他国に売られた婚約者(10)
王女殿下という立場ではあるけれど役に立っているわけではない。
贅を尽くしている我儘なだけの人間だ。
そう聞いてはいたけれど、実物を目の当たりにして、ロイクールはそれが想像以上のものであることを理解した。
王女を目の当たりにしてミレニアの苦労がしのばれる。
しかしミレニアの献身的な努力がこのような結果になるとは、何という皮肉なことか。
「それは相手国を下に見ているのと変わらないと思いますが、あちらはどうお考えなのですか?そちらの姫君が行かないからと、交渉の条件を引き下げられたりしているのではないですか?それは国民に不利益をもたらす行為ですが」
ロイクールが王女ではなく、まだ話の通じそうな皇太子にそう尋ねると、彼も王女と同じ考えではあるらしく笑みを浮かべて答えた。
「幸いにも、妹かミレニアが行けば条件は変えないと言ってくれているよ。妹の言う通り切り札は手元においておきたくてね」
彼の話から察するに、すでに国家間の交渉は済んでいるようだ。
つまり相手国を理由にこの条件の変更を持ちかけるのはほぼ不可能ということだ。
「ミレニアはこのことを……」
ロイクールがそうつぶやくと彼はその声を拾ってうなずいた。
「もちろん知っているさ。だって彼女には皇太子自身がそう条件を出してきたって証拠の手紙を見せたからね」
どうやらこの条件は最初から相手が先に提示してきたようだ。
つまりそこの頭の悪そうな王女は使いものにならなそうだから、頭が良く今回の交渉をうまくまとめようと当日立ち回ったミレニアに目をつけた。
ようやくロイクールは状況を正しく理解した。
「でも、ミレニアったら、自分には婚約者がいますとか出だすものだから、面倒だったわ」
せっかく皆の前で拒否できないようにと茶番劇を繰り広げたのに、そこでミレニアは自分には正式に認められた婚約者がいると口に出して言ったのだ。
そのおかげで避難の目が自分に向けられたのだから、たまったものではない。
とはいっても、そこにいる面々もミレニアと同じように契約を結んで雇用されているため、その場で余計な事を言わなかった。
ただ、つつましやかに噂が流れている事を知って、それを潰して歩くのに苦労しただけだ。
「面倒?」
一番の面倒はこの王女が役に立たないことだろう。
しかしこの王女はミレニアが口答えし、それをもみ消すのが面倒だったというのだ。
「そんなの、すぐに解消できるんだから、余計なことは言わないでもらいたいと思ったわ。黙ってこっちの言う事を聞いていればいいのに」
弾んだ声で楽しそうに言う王女の言葉に、ロイクールが王女の言葉に不快感を露わにし、口を開こうとしたところで、さすがに皇太子は欲ない流れになっていると気が付いたのか、慌てて話をすり替えた。
「まあ、面倒かどうかは置いておいて、そんなわけでミレニアには他国に嫁いでもらうことにした。ちなみに拒否権はないよ。妹が行きたくないって言ってるし、ミレニアとはここで働く時に魔法契約を交わしてあるんだ。国のために身を捧げるってね。だから、その通り、最後まで働いてもらう」
いつも仕事で作っている契約書、それでこのような契約が結ばれているらしい。
雇用契約のはずが、条件が奴隷契約に等しいものだと知ったロイクールは目を細めて冷たい視線を二人に送る。
「つまり、強制ということですか。師匠がここで働きたくないと拒否した理由がよく分かる横暴ぶりですね」
ロイクールが思わず強い言葉を発すると、王女がわざとらしく怯えたような仕草をし、その怯えが嘘である証拠に、その仕草に似つかわしくない堂々とした声でロイクールに告げる。
「あなた、先ほどから随分と不敬なことを言っているわよ。すぐに牢にご案内してもいいのだけれど」
そう言って周囲の騎士たちに指示を出そうとするが、ロイクールはあえて挑発する。
そうなれば抵抗しても問題ない。
王女の言った通り、貴族の間で一時的にでもミレニアの事が噂になったのだとしたら、王族が、王女の我儘を通すため、その婚約者に濡れ衣を着せることで牢へと一時的に収監し、抵抗でき失くしたその隙に、ミレニアを外に出そうとしたと言えば濡れ衣を晴らすことはできる。
しかし自分が解放されるのを待つと、ミレニアは国外に出された後ということになるので手遅れだ。
それなら派手に騒いでしまってもいいだろう。
「そうなれば喜んで牢ごとき破壊して脱獄しますよ」
少なくとも彼らは味方ではない。
だからロイクールは宣戦布告と取られるような言葉を返した。
しかしそれを聞いた王女は、ロイクールの言葉をハッタリか負け犬の遠吠えと認識したらしい。
ロイクールに対して彼女はいつもの調子で言い返した。
「そんな事できるわけないでしょう?たかが平民に」
強さや権力そのものに固執する男性とは違い、女性は自分を飾り立てるものにしか興味がないことも多い。
女性の中で上に立つのに、美しさが鍵となるのだから、その方面に詳しくなる必要があり、その情報収集に力を入れるため、他のことに疎くなるのは仕方がないのかもしれないが、それが貴族のご令嬢ではなく、一国の王女に認められるかは疑問だ。
少なくとも、平民ではあれど、彼の大魔術師最後の弟子と言われ、一部からは雨を呼ぶ神と崇められているイザークの師のような存在。
寮であっさり騎士を負かし、ドレンやイザークの影に隠れがちではあるものの、魔術師の地位を返り咲かせた立役者。
さらには記憶管理ギルドの創設に携わり、各地に赴く監査人としても有名だ。
そうして社交界にも激震を与えたロイクールを認識できないのは無知にもほどがある。
まあ、だからこそ無能扱いなのだ。
幸いロイクール本人は気にしていないようだが、王女の発言にさすがの皇太子でも冷や汗が出る。
だが怖気づいている場合ではない。
まずは事態を回収しなければと、皇太子が慌てて話に割って入る。
「いや、まて。彼は魔法の実力はあるんだよ」
「あら、そうだったの?それならさっさと始末してしまえばいいのではなくて?私達に逆らったのだもの。どうなるのか思い知ればいいのだわ」
ミレニアと同じようにロイクールも契約を縦に言う事を聞かせればいい。
何も知らない王女はそう言って、冷たい視線をロイクールに向けるのだった。