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他国に売られた婚約者(16)

「そうか。そこまでだったとはね。それは想定外だった」


ロイクールの予期せぬ反応に、皇太子は自分の中に思い違いがあったとつぶやいた。


「どういう意味でしょう?」


その言葉を聞きとったロイクールが聞き返すと、皇太子は大きく一つ、ため息をついてから、ロイクールをまっすぐと見た。


「ミレニアが君を気に入っていたのは知っていたが、君が同じような思いを抱いていたとは思わなかったんだ。我々だってロイクール、君を敵に回したいわけじゃないよ。あの大魔術師最後の弟子なんて、冗談ではなく国をふっとばす力を持っているって、魔法に疎い私でもわかることからね」


皇太子にとってロイクールの反応は本当に想定外だった。

傍からはロイクールを気に入ったミレニアが押し切っての婚約という印象だったからだ。

ミレニアは高位の貴族、一方のロイクールは平民。

身分違いではあるけれど、上のものが下のものを気に入ってのことなのだから大きな問題はない。

そしてロイクールは平民でありながら、多くの功績を残しており、能力も高い。

一部からはやっかみの声が上がったが、それもミレニアの地位だけで抑え込むことができるレベルのものだったし、実力行使でロイクールに危害を及ぼそうとすれば、騎士団の連中のように返り討ちにされることが容易に想像できるので、直接手を下すことはない。

けれどミレニアに何かあった時のロイクールの動きについては誰も想像していなかった。

あくまで庇われるのがロイクールという想定で動いていたのだ。

つまりそこに平民であるロイクールの人権はなかったということである。

ドレンも同じように思っていたのか少々気まずそうにしている。


「ではこの話は終わりにしましょう。今後、あなた方と関わることは拒否させてもらいます」

「それは困るよ。せめて友人としては」


関係を続けたい。

ドレンの言葉が終わる前にロイクールは立ち去ろうとした。

ここまで関係がこじれているのだから、失礼だろうが不敬だろうが構わない。

それで罰しようとするなら身を守るために相応の対応をするだけだ。

でも最後にドレンには言いたいことがある。

ロイクールは背を向けようとした動きを止めると、冷めた視線をドレンに向けた。


「この国は、一度ならず二度までも、私から家族を、家族になるべき人たちを奪っていきました。あなた方との付き合いを続ければ、また同じことが繰り返されるでしょう?私があなた達に何か危害を加えましましたか?あなた方が私に手を差し伸べてくれたことはありましたか?結局あなたも、私を利用するために側に置きたいだけでしょう」


ドレンにとってのロイクールは、イザークのおまけという扱いだったに違いない。

友人と言って親しそうに話をしていたけれど 貴族は皆したたかなのだ。

彼が魔法を愛しているのは本当だろうが、彼が欲しいのは魔法使いであってロイクールではない。

そしてもう、魔法の制御化可能になったイザークがいるのだから、彼に自分は必要ないはずだ。

それでも引き留めようとしているのは、気の迷いか、イザークに何かあった時のための保険としてのつながりを求めてのことだろう。

ほだされなくてよかったのだとロイクールはこの結果を見て感じている。



一方のドレンもさすがにロイクールの言いたい事を察していた。

本当に友人なら、自分はロイクールのために動くべきだったのだ。

少なくともロイクールとの関係がこのような形で破たんすることは望んでいなかった。

もしロイクールにミレニアへの情があると気がついていたなら、もう少しうまく立ち回ったかもしれない。

しかし少し考えたらわかることでもあった。

イザークとロイクールの二人が良く一緒にいるところは見かけていた。

少なくともこの二人の仲は悪くない。

そしてイザークとミレニアとロイクールが三人で出かけている姿が目撃されていた事も知っている。

ミレニア個人に対してだけではなく、ロイクールは少なくともあの家に対して情があったに違いない。

それはミレニアという婚約者がいて成立していた関係だ。

当然それがなくなれば、あの家とロイクールとの繋がりは失われる。

さらに職を辞するということは、イザークとの関係も断つつもりということだ。

それもきっと、今までと同じ距離で彼らと接することができないのに、常に近くにいることが苦痛だからに他ならない。

おそらく元凶となった自分たちと顔を合わせるのが辛いという理由だけで決めたことではないだろう。

ドレンはここでの一連のやりとりを踏まえ、そう推測した。

しかしここで、このタイミングで気付いて反省しても手遅れだ。

だから何も言えなかった。



皇太子は黙りこんだドレンを一瞥すると、すぐロイクールの方に視線を戻した。

もちろんその時に笑みを整え直す事も忘れない。


「ああ、念のために言っておくけど、国外に出るのは認められないからね。そう全ての国境に通達してある。君はこの国の中で生きて行くしかない。それだけは覚えておいてくれるかな?」


一応ロイクールの価値はそれなりに理解している。

だから亡命させるつもりはない。

まさかロイクールが国外に出ようとしているとは考えていなかったけれど、すぐに手を打つことができるのだから問題ない。

今の段階ではハッタリになるけれど、すぐにそう手配するのだから結果は同じはずだ。

だから皇太子が堂々とロイクールにそう伝えると、ロイクールの方は怒鳴りこそしないまでも不機嫌さを隠さず目を細めた。


「どこまでも、あなたがたは人を踏みにじるのがお好きなのですね。今のところ国境を越える予定はありませんが、越える時は相応の対応をさせていただくかもしれません」


別にこの国に未練はない。

ミレニアはいないし、家族もいない。

家族になるはずだった人たちは契約の関係でここに縛られてしまっているけれど、イザークが家督を継げば、契約から解放され自由になれるはずだ。

そうなればイザークの持つ力で自分の家族を守ることくらい造作もないだろう。

彼らが動けない今すぐにどうにかしようとは思わないけれど、その時が来て、まだ自分が国境を越える意思を持ち続けていたのなら、そしてその時になっても国から出ることが妨害されるようなら、正面から強行突破してもいいのだ。

行くあてがないのだから失敗しても構わないし、その先の事を考えれば最初の荒事が越境というだけだろう。

戦争を見てきたロイクールからすれば、その程度の荒事が一つ増えるくらい大したことではない。

つくづく平和の中に生きてきた連中なのだなと、通達だけでロイクールを抑えられると踏んだ皇太子の言葉から感じ取ったロイクールは、不快の感情を一旦押し込めて、先の発言を最後に無言で退出するのだった。

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