新しい家族と親交(10)
こうしてミレニアとロイクールは親交を続けながらも仕事を続けていた。
仕事を続けている理由については、ロイクールは生活のためという点が大きいけれど、ミレニアは箔をつけるためだった。
ミレニアは長子だが長男ではない。
家は長男であるイザークが継ぐため、ミレニアは嫁入り先を探す必要があった。
ミレニアがイザークに最後にしてあげられることは、早く嫁に行くことで安心して家を継いてもらう環境を整えることだった。
幸い、ミレニアはロイクールとの婚約が決まったし、このまま順調に進めば、近辺に住居を購入、もしくは借りるなどして一緒に生活を始めることになるはずだ。
別居という選択肢もないわけではないが、それはさみしいのでできれば一緒に住みたい。
そうなるとロイクールは寮にいるけれど、そこにミレニアが一緒に住むことはできないので、どうするのか話し合わなければならない。
二人共職場は同じだし、きっとそう離れていない場所から選ぶことになるだろう。
こうして具体的な話を進めようとすると、いよいよ結婚の実感が湧いてくる。
ミレニアはロイクールが家に来る日、ロイクールと今後の住居の話をしようと思うと両親に打ち明けて了承を得ると、その日が来るのを待ちわびた。
しかしこのタイミングで、王女殿下が他国からの客人を迎え入れることが決まった。
自分の付いている王女殿下の客人、しかも彼女の輿入れ先の相手が直々に来るのだという。
結果的に輿入れが決まるかは別として、他国の要人、そのうちの一人はその国の皇太子であり、出迎えに失敗は許されない。
「姉さん、今度家を決めに行くそうですね」
珍しく家に帰ったイザークがミレニアにそう声をかけると、ミレニアはため息をついた。
「そのつもりだったのだけれど、今の仕事を片付けてからロイクールと話したほうが良さそうなの。これじゃあ落ち着いて決められないわ。将来のことだもの。きちんと向き合いたいし」
それを聞いたイザークは、他国からの来客がある事を思い出して言った。
「ああ、王女殿下の輿入れ先候補が来る事になった件ですね。さすがに我儘な王女様もこればっかりは避けられないのですから、姉さんが気にすることはないと思いますが……」
一番粗相をする可能性が高いのは間違いなくあの王女だ。
ミレニアたちはそうなった時に尻拭いをするための準備もしているという。
王女殿下には国王陛下自らが色々指示を出しているらしいが、あらゆる事を想定して侍女たちも準備を進めなければならず大変忙しいようだという話は耳にしている。
本音を言うなら、本人の失敗をいつまでも周囲がカバーすることで、いつまでも成長せずわがまま放題なのだから、この辺りで痛い目を見ておいたほうがいいと思うが、それで戦争にでもなっては困る。
今回の相手は何度もこの国に戦争を仕掛けてきている国なのだ。
しかし王女の失態でも、政策の一環でも、どちらにせよ人質として王女を差し出すことになるのだ。
どうせ目の届かないところへ行ってからも残念な行動を繰り返すのだから、ここでその一端を見られたところで問題ないだろう。
向こうで何かして皇太子妃から犯罪者になっても、戦争にさえならなければいい。
そのために王女の我儘を国民は容認してきたのだ。
けれどミレニアは首を横に振った。
「それでも、失礼のないように最低限礼儀くらい尽くすわよ。もちろんそのための準備もするつもり。あの王女のために国全体の信用を失墜させるわけにはいかないでしょう?」
王女の件と、国の信用は別問題。
相手の国に失礼のないようにするのは、どのような国が来ても大切なことだ。
例え王女の輿入れの話がなくとも、格下の国が来ようとも、きちんともてなすことが国全体の信用を上げることになる。
そして国の信用が上がれば、戦争を仕掛けられるリスクだって減らせる。
ミレニアはそう考えているのだ。
「姉さんはそういうところありますよね。責任感が強いというか、融通が利かないというか……」
「でも、それで勝ち得た信用だもの。なくしたくないじゃない。ロイクールがいいって言ったら結婚しても仕事は続けたいと思っているし、王女殿下がいなくなったら私も異動になるでしょう?その時に少し責任の軽い仕事につけてもらいたいとお願いするつもりなの」
いつも強気なミレニアは責任感も人一倍強い。
言葉が強いので我儘を言っているように聞こえる事もあるけれど、実はそうではなかったりする。
周囲にそこを理解されるまでに時間がかかるのは難点だが、一度勝ち得ればその信用は大きいと本人も理解している。
そしてその信用を失うのが一瞬で、取り戻すのにまた一から努力しなければいけない事も分かっているのだ。
だから、ここで手を抜くようなことはできない。
何よりミレニアは、いい加減、王女に箱仕入れ先を決めてもらいたいのだ。
「そうなのですね。律儀なのはいいですけれど、ロイクールさんとの時間も大切にしてくださいね。姉さんはすぐ仕事優先にしそうですから」
例え閑職に異動が認められても、その仕事に全力を注ぐに違いない。
姉の性格を考えればその光景が容易に想像できてしまう。
イザークがため息交じりに言うと、ミレニアは笑いながら言った。
「そうならないように負担を軽くしてもらうつもりなのよ。少なくとも急な呼び出しはないでしょう?」
王女につくようになってから、ミレニアは事あるごとに呼び出しを受けるようになっていた。
それも他の侍女たちが王女を手に負えないという理由が大半で、もちろんその分給金も高めにもらっているが、それでも割に合わないのは間違いない。
今は仕事だけをしているからいいけれど、この先ロイクールと生活をするようになっても同じ状況が続く場合、ミレニアはロイクールと遠くに出掛けることも、下手をすれば遊びに行くことすら許されないことになる。
それでは王女に結婚生活を破綻させられるかもしれない。
ロイクールが仕事に対して理解がないわけではないし、そもそもずっと一人で生きてきたロイクールはさほど気にしないかもしれないが、ミレニアはそうではない。
きっとうまくやり遂げようと、全力で全ての事を解決すべく動きまわる。
結果、ミレニアが心身ともに消耗していくに違いない。
「わかりました。何かできることがあったら陰ながら協力しますから言ってください。王女の件に関しては、私が女性の宮には入れませんから、本当に陰ながらですけど」
「ありがとう。その気持ちだけで嬉しいわ」
今回の仕事を成功させて、出世ではなく閑職への異動を希望する。
そして仕事を続けながらロイクールとの結婚生活を始めるのだ。
いつかは、身重になれば仕事を離れることになるかもしれないけれど、それまではやりがいの一つを手放したくはない。
何だかんだで仕事にやりがいを感じているのだ。
ミレニアは心配して声をかけてくれたイザークに感謝の言葉を伝えると、再び準備をすると動き始めるのだった。