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他国に売られた婚約者(15)

ロイクールが謁見の間に足を運ぶと、張本人である王女殿下の姿はなく、そこにいたのは彼女の兄である皇太子と騎士団長に就任したドレンだった。


「やあ。忙しくさせて悪いね。早々に決断してくれて何よりだよ。早速だけど私は忙しい身なんでね。それにサインをしてくれるかな」


ロイクールが中に入るなり、ニコニコと笑みを浮かべながら、皇太子は自分から少し離れた位置に用意されているテーブルを指差した。

ドレンは無表情のまま彼の少し後ろに控えて身動きしない。

彼が指差した先には、筆記用の台が置かれていて、そこには一枚の紙にインクとペンが乗っている。

おそらくサインをしていることは確認したいが、その台以上に近づいてほしくはない、そういういうことだろう。



とりあえずロイクールは、目を細めながらも、サインをするために整えられた台の前まで進み出た。

そしてそこで目にしたのは、とても見覚えのあるものだった。

書類はともかく、インクと紙から感じる魔力には覚えがある。

皮肉にも、用意された契約破棄の書類は、ロイクールが仕事で魔法を付与をしたインクを使用して作成されたものだったのだのだ。


「私は仕事とはいえ、こんなもののためにこのインクを作ったわけではありませんでしたが、このような皮肉もあるということですね」


一番の被害者はミレニアだけど、こうして間接的に嫌がらせを受けることになるとは思わなかった。

よりにもよって、自分が仕事で作ったものを、このような形で使われるとは思っていなかったのだ。


「そうか?本人の契約に関する大事な書類だからな。第三者のものより良いと思ってわざわざこれを選んだんだが、気に触ったようだね」


皇太子は偶然ではなく善意でそうしたのだと平然と言い放つ。

一方のロイクールは台の上のものに触れることなく、姿勢を正して彼にまっすぐ向き直った。


「それでこの話がなくなるのなら、それが不敬であろうと気に障ったと明言いたします」


けれど真面目に意見したロイクールを鼻で笑うと、皇太子は言った。


「残念ながらそれはないから、今の話は聞かなかったことにするよ」


ロイクールからすれば皇太子の返事は想定内だ。

それより早くこの不快な場から立ち去りたい。

けれどその前に約束を取り付ける必要がある。

そしてそれが本命だ。

だから不快な対応をされても姿勢を崩さずにいたのだ。


「わかりました。とりあえずサインはいたします。ですがこちらの希望も聞いていただきます。そういうお話でしたよね」


ロイクールがそれならばここで希望を聞いてもらうと告げると、皇太子はそれを彼が前向きにサインするために必要なものだと捉えて話に応じた。

自分の要望に目がくらんでサインをしたのなら彼も同罪、少なくとも彼が自分たちを責めることはできなくなる。

皇太子はそう計算し答えを導き出す。


「そうだね。こちらで叶えられる要望なら叶えるよ」


叶えられるものに限度はある。

一応そうは伝えたものの、ロイクールは常識人のようだから、ここで王族皆を処刑とか、たとえそうしたいと思っていても、彼がそれを希望としてあげてくることはないだろう。

それにもし、ほんとに処刑したいと思っているのなら、それこそ前の段階で部屋でも人でも攻撃魔法で文字通り吹っ飛ばしていたはずだから、きっと自分たちの身に危険の及ぶものではない。

それ以外の簡単な望み一つで王女のしでかしが和解に持ち込めるのなら、安いものだ。


「それなら問題ありません。あなたにできないことではありませんから。私はこれ以上、あなたがたに協力したいと考えることはできません。ですから、今の職を辞して、本日中に寮からも退去したく思います」


ロイクールが皇太子に促されて用件を言うと、彼は少し拍子抜けしたのか小さく息をついた。

そしてそれくらいなら問題ないとあっさり了承する。


「そうか。残念だけど仕方がない。まあ、その程度のことなら了承するよ。国益にも私達にも大きな影響はないからね」


皇太子がそう言うと、今まで黙っていたドレンが急に口を開いた。


「ちょっと待ってよ。ロイクール、辞めるのは考え直してもらえない?この国に君の力は必要なんだ」


ドレンにそう言われたロイクールはがっかりした気持ちから思わずため息をついた。

これだけの事をしておいて、まだこの国は自分を利用しようとしているのか。

ミレニアにもこうして自分たちの都合を押し付けたに違いない。

しかも引き留めたのは皇太子ではなくドレンだ。

彼なら自分の苦しみを分かってくれるかもしれないと期待していたけれど、所詮は貴族、王族の親類で、自分の味方ではない。

あくまで彼は王族側なのだ。

魔法が好きで、魔術師という職業との間の溝を埋めることは渇望したけれど、それは自分との距離を埋めることとは違う。

ドレンも結局身分差など関係なく接してきたのは魔術師という物の地位向上に利用できそうだからだったからなのだろう。

そしてまだ利用価値があると判断した。

だから皇太子の条件を飲む形で出した要望、代償を支払っての嘆願を無碍にしても国益のために引き留めようとしているのだろう。

もしかしたら皇太子は最初から自分が条件を飲まなければならない場合、自分以外で反対できる立場の人間が必要だと考えてドレンを横に置いた可能性もあるけれど、ドレンの言葉はおそらく皇太子の意思ではなく本人の意思だ。

ロイクールはそう感じ取って、今まで皇太子に向けていた視線をドレンにも向ける。


「国に残る、王族の監視下に残る、こちらとしてはこんなところにいたくない。あなたなら分かってくれると思っていました。まだ足りませんか?人のものを奪うだけ奪って。こちらの要望は聞かず自分たちの我儘を押し付けて。私はそういうものに縛られたくはないし、これ以上国のために何かするなど冗談じゃない」


本当なら勢いに任せてぶつけてしまいたいところだったが、ロイクールの理性がそれをとどめさせた。

そしてその怒りを抑え慎重に言葉を発した分、その声は低く重く響いた。

ロイクールのそのような声を初めて聞いたドレンは思わず目を見開いて固まっていたが、そのようなやり取りや威圧に慣れている皇太子はすぐ、ドレンの代わりに軽い口調で言う。


「でも、この国には君が懇意にしているイザークもいるし、ここはミレニアの故郷でもある。そもそもミレニアはこの国を、自分の故郷を守るために輿入れをすることになったんだよ。君はそれを犠牲だというのだろう?じゃあ君はそんなミレニアの犠牲を無駄にするつもりなのかな?有事があれば君の力を借りたいというドレンの気持ちは君の有能さを知っていれば誰でも思うことだ」


でも自分は退職に反対はしていないと皇太子は暗に告げる。

そしてロイクールを貶めるつもりがない事も一応付け加えるところに、あわよくば言いくるめようとしていることが透けて見える。

でもロイクールの退職は、彼の中でも、ミレニアとその家族たちとの話し合いでも決定していることだ。

だからミレニアを引き合いに出されても、それを理由に退職を取り下げるつもりはない。

一番の願いを叶えられない限り、他はどれも似たようなものなのだ。

戻らぬ幸せと比較すれば、どのような願いを叶えられようとも、それはささやかなものに過ぎない。

守るべきものがあるわけではないのだから遠慮することはない。

高級に使われる魔術師という職だって辞するのだから、地位の差はあれど、上下関係などないに等しい。

そこで何か言われるようなら、それこそ力でねじ伏せるだけだ。


「こちらは充分妥協しているでしょう。別に私はドレン様やイザーク様とは戦いたくありません。だから反逆者になっていないだけで、こんな建物も中身も吹き飛ばすのは簡単です。それから、私の故郷は戦場にされ、ほとんどが更地です。家族もいない。私からすればこの国の価値なんてないに等しい。それに今回の件の代償に希望は聞いてもらえるものと、そんな話をされたように思います。こちらとしては随分ささやかな願いだと。これでもかなり遠慮したつもりです」


ロイクールは少し投げやりになりながらも、しっかりと皮肉を込めて言うと、二人を睨むように目を細めるのだった。

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