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他国に売られた婚約者(21)

二人を見送って客室に一人残されたロイクールは考えていた。

ミレニアの記憶を合法かつ安全に守りたいと。

現状ならば自分が預かるだけで、大きな問題はない。

管理の仕方は分かっている。

しかしすでに記憶管理ギルドに関する方が国として制定されてしまっている。

管理者として登録する事もなく記憶の糸を持っていれば、それが違法行為となってしまうのだ。

見つからなければ問題にはならないし、今回の件の非は王族にあり、これは国のためなのだからこの事でロイクールが裁かれる可能性は少ないし、特例として許されるはずだ。

しかし自分の身だって常に安全とは限らない。

それならばきちんと管理された方がいい。

そして一つの結論に達したのだ。

自身で記憶管理ギルドを立ち上げればいいと。

どうせこの国から出してはもらえないのだ。

それならギルドを作ってそこに腰を据えてしまってもいいし、いずれ出て行くのなら、それもまた、

この時、ミレニアの記憶の糸を大事に束ねながら、ロイクールは預かった彼女の記憶と生涯を共にすることを決めたのだった。



婚約者であったミレニアの記憶を預かった翌日。

ミレニアは予定通り、何事もなかったかのように他国へと嫁いでいった。

相手はミレニアに最愛の婚約者がいた事を知らされていなかったようで、王族同士、そして見送りに来ていたミレニアの家族の挨拶を済ませると、彼女を連れてあっさりとこの国を後にした。

彼らの中には、あの王女が来るよりはるかに良いと、そればかりが頭にあって、ミレニアやその周囲の人間の事は頭になかった。

何より皇太子があっさりと承諾したこともあり、話が順調に進んでしまったものだから、問題ないと判断してしまったのだ。

最後、外まで見送りに来た王族や家族に向かって、堂々と、貴族の役目を全うしてきますと挨拶をして、迎えに来た相手国の馬車に乗り込んだミレニアを受け入れて、彼らは出発していった。

見送ることのできないロイクールは、出発の当日、ミレニアの記憶の糸を握って、その糸の先が彼女の行く先に戻ろうとする作用を利用して、彼女のいるであろう方角にあるものを思い浮かべた。

この国を師匠と旅して回っていたロイクールだからこそ、見えていなくてもその行動を察することができたのだ。

それを見る限り、馬車は迂回する様子もなく、順調に国境に向けて進んでいるようだとわかる。

そうして最初はもう離れてしまったミレニアを思いながら、糸を遊ばせていたロイクールだったが、彼女の記憶を傷つけるようなことがあってはいけないと、丁寧に束ねてから、それを大事にしまった。

皮肉にもミレニアの記憶の糸が、ロイクール自身が引き出し、戻す予定なく長く管理することになる最初のものになるのだった。



彼女を迎えられるなら、王女じゃなくても同盟を継続する、それがあの時の条件だった。

使用人を差し出すだけで、王女を手放さなくてよくなった王家は、その条件を飲んだ。

本人が不本意なまま。

魔法契約に縛られた彼女はそれを拒否することを許されなかった。

だから受け入れざるを得なかったのだ。

出発前夜、彼女はこのまま別れるのは辛い、耐えられそうにないと、自分の中にあるロイクールの記憶を消してくれと頼みにきた。

そして忘却魔法で記憶を失った彼女は、何事もなかったかのように嫁いでいった。

王命で彼女は他国に引き渡されたのだ。

手元に残されたのは彼女の、ロイクールとの記憶の全てだけだった。



ロイクールはそれをきっかけにして辞職、国外に出るつもりだったが、彼女の記憶を生涯管理するならと思い直し、国内でギルドを立ち上げて、自分に何かあった際、管理を引き継げる方が良いと判断しギルドの設立を決意した。

ギルドで彼女の記憶を管理していれば、自分が能力を失くしたり、彼女より先に命を落としたりしても、ギルドの後任がすべての記憶を適切に管理してくれるので、彼女の幸せな生活が壊れることはないのだ。

ただ、ロイクールは忘却魔法の使い手でありながら、この能力を好ましく思っていない。

それに、彼女が自分を忘れても、彼女との幸せな日々は間違いなくそこにあったのだ。

失いたくはない。

だからロイクールは自分の記憶を残し、彼女の記憶と共に生きると決めたのだ。



娘を差し出した彼女の家族はそれでさらに潤った。

元々金に困るような貴族ではなかったしそれなりの地位も実力もあったが、この一件で、この先も国内での地位も金銭も保障されたようなものだった。

けれどロイクールには何も残らなかった。

あの時、すべてを奪われたのだ。

人生のすべてを捧げるはずの愛すべき女性を。

本来ならば家族となる人たちを。

ただ現在、金にも地位にも困っていない。

そんなものを追加されても嬉しくはないし、結局、契約すればそれを楯に、何かあれぱ利用されるだけなのだ。

なぜ自分から全てを奪い取って平気な顔をしている人間に使われなければならないのだ。



あの時、師匠が魔法契約にサインさせなかったのは、雇用を試験と口約束だけにしてくれたのは、ロイクールが王族とこの国からいつでも逃げられるようにするため。

師匠である自分と同じ苦しみを味わうことがないようにするため。

きちんと契約をした方が安定した職を得たことになるのではないかと思っていたロイクールに、書面で雇用契約をしない方がいい、この場所に縛られるべきではないし、自分もここに残るつもりはないと言っていた師匠の愛と誠意のおかげ。

でも、自分の努力だけではだめだったのだ。

どんなに高い能力を手に入れても、どんなに強くなっても、それなりに高い地位を得ても、自分は大事なものを手にすることも守ることもできないのだと、ロイクールは悟った。

だから彼は出立する彼女を影から見送り、数日後、ロイクールは正式に王宮魔術師の職を辞して、記憶管理ギルドの立ち上げることを承認させた。

もちろん口約束ではなく魔法契約においてだ。

それと同時に、彼らに今後、自分に干渉しないことを認めさせた。

国境を越えるかどうかはわからないし、それをするために部外者を巻き込もうとロイクールは思っていない。

止めに来るのは魔法契約でそのような仕事を強要されている者達なのだから、彼らに罪はない。

だからよほどのことがない限り押し切るつもりはないのだ。

しかし自分の自由を認めさせる魔法契約、これが唯一、この時の自分がこれ以上のものを失わないために考えついた、数少ない自衛策だった。

これを得ても失った者は大きい。

ロイクールはこの後しばらく虚無感に苛まれることとなった。



自分の記憶は薄れても、糸として手元にある彼女の記憶が褪せることはない。

ロイクールは自分の記憶が薄れるたびに、その糸のことを思い出し、それに触れることで上書きされないよう自分の記憶を再構築していた。

不用意に触れることが許されるものではないが、彼女から切り離された自分との記憶は時を経ても変わることなく鮮明で、とても大切で恋しい。

その全ては人には任せたくない大切な記憶だ。

そしてそれを手元に置いている時点で、自分が忘れることは許されない。

調整のため、糸に触れる度、色褪せることなく流れてくるその記憶が、常に自分の記憶を上書きしていくからだ。

ミレニアがどうしているか、その情報も届かなくなったけれど、この国が攻め込まれることになっていない間は、きっと彼女が貢献しているに違いない。

彼女がこの国が平和であってほしいと頑張っているのなら、自分がここに留まる価値はあるだろう。

ミレニアの記憶の糸の調整を済ませると、ロイクールは別の糸の調整に取り掛かる。

そしてロイクール、記憶管理ギルドのロイはギルドの管理室で思い出に耽りながら、糸車の不規則なカタンカタンという音に耳を傾けるのだった。


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