他国に売られた婚約者(13)
ロイクールに王宮と距離を取ることを後押ししたイザークは意を決し、続けてこう言った。
「私はロイクールさんと家族になりたかったし、今でも家族と同じように大切に思っています。でも、私達を見ると、姉を思い出してしまうのなら、それが辛いのなら、私達家族もあなたと一度離れるべきなのかもしれません」
せっかく良い関係でここまで来たのだから、本当はそんなことをしたくはない。
けれど行動に制約のある自分との関係を継続すれば、ロイクールにも間接的に害が及ぶかもしれない。
こんなことがなければ、それなりの高位を与えられた貴族の一員としてロイクールをサポートしていきたかったが、姉のような不利益を被る使い方を王族がこの先もしてくるのなら、自分を利用してロイクールに干渉してくることも考えられる。
どのような命が出されるか分からないが、どんなにうまく回避しようとしたとしても、契約があるうちは逆らえない可能性がある。
だったら、婚約を解消した段階でうちとの縁も切っておいた方がいいだろう。
イザークがそう主張すると、当主もそれに同意した。
「少なくとも、イザークの魔法契約が終了するまではそうした方がいいだろう。互いに干渉しなくなれば、彼らも所詮は貴族と平民と、そう解釈するはずだ」
彼らも、その周囲も貴賎意識が強い。
だから婚約という関係が解消され、職場の上下関係もなくなって、この家とロイクールが疎遠になっても、そんなものだと思うだけだ。
せっかく仲良くなれたのにこのような結果になるのは残念だが、最低でも少なくとも表面上はそう繕う必要があるだろう。
「ロイクールさん、こんなことになりましたが、これからも私達はロイクールさんと家族のように接していきたいと思っています。もし本当に困ったらいつでも私、いえ、父でも構いません。頼ってください。表面的には疎遠になっても、私達はあなたの味方であると誓います」
イザークがそう言うと、当主もミレニアもうなずいた。
「ありがとうございます。少し、今後のことは考えさせてください」
考えるとロイクールは言うが、そう時間はない。
婚約解消については、少なくともミレニアを輿入れさせるまでには成立させておかなければならないからだ。
当主は畳みかけるように提案を繰り返す。
「今回は本当にすまないことになった。私も二人で幸せを築く未来を与えたかった。どちらにせよ、ミレニアは婚約解消の手続きを強制されるのだから、ロイクールだけが一方的に縛られる必要はない。王宮の申し出に従って、早々に婚約解消に応じてしまった方がいい」
彼らが自分のためを思って言ってくれていることは分かる。
ロイクールは何も言わず事の成り行きを見守っているミレニアの方を見て、反対される様子のないことを確認するとうなずいた。
ロイクールの返事をきっかけに、ようやくミレニアが重い口を開いた。
「でも私は……。できれば向こうに行くまででいいから、ロイクールともっと長く時間を過ごしたいわ。その契約がロイクールを縛ることになるなら婚約解消をしてからでも構わない。せめて、哀れな私に、思い出をたくさんちょうだい。それを抱えて思い返していくだけで将来過ごせるだけのものを」
この国で残された期間、心残りがないように過ごしたい。
家族になったらと描いた、もうやってくることのない未来を、少しでも手元に手繰り寄せたかった。
最終的に叶わないことは分かっているけれど、もし叶っていたらこうなっていたかもしれないと、切ないけれどそんな願いを心の奥に秘め、思い出と願いを新しい生活の心のよりどころにして生きて行こうと思う。
ミレニアはそう決意を見せると、ロイクールは湧き上がる悲しみや怒りの感情を一旦押さえ込むため唇をかみしめた。
それから、一番辛いのはミレニアなのだからと、押さえ込んだ感情を出さないよう、冷静さを装って言った。
「はい。せめてミレニア様がそう希望されるのなら、国を離れるまでは……。ですが、それは許されるのでしょうか?」
婚約すらしていない男女が一緒にいることを貴族は良しとしないはずだ。
体裁を気にする彼らからどう見えるのか、ロイクールには判断ができないと当主に言えば、彼は首を縦に振った。
「それくらいは大目に見させる。向こうもそのくらいは容認するつもりでこうして会う時間を作らせたのだろうからな。そもそも二人は仲睦じく過ごしていて、家を探していたことまで知られている。それを引き裂いたのは王族たちだ。今回の件はミレニアとロイクールの美談、そして王族の醜聞として貴族の間でも広まるのが早いだろう。こちらに非はないのだから問題ない」
ミレニアはこの国に残らない、ロイクールは平民としての暮らしに戻る。
けれど貴族としてこの国に残るミレニアの家族達がどのように言われるのか分からなかった。
けれど二人が会うつもりだと分かっているのなら対策はいくらでも取れるし、この件で王族に大きな貸しを作るくらいの意趣返しはしてやろうと考えていると当主は付け加えた。
だからミレニアもロイクールも好きにしてほしいと。
「お父様、ありがとうございます」
ミレニアが自分の我儘を受け入れてくれたことに感謝の意を伝えると、イザークはやっと硬い表情を少し緩めた。
「私もできる限り協力します。もちろん、二人の邪魔にならない範囲で」
「ありがとうイザーク。お願いするわ」
ミレニアも少し余裕が出てきたのか、イザークの申し出に少し笑みをこぼした。
おそらくロイクールと出かける際に付き添いで来た時の様子を思い出したのだろう。
ロイクールは、あのような楽しい時間を過ごすことができなくなるのだなと二人のやり取りを見ながら少し寂しく感じていた。
空気が重くなってきたからか、それを壊すように当主は言う。
「そうだな。まず彼らに婚約解消に応じる報を入れることにしよう。それと、あちらからの迎えが来るまでの間は、ロイクールとの付き合いを含め、二人が自由に会い、過ごすことも目をつぶらせる。できれば私もその思い出の中に加えてほしいものだが……」
何も会えなくなるのはロイクールとだけではない。
彼ら家族も同じだ。
もちろん、ロイクールとは違って、血のつながった家族なのだから、相手の国が許可をすれば面会は許される立場にあるだろうけれど、それでも今までのようにはいかない。
必ずしも相手国、もしくは自国が許すとは限らないのだ。
何より国をまたいでの面会ともなれば、セッティングも大がかりなものになる可能性があるし、どちらが国をまたぐのかという問題も発生してくる。
当然厳しく監視も付くだろうし、家族水入らずとは程遠い、生存を確認する程度のものになってしまうだろう。
だから家族の時間がほしい。
そう言われて、ロイクールはそれを拒否する理由はないとうなずいた。
「もちろんです。ミレニア様に会うため領地を離れて他国に足を運ぶのは大変ですし、ミレニア様もいつ里帰りができるのか分からないのですから、ご家族の時間も大切にしてください。私はその時間を突然失い、当初、受け入れることは困難でした。今回、永遠の別れではないとはいえ、離れる時期は分かっているのですから、それまでは」
「ああ、すまないな……」
ロイクールが戦争孤児であることは有名だ。
当然その突然の別れが戦争によるものだろうことは、その場にいる皆が察していた。
突然家族を失い、それを受け入れられずに時を過ごしたというロイクールの言葉は重い。
さらに彼の大魔術師に発見された状況や詳細を知っている者からすれば、なおさらだ。
だからこそ、本来ならば家族となるはずだったロイクールの心遣いに、当主も家族も感謝をするのだった。