新しい家族と親交(7)
準備を済ませ合流した三人は、ミレニアが手配したという馬車で移動することになった。
部屋を出るところから練習と称して、ロイクールはミレニアをエスコートしている。
その様子を一歩下がったところから、イザークが微笑ましいものを見るように見守っていた。
馬車に乗り着席して、馬車が動き出したところで、ロイクールは二人に尋ねた。
「音楽会というのは静かに音楽を聞けばいいのですか?」
「ええ。むしろ騒ぐのはどうかと思うわ。お祭りではないのだもの。黙って座っているだけで何とかなるけれど、ダンスの音楽を覚えるという意味も会って選んだのだから楽しんでもらえたら嬉しいわ」
「わかりました」
とりあえず指定された席に座って黙って音楽を聞いていればいいらしい。
席に座ってから特に自分からしなければならないことはないようだ。
ただ、ミレニアが勉強のためにと準備をしてくれたのだから、彼女の言う通り少しでもその音楽を耳になじませる努力をするのがいいかもしれない。
ロイクールがそんな事を考えていると、ミレニアがそれとなく付け足した。
「あとは、寝ないようにすることね。お勉強なのだからきちんと聞いてちょうだい」
「はい」
言われてみれば、動くこともできずただ黙って椅子に座り、優雅な音楽を聞かされる状況になる。
勉強の前に疲れが出て睡魔に襲われるかもしれない。
指摘されればそう思うところだが、未経験なこともありいまいちピンとこない。
しかしそれも今日経験すればわかることだろう。
「姉さん、指導役のために私を呼んだのではなかったのですか?」
ロイクールが二人に質問したにも関わらず、その回答権をイザークに譲らないミレニアに、彼が言うと、ミレニアは少しすねたように言った。
「そうだけれど、まだ外に出ていないのだからいいじゃない。私は早くロイクールに一人前になってもらいたいわ。そうしたら二人で出かけられるでしょう?」
ミレニアの言葉に苦笑いを浮かべたのはイザークだった。
「確かに私は邪魔でしょうけど、そんな露骨に言わなくてもいいじゃないですか。それにしても、ロイクールさんと音楽会に行く日が来るとは思っていませんでした。私もとても嬉しいです」
ロイクールは二人に迷惑をかけていると思っていたが、どうやら歓迎してくれている様子だ。
それでも早くこの貴族の生活というものになじまなければ、教えてくれている二人にも、講師を呼んでくれている当主にも申し訳ない。
けれど今は、素直に二人が自分と出かけることを喜んでくれている事に感謝することにした。
「ありがとうございます」
ロイクールがそう言って頭を下げると、イザークとミレニアは顔を見合わせて笑い合うのだった。
「ここが音楽会のある劇場よ。お芝居を上演していることもあるわ。演目が定期的に変わるの」
劇場の前で馬車を降りると、建物を指差してミレニアが再び説明を始めた。
「これが劇場ですか」
ロイクールの目の前にあるのは、宮殿のように豪奢で大きな建物だった。
馬車を降りた貴族と思われる人々が、次々と入口と思われる方角へ向かっていく。
「そう。それでここはチケットがないと入れないわ」
「そうなのですね。チケットはどうすれば……」
準備ができているという話は聞いていたけれど、実際にそのチケットというものがどういうものかまでは知らないし、手に入れる方法も教えてもらっていない。
そのためロイクールは説明をしてもらおうとミレニアに尋ねたのだが、ミレニアは楽しそうに笑いながら一枚の紙を取り出した。
「もちろん、用意してあるわ」
そう言ってロイクールにその紙を渡す。
ロイクールが渡されて紙の内容を確認すると、そこには三人の入場を許可すると、いわゆる許可証のような内容が書かれていた。
その内容によれば、まずこの紙を持って中に入り受付を済ませると座席の場所がわかる仕組みになっているらしい。
座席は主催者側が決めるようだが、その紙に書かれているメンバーが離れた席になることはなさそうだ。
きっとチケットを取った人たちの席が離れないよう、客側に選ばせないようにしているのだろう。
「姉さん、その説明はまだ続きますか?」
その様子を後ろから黙ってみていたイザークがたまりかねたのかミレニアに声をかけると、ミレニアはイザークの方を振り返って言った。
「だって初めてだというのだもの……」
チケットは入場時に回収されてしまう。
見せるなら今しかない。
ミレニアがそう付け加えるのを放ったらかして、イザークはロイクールに謝罪した。
「すみません、入る前から……」
「いえ、入る方法は教えてもらわなければわかりませんし、自由に入れる場所ではないということは、説明されて初めて知りました。街のお祭りなど、外で演奏されている音楽は自由に聞けましたし、有料で、さらにこのような手続きが必要というのが、貴族が出入りする格式の高い音楽会という証なのでしょう」
不審人物が入りこまないよう、チケットを取得する時だけではなく、入場時のチェックをするというのなら納得だ。
チケットはお金を払うことができれば手に入れられるし、それだけだと購入後に転売や譲渡されることも考えられる。
その先が悪いところでなければ問題ないのだろうが、トラブルを起こすような人間では困る。
それに護衛ですら座席を用意されなければ、護衛対象の近くにいることを許されないし、座っている人の邪魔になる位置に立っていることも許されないようだから、メインの客層である貴族たちからすれば、そのチェックが安心材料といったところだろう。
「ほら!やっぱり必要なことだったじゃない」
「姉さん、気を使われたんですよ」
「どうかしら?」
イザークが、ロイクールが大げさに知らないフリをしているのだから調子に乗らない方がいいと言うが、ロイクールは本当に知らないはずだし、それは言い出しにくいことなのだから余計なことかもしれないけれど、細かすぎるくらいがちょうどいいと言い、意見は平行線をたどった。
「それより中に入りましょう。席が決まっているとはいえ、始まる前に座っておかないと」
「それもそうね。じゃあロイクール」
イザークが話をうまく収めると、ミレニアもそれに合わせてロイクールに移動するからと手を差し出した。
「あ、はい……」
二人がそれぞれに自分の事を考えてくれているのだと嬉しく思いながら、ロイクールはしばらくやり取りを聞いていたが、ミレニアに促されて我に返った。
しかし、この動作にはなかなか慣れない。
ミレニアの手を取りながら、ロイクールが不安そうな顔をすると、イザークが耳元で言った。
「ロイクールさん、大丈夫です。私が後ろにいますので、何かかればフォローします」
「お願いします」
人の目のある中で、自分がサポートしている事を知られないよう、こっそりとフォローしてくれたイザークに感謝しながら、ロイクールは、ミレニアと並んで劇場の中へと進むのだった。