新しい家族と親交(8)
「中は随分ときらびやかなのですね」
外は豪奢なデザインではあったが、きらびやかではなかった。
外の印象からもっと重厚な作りになっているものと思って中に入ったロイクールは、想定していなかった造りを見せられて驚く。
そして同時になぜ服を着替えなければならないのかも理解できた。
貴族がいるからだけではない。
確かにこのような場所ならば、相応の服装で来なければ浮いてしまう。
思わずそんな事を考えながらあたりを見回したロイクールにミレニアが言った。
「そうね。大広間みたいよね」
王女付きの仕事をしているミレニアは王宮の大広間を思い出しながらそう言った。
ロイクールは行ったことがない様子だが、こういう場所でダンスをすることになるのだから、劇場とはいえ似たような場所を肌で感じてもらえたのは、良い副産物だったかもしれない。
ミレニアに声をかけられて我に返ったロイクールはミレニアに尋ねた。
「初めてなもので、この後どちらに行けばいいのかがよくわからないのですが、席決まっていると、さっき話していませんでしたか?」
建物の装飾を堪能している場合ではない。
まずは指定された席というものがどこにあるのかを確認しなければならないし、演奏が始まる前にその席にたどり着かなければならないはずなのだ。
「そうなの。受付で渡された紙に座席が書いてあって、各入口に座席表があるから、座席表と比較して、その場所に座るのよ」
ミレニアが紙に書かれた文字を指差して、それと同じ文字の書かれている席に座るのだと、今度は座席表の一つの席を指す。
そしてロイクールに二つを比較させた。
「色々ルールがあるのですね」
「そうね」
とりあえず座席表は外して持って歩けるものではなく、入口に設置してあるものだ。
しかし多くの人が後から来ては横から表を確認して、さっさと中に入って行く。
慣れた人は見ただけでおよその見当がつくらしいが、初めて見るロイクールはこれを頭に叩き込まないといけないと判断して、座席表の前で足を止めていると、イザークが助言した。
「とりあえず中に入ったほうがわかると思います。前から何番目、左右どちらから何番目かをおよそ覚えておけば問題ありません。席を間違えないよう、椅子にも分かるよう印がついています。細かいところはそれで確認できますから、きちんと確認すれば街がる事はないです。座席表は目的地の目安を示す地図だと思ってください」
イザークが座席表はあくまで地図だと伝える。
この場合、街の中で地図を見ながら店を探すのと似ている。
地図を見て店を目指すが、店の近くまで行けば地図ではなく看板を探す。
それと同じと言われたら理解できるとロイクールはうなずいた。
「地図、そう考えればとてもわかりやすいです。そうだとすると、こちらの入口から入ったほうがいいということですね。ミレニア様、それでよろしいですか」
舞台と座席の位置を確認したロイクールがいくつかある入口の一つを示すとミレニアはじっとロイクールを見て言った。
「ええ。問題ないわ。私の説明よりイザークの説明の方が理解されやすいというのはちょっと悔しいけれど」
「申し訳ありません」
ロイクールが謝ると、イザークが気にしないでくださいとロイクールに言ってから、今度は姉を見てため息をついた。
「それは仕方がないでしょう。同じ職場にいて付き合いも長いですし、私の方が姉さんよりロイクールさんと長く過ごしているんですから」
普段から会話をしている分、お互いの言いたいことがなんとなく伝わりやすい。
それにロイクールが慣れていない部分についても日頃見ている分だけよく分かる。
だから何を伝えたらロイクールに伝わりやすいのかも理解できているのだ。
しかし一緒にいるうちに姉にも理解できるようになるだろうし、ロイクールの理解もその頃には深まっているだろうからとイザークがなだめると、ミレニアはうなずいた。
「そうね。そのうち私と過ごす時間の方が長くなるはずだから、今はそれでいいわ」
ミレニアはそう言うとロイクールを引っ張るように指定された席へと向かうのだった。
「初めてこのように音楽を聞きました。ダンスで使用していた曲もありましたが、多くの楽器で演奏されると迫力が違いますね」
演奏が始まる前までは、座席に座って音楽だけを聞くだけだと眠たくなるのではないかと思っていたが、ロイクールは初めて迫力のある演奏を聴いて、眠くなるどころか、興奮状態になっていた。
大がかりな演奏、豪奢な舞台、耳になじんだ曲ですら、普段聞いているダンスの練習と同じ音楽とは思えない。
演奏が終わってもロイクールがその余韻日浸ってしまうほどだった。
「練習の時はどうしても音楽は最低限になってしまうけれど、大きな会場で行われる夜会は楽団が来るからこのくらいの合奏になったりするわ。だから本番はここの演奏に合わせて踊る気持ちでいた方がいいわね」
貴族が本気を出した夜会なら、楽団を招待して演奏させる。
ただ踊れるようになるために演奏されるのとは違うのだとミレニアが説明すると、ロイクールは大きく息をついた。
「そうですか……。ここで聞いておかなかったら、音楽の迫力に圧倒されてダンスどころではなかったかもしれません」
ロイクールの反応にミレニアが不思議そうに首を傾げる。
「あれだけの魔法を使って、戦ったりもするのに、音楽に圧倒されるなんて意外だわ」
「戦いの迫力とは違うものがありました。厳かな感じで……。それに私が過去に聞いたことのある軽快な音楽とも全く違いましたし、新しいものを取り入れたという感じです」
魔法の大迫力は心を脅かすことはあっても、感動で揺さぶることはないに等しい。
魔法を使いこなしているロイクールからすれば、自分の手の届かない所にある音楽というものの方が、魔法を使うよりよほど難しいもののように思われた。
本当は最低限の楽器を演奏できるのが貴族の嗜みと過去に聞いたけれど、正直自分にはできる気がしない。
何より音楽にこのような力があるとは想定していなかったとロイクールが感動を伝えるとミレニアは嬉しそうに微笑んだ。
「楽しんでもらえたのなら良かったわ。次はここで行われるお芝居も観に来ましょう!一度来たのだから、劇場の配置も覚えたでしょう?二人で来れば一連のおさらいもできていいことずくめよ」
ロイクールはまだ戸惑っているようだが、こればかりは慣れてもらうしかない。
ミレニアのパートナーはロイクールなのだ。
だからあえてここでは口を挟む事をしない。
ミレニアのはしゃいだ様子を後ろから見ていたイザークは、ただ黙って二人の様子を見守るのだった。