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他国に売られた婚約者(7)

「じゃあ、諦めるしかないんですか?姉さんはずっとロイクールさんを……」


慕っていたことは傍から見ていた自分が良く分かっている。

能力がありながら媚びるわけでもなく、驕るわけでもない、少し変わった印象のロイクールを面白がった姉が興味本位で近付いただけだったけれど、交流を深め、惹かれるようになってからは必至だったのを知っている。

そしてロイクールも徐々にそんな姉に対して心を許しつつあるように見えた。

婚約の方が先に来てしまったけれど、ロイクールも貴族としての生活になじむよう、努力してくれていたし、何よりようやく二人は結ばれるところだったのだ。

そんな二人の努力も思いも、全て捨てろと国は言う。

忠誠を誓ったところで、こちらが守ってもらえる訳ではないことが、この件でよく理解できた。

あのような契約書さえなければ、自分が彼らを王族どもを焼き払ってしまいたいところだ。

イザークがそんないら立ちもあって、思わず吐露すると、ミレニアは首を横に振った。


「ありがとう。でもお父様の言う通りだわ。こうなってしまった以上、手の打ちようがない。今回、こんな形で契約書を持ち出されるとは思わなかった。彼らがどこまで非道なのかよくわかったわ」


今まで国のためと献身的に努めてきたミレニアもさすがに今回の件でこの国に愛想を尽かしていた。

王妃についていた頃はまだよかったが、我儘王女につかされてからは散々な目にあってきた。

それでも、貴族の義務で、一応王族の直属という名誉職なのだからと我慢してきたのだ。

その果てがこれなのだから仕方がないだろう。


「私も正直驚いています。契約についてはよく考えるようにとは言われていましたが、このような使い方をされるとは、本当に恐ろしいとしか言えません。いつか私の身にも同じようなことが起こるかもしれないと肝に銘じておきます。ですが今は姉さんのことです!」


姉がこのような目にあわされているのだ。

同じ契約を結ばされているイザークも、何かあれば同様の契約内容を突きつけられる可能性がある。

しかしまだ、自分には何も起きていない。

何とかしなければならないのは目の前の姉のことだ。

イザークがそう言うと、ミレニアは笑みを浮かべた。


「まさかイザークがここまでこの件について怒ってくれるなんて思わなかったわ。王女の部屋でこの話をされてすぐに実家に帰されたけれど、実家でゆっくりしたらいいというのは、こういう事も含めて理解してこいという意味だったのね。もう外堀は埋めてあるからあきらめろ、逃げられないと。確かに冷静になれば、最初から私に選択権はない……ないわね」


話しているうちに笑みは消え、声のトーンが落ちてうつむいていく。

こうして口に出してみればなんてことはない。

最初からミレニアに選択肢などなかった。

命令なのだから、断ることなどできないし、本当ならば彼らは自分に家族と話す時間など与える必要もない。

相手がすぐにと言ってきていたのなら、その場で拉致するように連れだして、引き渡すくらいのことはできたのだ。

しかし皇太子はあの場でミレニアの逃げ道を奪いながらも、こうして家族と話す時間を温情として与えた、だから彼としてはむしろ感謝しろと、そう考えているに違いない。

少なくとも、あの皇太子が王女を出すと言わなければ、相手国が意見を変えてミレニア以外の女性にするとか、王女以外なら交渉を決裂させるとか言い出さない限り、おそらくこの流れが変わることはない。


「姉さん……」


絶望した表情の姉にかける言葉を失いながらも、イザークは頭を働かせることを止めなかった。

そして思いついた事を口にする。


「この件はロイクールさんも交えて話した方がいいでしょう。姉さんが大丈夫ならですが」


国を出されるミレニアという当事者はいるが、別れさせられるロイクールがここにはいない。

普段から平民だとどこか見下したような事を口にする彼らなのだから、適当な対応をされている可能性がある。

命令だ、従わなければ処刑だなどとだけ伝えている可能性もある。

下手をすればその状態で王族が自分たちとロイクールの接触を強制的に断とうと動くかもしれない。

こちらとしては貴族というのは所詮そんな者たちだとロイクールに思われたくはない。

せめて自分たちだけでも誠意ある対応を彼に見せたい。

イザークがそう言うとミレニアは同意する。


「ええ。早いほうがいいわ。聞いてみてもらえるかしら?」

「そうだな。また一報で正式な告知は出ていない。まだ彼の耳には届いていない可能性が高い。人づてに聞かされる前に、早いうちにこちらからこの話を伝えたほうがいいだろう」


ミレニアも当主も、自分たちの口から、それがだめでもせめてイザークから、ミレニアの意を汲んだ情報を、誰よりも先にロイクールの元に届けたいという。

王宮内の傍観者の噂から耳に入るのは最悪だ。

どんな余計な情報が混ざっているか分からない。


「では私は寮に戻ります。ロイクールさんがいたら、すぐにでもこちらに来られないかと伝えなければなりませんから」


そうと決まればいてもたってもいられない。

ここで話す時間も惜しい。

噂が広がる時間との勝負だ。


「イザーク。頼んだぞ」


手の打ちようはないかもしれないけれど、今自分にはすべきことができた。

気を紛らわせるために利用しているようで申し訳なくもあるが、目の前にやることが一つできたことで、少し落ち着きを取り戻したイザークは、退室時に失礼しますと言いながら雑に頭を下げると、慌てて部屋を飛び出していくのだった。

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