他国に売られた婚約者(11)
王女の冷たい視線を受けたロイクールも同じくらい、では足りないかもしれないそれ以上の冷たい目で彼らを見ていた。
「なるほど、噂通りのお方というわけですね。幸い、私は戦争孤児で家族はおりません。ですがありがたいことに魔法の才はあったようで、こんな城一つくらいなら吹き飛ばせる力があります」
自分に逆らうとどうなるのか、それはあくまで権力を振りかざしての話であって、本人に力があるわけではない。
他の人間がロイクールを抑えるために動かなければどうにもならないし、そうなる前に命じた者も動いた者も消してしまえばいいだけだ。
戦地において、自分を守りきれなければそうなる運命だったことを、大人になったロイクールはよく理解しているつもりだ。
イザークは王宮も自宅も家だと思ってほしいようなことを言っていたけれど、ロイクールからすれば少なくともこの王宮は戦地と同じ、吹き飛ばしていいものだ。
「あら、今度は脅迫かしら?」
無表情で熱い感情を押さえこんで淡々と述べたロイクールに、王女は一歩も引く様子を見せない。
力はなくとも、押し負けないだけの精神力は持ち合わせているらしいとロイクールは王女を分析した。
「いいえ、事実を述べたまでです。それに平民と見下したのはそちらが先です。ちなみにハッタリではありませんので披露することは可能です。いかがいたしましょうか?」
これで王女が乗ってくれば言質を取ってこの場を吹き飛ばすことができる。
そうすればこの話はなかったことになるかもしれない。
話し合いのテーブルについていた張本人がいなければ、無効になる可能性が高い。
建物を破壊するのならついでに下敷きにでもなってもらえばいいだろう。
そんな物騒な思考に置いていくロイクールを見ていた皇太子は、彼の表情からその本気度を悟ったのだろう。
王女との会話に口を挟んできた。
「ああ、わかった、待ってくれ。流石に城を吹き飛ばされるのは困る。それにこちらも無償で譲れと言っているわけではない」
のらりくらりと話しているが、どうやら皇太子の方は馬鹿ではないらしい。
イザークの魔法は直に見ていたというから、おそらくロイクールの能力もそれを基準に見積もっているのだろう。
そうなればロイクールが本気を出せばここが一瞬で吹っ飛ぶことは理解できるし、例えここにいる魔術師が、魔術師長などが加わって押さえ込もうとしても被害が出ずに済むことはないと判断したようだ。
ただ、王女よりはマシというレベルであって、端々に傲慢さが見受けられる。
「ミレニア様を何かと引き換えにするつもりはありません。そもそも譲るとは何ですか。人間をモノ扱いして取引をするとそう言っているに等しい。この国の中枢は人身売買に平然と手を染めると?」
ミレニアを取引材料として売り払い、受け取れなかったロイクールには相応の対価を支払う。
それで万事解決と考えており、それでも平民に対してかなり礼を尽くしている、自分は素晴らしい人間だと考えているのが透けて見えて、それがまたロイクールの癇に障る。
ただそこはさすがというべきか、すぐにロイクールから漏れ出る殺気のようなものを感じとって彼は言う。
「そういう訳ではないけどね、でも、ミレニアはすでに我々とそういう契約しているから、拒否権はないんだよ。何より彼女はその契約があったからこそ、優遇された地位にいたんだ。そんな中、事情を知らないのは可愛そうだし、君からすれば良縁を奪われることになるのだから、せめて少しでも何かできることはないかと、温情で何かを与えようと思って呼んだわけだ。君と争うつもりはない」
ロイクールが現状、何かに困っているということはない。
能力相応の給金が支払われているし、記憶管理ギルドの立ち上げなど大きな功績も残しているため、彼の事を知る人は知っている。
しかも魔術師一家から認められた彼の大魔術師の弟子でもある。
そんな経緯から彼の評価を低く見積もる者は減っているが、それでも一部は、出自や地位の低さを揶揄するのだ。
けれど今回、平民のロイクールは貴族と結婚して、貴族としての地位を得られるはずだった。
しかもミレニアは高位貴族の一因だ。
大抵出自や地位を揶揄する人間は低位の貴族なのだから、ロイクールが高位貴族の仲間入りを果たせば、はからずも今までロイクールをそのように扱ってきた人間を黙らせることができるはずだった。
しかしそれを失うのだから、その損害は計り知れないだろう。
それが彼の怒りの原因なら、それを、もしくはそれに近しい地位を与えれば済む。
「君の生活は保証するし、ミレニアと婚姻を結んだら得られたはずの地位だって与えることができる。欲しいものはないか?申し訳ないんだけどさ、ミレニアの件は国の安全に関わるから変更できない。相手もそれで了承しているんでね、また変更というのも相手の心証を悪くすることになる。そういえば君はまだミレニアと話していないんだね」
最初に自分の案を提示したところでロイクールの空気が気らかに変わったことを受けて、皇太子はすぐに話を切り替えた。
ミレニアと話していない、その言葉を受けてロイクールがその通りだと返事をすると、彼は先ほどの提案を無かったものとするかのように、話を続けた。
「ああ、じゃあ、呼び出されるなり突然、婚約破棄だって言われたってことか。それならさすがに混乱しても仕方がないのかもしれないね。一度ミレニアと話してみたらいいよ。私達が嘘を言っていない事もそれで理解してもらえると思う。確かに第三者から前触れなく聞いたらそうなるかもしれない。こちらも理解不足だったわけだ。希望が決まったら教えてよ。できる限りは叶えるからさ。ああ、ミレニアなら家族と過ごす時間を与えるため実家に戻したから、おそらくそっちにいると思うよ」
おそらくわざとミレニアが、呼び出されたロイクールと会わぬようそうしたのだろう。
彼が白々しくそう言ったのを聞いてロイクールはこの状況すら彼に寄って仕組まれたことなのだと気が付いた。
先に情報を持っていたら対策を練られてしまうかもしれないから、そうなる前に対処したというのなら、何気に狡猾だ。
もしここで彼らの出した条件を飲んでしまっていたら、後からミレニア達と話しあっても対処ができない。
少なくとも彼らが首を縦に振らないだろう。
それを目論んだのかもしれないとロイクールはその可能性にようやく気が付いた。
幸い、ロイクールは彼らの条件を不服として受け入れていない。
それを伝えて何かできることはないか、ミレニアとその家族に知恵を借りることができるかもしれない。
まだ可能性はある。
まずは彼らから話を聞いた方がいいだろう。
「わかりました。失礼します」
退出することを決めたロイクールは、形式上そう言って一度頭を下げたが、顔を上げたその目は冷ややかなままだった。