はもしかして」
「ああ、そっちにも行ったのか」
同日に同じような経験を持つ人々がたくさんこの管理ギルドにやってきている。
来る人が多く手いっぱいで、まだ受付すらできていない人たちも多い。
だから事情は良くわからないままだが、受け付けた人もそうでない人もなぜか固まって話を始めているのだから、きっと同じ要件なのだろうということがうかがえる。
だが、同じ要件の人とそうでない人を仕分けする余裕はなく、受付では一人でも多くの人を捌かなければならない状況になっていた。
しかも彼らは話に夢中になっているためか、受付から呼ばれてもなかなかこちらに来てはくれない。
だから受付の従業員たちはその人の近くまで行って、話しているところに割り込んでは、一人ずつ受付カウンターに案内している。
本来ならば呼ぶだけでいいところなのに、わざわざ席を立って呼びに行くことになるのだから、手間も増えているのだ。
「あの……」
「ああ、悪い悪い、知り合いがいたもんで盛り上がってしまった。それで今日は記憶を引き取りに来たんだ」
「では、こちらでご案内します」
「じゃあ、後でな!」
そんな挨拶を済ませると、彼らは話を終えて移動をしてくれる。
彼らの移動が完了して、ようやく受付本来の仕事である。
「あの、記憶の返却ということですが、記憶を抜いた覚えはございますか?それか何か証明するものはございますか?」
訪ねてきた人にそう聞くと、彼は持参していた手紙を受付に見せた。
「俺は良く覚えていないんだがな、何でもここに俺の辛い戦争の記憶が預けられているって連絡が来て、それでまぁ、この手紙を頼りにここまで来てみた感じで、本当にあるのかは良くわかんねぇんえだよ。ただ、まぁ、そういうものがあると、分かっちまった以上、そのままってのも気持ちが悪いんで、どんなもんかと思ってな」
受付は手紙の内容を確認して必要なことを書き写すと、その手紙を彼に返した。
「これ、ありがとうございます。では、その記憶がここに預けられているかどうか確認することが必要になりますので、確認のための契約が必要になりますが……」
「確認のための契約って何だ?」
新しい契約をするという言葉に彼は疑問を持ったらしく受付に尋ねる。
受付は淡々と内容の説明を行う。
本来であれば了承されたらすぐに契約書にサインをすることになるので、この確認はロイの仕事である。
だが、ロイはすでに同じような人たちの記憶の返却に忙しく、とても確認まで手が回らない状態だった。
だからもし、契約書にサインをしたくないという人がいるようなら、受付せずに引き取ってもらうようにとロイが頼んだのだ。
「詳細は契約書に書かれていますが、簡単に申しますと、お預かりしている記憶の糸があなたのものかを確認するために、記憶の一部の内容を確認することを了承してもらうものです。あとは記憶返却後に返却確認のサインをいただくことになります。こちらの契約は管理人との契約になりますが、ご了承いただけなければこちらでお預かりしているかどうか確認できないので、お引き取りいただくことになります」
受付から説明された彼は、納得したと言わんばかりにうなずいた。
「そりゃあ大事なことだな。違う人間の記憶を入れるわけにはいかんもんなぁ。そういうことなら問題ない。構わん」
記憶の糸を見ることのできない彼らは、その糸が本人と引き合っているため他の人のところに誤って入っていくことがないということは知らない。
そして受付の従業員もそれは知らない。
この契約は本人であることを確認するためではなく、ロイが返却時に記憶の糸に触れた時、記憶が見えてしまうため、勝手に記憶をのぞかれたと問題にならないようにするために結んでいるのだが、そのことは契約書には書いていない。
あくまで返却時に記憶の内容を確認させていただくのでご了承くださいとなっているのである。
もちろん、問題のありそうな人の記憶であれば詳細を探ることもあるのだが、そもそもすでに預かっている記憶は正しい手順を踏んで預かっているのだから問題のある記憶などないというのが前提である。
そして他人から預かった分、とくに古いものに関しては、確認してから返すことはもちろんある。
だから返却のために必要というのは事実なので、嘘ではない。
単に契約書を統一するため、色々な内容を網羅するために、そういう文章にしているだけである。
受付が契約書の説明をしても、大半の人はそれに同意し待つことを選択した。
彼らにとって同士のたくさんいるこの場所で昔話に花を咲かせていれば、時間などあっという間に過ぎるということだろう。
途中であまりの人数の多さに今日はもう受付ができない、受付をしても本日中に対応できない可能性が高いと告げるようにしたのだが、それでも帰る人は少なかった。
受付を済ませた人もそうでない人も、先に来ている人の中に混ざって話を始めてしまうのだ。
その盛り上がりと騒がしさにイライラしながらも、優秀な従業員たちはその日一日を何とかか乗り切ろうと懸命に頑張るのだった。
一方のロイもかなり疲弊していた。
管理室との往復もそうだが、一日に多くの人の記憶に触れるのはかなりきつい。
自分の中に流れ込んでくる、他人の記憶。
しかも今回来ている人たちの記憶の大半が、戦争で苦しみ、その時一番苦しかった記憶なのだ。
ロイはその記憶のことを知っていた。
だから確認などせず、本人には苦しい記憶ですが本当に戻しますかとだけ確認して、契約書にサインをもらったらすぐに返却をすることにしていた。
そうやって、できる限り流れ作業にしても追いつかないし、戻す時に流れ込んでくる彼らの記憶はロイをどんどん追い込んでいった。
幸い、受付を途中で締め切ってくれていたおかげでどうにか最後まで持ちこたえることができたが、一日中、この作業を続けるのはさすがに苦痛である。
そして明日以降、しばらくこの作業が続くことは容易に予測できた。
そのため、ロイはギルドを閉店してから従業員を集めて、明日以降の対応について説明をするのだった。