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他国に売られた婚約者(14)

ミレニアの家族に促されたロイクールは、これ以上ミレニアを、そしてその家族を苦しめないためにと婚約解消を了承することになった。

当主が一報入れてほどなく、ロイクールは王宮から呼び出しを受ける。

王族の絡む案件であるため、勝手に手続きを進められるより、目の前でサインするところを確認したいと皇太子から当主の元に返事があり、それがロイクールに伝えられた形である。

こうしたやり取りも乞う貴族とならできるだろうが、平民であるロイクールとは難しい。

仮にあるとすれば以前のように魔術師長を介してということになるだろうが、彼らは最初に連絡をしたのが当主だったからか、彼を介してきたのだ。

彼らからすれば、きっと連絡をしてきた当主の面目を潰さないようにすることで、自分たちの体面を維持したいといったところだろう。

ロイクールはその召喚に応じるため王宮に行く際、先に自分の上司の元に立ち寄ることにした。

説明ができない立場でありながら最大限配慮をしようと努力をしてくれた魔術師長のところだ。


「魔術師長、折り入ってお話があります」


中に入ったロイクールが畏まって言うと、表情から内容を察したのか、魔術師長は人払いをした。

そして周囲に人がいなくなったところで改めてロイクールに問う。


「何かね?」

「これから皇太子殿下と謁見があります。先の呼び出しの件を決着させることになりました」

「そうか」


わざわざそのことを報告に来るとは随分と律儀だと魔術師長はそう思ったが、終わる様子がないことから、まだ続きがあるのだろうと黙って聞く姿勢を崩さない。

ロイクールは、魔術師長を見て、ほどなく自分の覚悟を口にした。


「それで私は、この職を辞して、旅にでも出ようかと思います」


言葉をそのまま受け止めるなら心の傷を癒すため旅に出ることを希望しているということになるだろう。

彼には随分と多忙な思いをさせてきたし、ここにいては思い出す事も多い。

しかししばらくすればその傷も癒えることだろう。

それなら退職などせずとも休みを与えておけばいいのではないか。

そう鑑みて、魔術師長は提案した。


「旅か。それなら長期休暇をやろう。確かにそなたを働き詰めにしてしまったからな」


何も退職をする必要はない。

このようなことがあって自暴自棄になる気持ちも分からなくはないが、この職は皆から羨望の眼差しを受けられる優良職だ。

止めてしまって戻ってこられる保証はない。

だからとりあえず、一度休みという形を取って、落ち着いたら戻れるようにしておけばいいのではないか。

彼はそう提案を続けるつもりだったが、ロイクールの退職への決意は固い。


「ですが、旅に出たらこちらに戻るつもりはありません。充分な蓄えはありますし、生活はどうにでもなります」

「そうか……」


ロイクールのいう旅というのが、心の傷を癒すためのものではなく、この土地を離れるためのものであると悟った魔術師長は、大きくため息をついた。

彼を縛るものも、彼の頼れるものもここにはない。

あるのは彼を苦しめるものばかりだ。

貴族ではないのだから名誉や地位が不要なら、確かにそういう判断になるかもしれない。

もともと平民でも貴族を相手にする商人のような振る舞いはできていたロイクールだったけれど、最近はより貴族らしい振る舞いが身についていた。

けれど彼は元々平民で、別にここを出て生活することに不自由を感じるような人間ではない。

そう失念していた彼の立場を思い出す。


「あなたが口止めされていた話は、想像以上に悪い話でした。ただ、あの時、あの一言があったから、あの場で彼らを建物ごと破壊せずにすみました。それについては感謝しています」


もしあの助言がなかったら、高ぶった感情を抑えることができなかったかもしれない。

あの時、魔術師長が言ったのはこういうことだったのかと、その言葉がクッションの役割を果たして、ロイクールに冷静さを呼び戻してくれたのだ。


「そなたが感情のままに動かずにいたおかげで、あの場にいた皆が無事でいられたのなら、力を失った傀儡の私も少しは役に立ったということか。本気を出されたらここも、それどころか町の周辺まで被害が及んだかもしれないだろうからな」


自分も含めて無事で何よりだと魔術師長が冗談めいて言うので、ロイクールはうなずいてからそれに応じた返事をする。


「どうでしょう。この謁見次第では?」


もう結論は出ている。

今から話し合う訳ではないし、彼らが力に訴えてロイクールに危害を加えてこなければ、争いになることも攻撃魔法を放つ必要もない。

書類にサインをして、願いを叶えるという彼らの言質を利用してこの職を辞してここを離れる。

これからロイクールがすることはそれだけなのだ。


「いや、内容を飲み込んだ顔をしておるから大丈夫だろう。そうだ、辞職に関して私は特に反対はせん。そもそも引き留める権利もないのでな。せめて健やかに心穏やかに過ごせる場所にたどり着ける事を祈らせてくれるか」


多くの人間を下に持ち、多くの経験を積み重ねてきた年の功だろう。

ロイクールの表情や発言から、もしかしたらここに入ってきた時からすでに全てを見通していたようだ。

だからロイクールの意思を聞いても大して驚くこともなく、ただ、自分にできることはこの先の幸せを願うことだけだと、そんな言葉を自然と口にできたに違いない。

しかしロイクールが、背中を押して送り出してくれようとしている彼に唯一できることは、その敬意を持って礼を返すことだけだ。


「はい。お世話になりました」


ロイクールは一度姿勢を正してからそう言って頭を下げた。



この先、彼を訪ねることはないだろう。

先にロイクールがここに来たのは、皇太子との謁見の場で、王宮との関わりを断つと伝えるつもりだからだ。

そうなれば必然的にこの職からも離れることになる。

離職した後でここに来るのは難しいだろうし、それを伝える前にお世話になった魔術師長には先に伝えておくのが筋だろうとロイクールは考えたのだ。

本当は他の魔術師の先輩たちにも退職することにしたと挨拶をしたいところだが、それにはこの事情を伝える必要が出てくる。

きっとその辺りの事情はイザークが察して伝えてくれるはずだ。

だから彼らへの挨拶は諦めることにした。

ここに来て、悪いことばかりではなかった。

ここを退職すれば、平民と貴族という高い垣根が生まれてしまう。

だから彼らとも今後関わることがなくなるだろう。

突然のことで残念だがこればかりは仕方がない。

ロイクールは少しばかり後ろ髪をひかれながら、いよいよ謁見の場へと挑むことになるのだった。


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