他国に売られた婚約者(4)
「話は聞きました。あの我儘女のために姉さんが犠牲になるなんておかしいでしょう。抗議するべきじゃないですか!」
たまたま家に戻っていたイザークは、偶然にもミレニアに関する一報を父親と共に知ることとなった。
連絡の手紙が急ぎだと、わざわざ家に持ち込まれたのだ。
伝言ではないのは、使者に事付けできるような内容ではないからだろう。
手紙を受け取り使者を帰すと、当主である父は差し出し主を確認して開封する。
その内容に顔をひきつらせた父親から、イザークは手紙を奪い取ってその内容を確認した。
そしてイザークは、普段の様子からは想像もできないくらい、声を荒らげたのだ。
「魔法契約を盾に取られては身動きが取れない。まさかこのような事態になるとは想定していなかったし、王家に忠誠を誓うという意味で書いたものをこのような形で持ち出されるとは。お前も入職時に同じものを書かされている。だから抵抗すれば言いくるめられるだけだ」
その手紙にはミレニアを取引材料として他国に出すこと、そしてそれは名誉であり国益になる、即ち義務だと書かれていた。
そして忘れてはいないだろうがと前置きがあったその後に、契約の事を忘れてはいないだろうなという脅し文句がつけられていたのだ。
魔法契約のことはよくわかっている。
自分たちの仕事時間の大半はその契約書の下準備に使われているのだから、当然だ。
それでも、抗議をすることくらいはできるのではないかとイザークは主張した。
けれど当主は首を横に振った。
それを謀反と取られて魔法契約が発動した場合、イザーク自身もどうなるか分からない。
ミレニアの事はほぼ確定してしまっていることだというのに、イザークまで失いたくはない。
諦めろとまでは言わないが、自ら身を滅ぼすようなことはしてほしくない。
だから直接盾を突く真似はしないでほしいと父親に言われたイザークは、ようやく少し冷静さを取り戻し、できる限りの事をすべく案を出す。
イザークはミレニアの過保護な面を鬱陶しいとあしらいながらも、そこに助けられて今がある事も分かっている。
口うるさく色々言ってきてのも自分のためだと知っているので、面倒だと思う事も多かったけれど嫌いなわけではない。
ましてや、引きこもりだったあの時、ロイクールが来る前から命を繋ぐ食べ物を運んでくれたのも、身の危険がないわけではない男性ばかりの寮に乗りこんできて叱咤してくれたのも姉なのだ。
周囲から見放され、自暴自棄になっていた自分をこの世に引きとめるために手段を講じてくれた姉が、不幸に叩き落されそうになっている。
今度は自分が助ける番だ。
もともとなかったかもしれない命なのだから、姉のために後悔のないよう使いたい。
引きこもりが長かった事もあり、幸い婚約者などもいない。
迷惑をかけるとしたら、家と魔術師団のメンバーになるが、それも最小限で済む話だ。
「それならせめて、私も姉さんと一緒に行きます」
意を決してイザークがそう申し出ると、当主はそれも承諾できない、正しくはさせてあげられないと言う。
「それもおそらく無理だろう」
頭を抱えるように言う父親に思わずイザークは食ってかかる。
「なぜですか!」
嫁入りを阻止することはできなくても、敵地に赴く姉の側についていればできることもあるだろう。
前の自分なら役に立たないと悲観して終わったかもしれないが、今は自分の力の使いどころも理解している。
今の自分なら姉に危害を加える者に制裁を加えるだけの力と、その決意がある。
イザークが相手国にも王族にもやられっぱなしでいいのかと声を上げると、父親が重い口を開く。
「そうではない。お前もミレニア同様、入職時に魔法契約の雇用契約を結んだだろう。その条件がミレニアと同じだとすると、おそらくお前を他国に出してもらうことは叶わん」
「そんな……」
契約内容に何かそのようなことがあったのか。
自分には記憶がないし、必死に探るが思い当たることがない。
でも父親がそこまで言うのだから何かあるのだろう。
イザークが答えを見つけられずにいると、父親は大きく息を吐いた。
「お前はドレン様と活動することで能力を示し、良い意味で目立ちすぎてしまった。お前がミレニアと一緒に国を出るということは、能力の高いものを他国に無償で提供するに等しい。一部の貴族の間では、お前は神の化身ではないかとまで言われてしまっている。それを失うのは国益の損失とみなされるだろう。だからそんなお前を皇太子が他国に出すわけがない。何よりあれは、自分の利を一番に考える男だからな」
ドレンがイザークを担ぎあげたことで、イザークの評価が高まった。
そしてそれは魔術師たちの評価にも直結し、騎士と魔術師の悪しき上下関係を払拭するのに大きな功績をもたらした。
さらにドレンがそれを利用して騎士団の人員整理を進めたこともあり、ようやく両者のギスギスした関係に終止符が打たれようとしているのだ。
ドレンは下剋上を成し遂げて騎士団のトップにいて、イザークはお飾りと称し、裏で厄介事を片付けてくれている魔術師長に次いで次点まで上り詰めている。
彼が後継者と明言しているし、表に出る役割をイザークがになっているのだから、周囲からすればイザークは実質のトップに近い。
その片方が抜けるのを国として安易に了承できないのは当然だ。
父親の説明の大半を飲み込んだイザークだったが、父親の発言に気になる点を見つけて、思わずそれをつぶやいた。
「今回の判断は国のため、妹のためというわけではないということですか」
てっきり皇太子が妹殿下かわいさに姉を代わりに差し出すのかと思ったが、そうではないのか。
それなら兄妹、こちらからすれば姉弟の情に訴えても、聞き流されるか嘲笑われるかで、耳を貸してはもらえる可能性は低い。
ドレンに交渉の場を設けてもらう事も考えていたイザークだったが、話を聞く限りそれは無駄だと悟ることになる。
「あの姫殿下は困ったお方だが、有効的な使い道はいくらでもある。あの地位があれば外交の切り札として使いやすいだろうから、手元に残せるならそうしようと考えたのだろうな。姫殿下の方もそれを見越して、自分はこの国で使える駒だからと言って、自由な時間を先延ばししようと動いたのだろう。他国の皇太子に気に入られたというのは名誉ではあるが不幸だったとしか言いようがない。不可抗力だ。そしてあの姫殿下が自分より下のものを相手が気に入ったということをよく思うわけがない。つまりこれは王女からの当てつけと嫌がらせでもあるだろうな」
ミレニアが王女から何をされようとも、国内にいてくれたら自分が、親が、手を差し伸べることもできる。
ロイクールという平民との結婚も周囲からの反発が予想されていたし、それを排して幸せになってもらいたいと裏で手を尽くしてきた。
でもそれは国内での話だ。
せっかく国内において彼らが幸せになるための土台を築いたというのに、それも台無しにされてしまった。
いくら実の娘であっても、他国に、ましてや格上の相手と婚姻関係を結ばれてしまえば、こちらも手を出せない。
部屋に動けば国家間の争いを引き起こしかねないのだ。
そうならないための取り引きのはずが、結果的に国家間の争いに発展するのは、ミレニアのためとはいえ不本意だ。
そしてミレニア自身もそれを望んではいない。
王族に言いたいことはあれど、関係のない民、全てを巻き込んで戦争をしたいわけではないのだ。