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他国に売られた婚約者(20)

転倒しては困るのでベッドに横になるように言うと、ミレニアはそれに従った。

その脇には椅子に座ったイザークがついて、不安そうに首だけを横に向けてこちらを見ているミレニアの手を握っている。

ロイクールは顔の横に当たる位置に立って集中している状態だ。


「こうして準備が進んで行くと緊張するわね」

「大丈夫です。私がここにいますから」

「そうね。やっぱり呼んでもらってよかったわ。心強いもの」


しっかりと手を握り合って微笑ましくも姉弟はそう話すが、弟のイザークの方は少し不満そうだ。


「でもどうせなら、話の最初から呼んでおいてほしかったです。もう結論を出してから呼ばれるなんて、出番がないも同じではありませんか」

「そんなことはないわよ」


イザークは、もしミレニアの話を最初から聞いていたら、記憶を預けることに反対するつもりだった。

でも自分が来た時にはミレニアが結論を出し、ロイクールが了承してしまったところだったのだ。

こうなってはもう取り返しがつかない。

でもいつか、ミレニアを取り戻せたら、その時まだ二人に思いがあるのなら、その時こそ、全力で自分がサポートしようと心に決める。

その時がミレニアの記憶が戻る時だ。


「あの、そろそろよろしいでしょうか。お二人の手は握ったままで構いません」


ロイクールが二人の話しに割って入ると、ミレニアは横になったまま、自分を覗きこんでいるロイクールと目を合わせた。


「それはありがたいわ。ロイクール、今まで本当にありがとう」


そう言ってミレニアは微笑むと静かに目を閉じた。

何となく看取りをしているようで気が沈むが、それを表情から読み取ってか、イザークは心配そうにロイクールを見上げた。


「あの……、お願いします」


イザークの言葉にうなずいたロイクールは、早速ミレニアの記憶と向かい合うことになるのだった。



ミレニアの記憶の中の自分の記憶。

最初は先ほどまでのところからだ。

今までありがとうと言って目を閉じるまで見ていた自分を認めると、ロイクールはそこから記憶を遡って引き抜いていく。

糸はキラキラと光や輝きを放ちながら、ミレニアの頭から滑りだしてくる。

そして自分のいるところを切りぬいては、糸の切り口をきれいに接合し、またそこから遡ってという作業を繰り返していく。

ミレニアの繋がった糸から自分に関する部分を切り抜くと、それは予想よりはるかに多かった。

自分の記憶している場面も多くあるが、そこには自分の知らないミレニアの感情が付加されている。

ミレニアがいかに自分を大切に思ってくれていたのか分かる。

ただそれをこんな形で知るのは不本意だ。

それでもそれをさらけ出してでも記憶を預けたいと願ったミレニアの言葉に誠意を持って応えなければならない。

だからロイクールは多くの知っている場面を切り出しながら、自分の持つ記憶と重ねて感情的にならないよう、細心の注意を払い、より丁寧に記憶の糸を扱った。

そうして作業として慎重に進めるよう心がけ、いつもより少し時間がかかったものの、どうにか確認できる全ての記憶を抜き終えるのだった。



ミレニアから出てきた糸と、それを操るロイクールを、イザークは息を殺して見ていた。

ロイクールの集中を削ぐ訳にはいかないし、何より音を立てようものなら、目の前にある幻想的な光景が壊れてしまいそうな気がしたからだ。

同時にイザークはこの光景をしっかりと目に焼き付けた。

光を放つ美しい糸が流れるように浮かび舞い、ロイクールによってそれが絡まらないようにしながらどんどん引き出されていく様子は、神々しいとしか言い表すことができない。

そしてしっかりと見ていたからこそ感じられたこともあった。

ロイクールが姉をいかに大切に思ってくれているのか、時折見せる苦しそうな表情を見ればそれだけで十分理解できた。

直接的にロイクールがミレニアに愛の言葉をささやくようなことはなかったけれど、ロイクールがミレニアを大切にしてきたことは知っている。

それだけにこのような仕事を、最後の最後でロイクールにさせてしまうことになってしまったことに対し、イザークは心を痛めたのだった。



記憶の糸を抜き取られたミレニアの意識はまだない。

その間にロイクールはイザークに頼まなければならないことがあった。


「イザーク様、ミレニア様をお願いします。私がいるところで目を覚まされてはいけませんので、できましたらミレニア様を居室の方に運んでいただきたいと思います。難しいようでしたら私が一旦退出します」


目を覚ましてミレニアがロイクールを見たらどんな反応をされるか分からない。

不審者に間違われるくらいならいいが、近くにはロイクールが預かっているミレニアの記憶の糸がある。

強く引っ張られて損傷するようなことがあったら、戻すことになった時、記憶が欠損する恐れがある。

ミレニアとしては戻すことは前提としていないだろうから気にならないかもしれないけれど、預かる側としてはそうはいかない。

意識のない今でも、ミレニアの記憶の糸は切れたばかりのミレニアの中に戻ろうとふわふわ揺れて、ミレニアに向かって流れていこうとしているのだ。


「ロイクールさん……。ありがとうございます。我が家の力不足でこのような目に合わせてしまって申し訳ありません」


ミレニアから手を離してイザークは立ち上がると丁寧に礼をした。


「イザーク様が悪いわけではありません。どうか頭を上げてください。お願いいたします……」


ロイクールに言われてイザークは顔を上げた。

その時、偶然目に入ったロイクールの手にある糸を見て、姉の記憶も美しいものだったのだなと自分の記憶の糸と比較して感じていた。

しかしその量は自分の時とは比べ物にならないほど多い。

これがミレニアから抜かれた記憶の量に比例するのだと思うと、これだけのものを捨てなければならない姉を不憫に思った。

そしてこの記憶をいつか姉の元に返せる日が来れば、そう願わずにはいられない。

一方のミレニアは、意識のない状態というか睡眠を取っているかのような状態で動く様子はない。


「あの、いつ目を覚ますか分かりません。たくさん記憶を抜いていますから、逆に目を覚ますのが不安なくらい遅いという事もありますが、よろしくお願いします」

「わかりました。自分は体験したことがありますし、姉の事はお任せください」


イザークはそう言うと、ミレニアを横抱きにして部屋を出た。

人払いをされていた使用人は、イザークに抱えられたミレニアを見て何事かと驚いたようだが、イザークが少し疲れて眠ってしまったようだから部屋に送るのだと言えば、それ以上は何も言ってこなかった。

ミレニアから酒や薬の匂いがするわけでもなく、本当にただ疲れて眠っているように見えたからだ。

きっとここを離れる前に、ゆっくり話ができる最後の時間に、たくさんの話をした結果だろう。

少なくとも何かされて抵抗したとか、大きな声が聞こえたという事もなかったし、この姉弟がにこやかに対応しているのだから、悪いことは起きていないはずだ。

それにもし多少の事が起きても目をつぶるよう当主からも言われている。

だから使用人たちは、ミレニアを抱えているイザークに何も言わず、先を歩くイザークの後ろについてミレニアの部屋まで行くと、後は自分たちがと交代を申し出るのだった。



あとはイザークに任せておけばいい。

せっかく記憶を抜いたミレニアとここで自分が対面したらその記憶をもう一度引き出さなければならないし、少しでも自分の記憶があることで、抜きだした記憶と強く引き合うようなことになっては管理が大変になる。

だからロイクールがミレニアの姿を見るのはこれが最後だ。

ロイクールは記憶の糸を握って部屋から出て行くイザークを見送るのだった。

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