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他国に売られた婚約者(9)

謁見の間に入室して膝をついて頭を下げたロイクールに対し、頭を上げるよう言うこともなく、皇太子はロイクールに確認の言葉を投げつけた。


「君がミレニアの婚約者のロイクールだな」

「はい」


頭を上げるよう言われていないので、そのままでいた方がいいことを分かっているロイクールは、頭を下げたまま声だけでそう返事をした。

入室の際一瞬見た感じだとこの国の皇太子と、ミレニアが使えているという王女殿下が中央に座っているようだった。

周囲にいる数人の取り巻きか護衛か分からない人間は彼らの脇と後ろを固めて直立し、ただ頭を下げたロイクールをずっと見下ろしている。


「今日ここに呼んだのは他でもない。ミレニアのことで話がある」

「ミレニア様のことですか……?御本人に話されたほうがよいかと存じますが」


ロイクールは顔をひきつらせ、目を上げて睨みそうになるのを抑えていたが、幸い頭を下げたままのため、皇太子にその顔を見られることはなかった。

しかしそこは伊達に人の上に立つ者ではないらしく、少なくとも表情に変化があったことを理解したのか、皇太子はフッと一息、笑うような息を吐いた。


「君に関係のないことだったらわざわざ呼んだりはしない。ああ、頭は上げていい」


不快感をあまり隠そうとしないロイクールに興味を示したのか、皇太子はロイクールに頭を上げるように言う。

sの言葉を受けて、とりあえず表情を能面のように取り繕ったロイクールは、膝をついたままゆっくり顔を上げた。


「失礼いたします。では、この体勢でお話をお伺いしたします。それでご用件は……」


表情は能面だが、目を逸らすことはしない。

ロイクールにまっすぐt見られた皇太子はその引かぬ姿勢を面白く思ったのか、口の端を上げて言った。


「そうだね。まあ、そんなに急かすんだったらはっきり言おう。君にはミレニアとの婚約を解消してもらう」


前触れもなく、突然のことにロイクールもさすがに表情を崩した。


「は?意味が判りません。どういうことでしょう?」


意味が分からない。

そもそも婚姻にこそ至っていないものの、もう婚約期間を長く過ごしてきた相手だ。

そしてその婚約だって、貴族の順序に則って正式に認められたもののはずで、当然それを彼らも知っているはずだ。

だからミレニアと別れてくれではなく、具体的に婚約を解消してもらうという話なのだろう。

思わず素で目を見開くと、彼はさほど重大なことではなさそうに言う。


「ミレニアには国民として、貴族としての義務を果たしてもらうことになった」


ミレニアはあなたの隣にいる頭の悪い高飛車な王女の尻拭いに奔走させられていますよという言葉が出かかったロイクールだったけれど、さすがに言葉は選んだ方がいいだろう。

ロイクールは笑みを浮かべながら隣で黙って座っているだけの王女をちらっと見てから、皇太子に言葉を返す。

「ミレニア様は十分義務を果たされているでしょう。それでは足りないとおっしゃっているのですか?」

さすがに足りないと言われたら、腐った王族をまとめて始末した方がいいのではないかと考えたロイクールだったが、彼はその殺気を感じたのか、本当にミレニアの働きを理解しているのか曖昧な感じでロイクールの質問に答える。


「そうではない。さらに大きなことを成してもらうことになった。そのために君がいては不都合なのだよ」

「詳細をお聞かせ願えますでしょうか?」


この件は王族がらみの案件だ。

それが王族個人の問題なのか国の問題なのかは分からない。

しかし少なくともこの時点でミレニアが生贄にされるということだけはロイクールでも理解できた。

しかし一方的に怒りをぶつけても解決することはできない。

少しは彼らの事情は聞いた方がいいだろう。

ロイクールがそう思って尋ねると彼は黙ってうなずいた。



しかし、その神妙な空気を、今まで黙って座っていた王女殿下が突然打ち破った。


「あら、お兄様、はっきりおっしゃればいいじゃありませんか。良縁があったのだと」


彼女は笑みを浮かべながら楽しそうにそう声を上げた。


「良縁?」


ロイクールが目を細め、王女と皇太子を交互に見ると、皇太子がため息をついて説明を引き継いだ。


「まあ、簡単に言うならそうだな。まず、先日諸外国から客人が来たのは知っているかな。そこでミレニアは他国の皇太子に見初められた。だから彼女にはこの国のため、彼に嫁いでもらうことにしたのだよ」


確か底に座っている見た目だけの頭の悪い王女と縁談の話があって、そのお相手が来るからと、王女をサポートするために相手国の事を懸命に勉強していた。

つまり元々はそこの王女が相手になるはずの皇太子が、ミレニアの方に傾いたということだ。


「先日来た皇太子……、その方は、そちらの姫君と婚姻をなさる予定ではありませんでしたか?」


まずは相手が自分の思う人物かどうかを確認しよう。

ロイクールがそう考えて質問で返すと、王女が悪びれる様子もなく嬉しそうにうなずいた。


「ええ。その予定だったわね。でもミレニアでいいというのだもの。それならミレニアに行ってもらった方がいいでしょう?」


彼女の言葉から、ミレニアでなくてはならないわけではなく、ミレニアでもいいと相手が条件を出してきたのだとロイクールはすぐに気が付いた。

立ち上がることはしなかったものの、ロイクールは繕う事も忘れて王女を睨む。


「つまりあなたは自分が嫁ぎたくないからミレニアを代わりに差し出すことにしたということですか」


ロイクールの様子を上から見下ろした王女は、睨まれることなどたいしたことではないようで、怯える様子はない。

日頃から多くの人の目にさらされているのだから、そのようなことをいちいち気にしてはいられないということかもしれないが、飄々としていられるあたりはさすが王女と言ったところだろう。

けれど、それがおごり高ぶった彼女の本性でもあるらしく、ロイクールの問いにさも当たり前のように言い放つ。


「私としてはどちらでも良かったのだけれど、でも、私が残るということは、王家との婚姻という切り札をこの国はまだ使わずに済むといいうことでしょう?」


王女からすれば、自分とただの一貴族のご令嬢など比較するまでもない。

自分の方が、はるかに価値のある人間で、少なくともそれが揺らぐことはない。

常々そう言われてもてはやされてきた事もあり、彼女の中ではそれが当たり前で常識だ。

自分とミレニアでは価値が違う。

だから価値の高い自分が国に残れるというのにロイクールが何を不満に思っているのか理解できない。

少なくとも自分という切り札を使わなくていいのだからむしろ喜ぶべきだと、王女は笑顔で首を傾げるのだった。

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