新しい家族と親交(6)
初めて参加する音楽会の当日、寮から一旦イザークと一緒に彼の家へ行き、支度を整えることになった。
会場に多くの貴族が出入りし、その中でミレニアをエスコートする事もあり、エスコートという動作の練習だけではなく、それなりの身なりを整える必要がある、これも勉強のひとつだと言われたからだ。
「音楽を聴くのに準備が必要なんですね」
「そうですね。まずは着替えからになります」
街を気軽に歩いていたら聞こえてきたのでふらっと立ち寄るのとは違い、貴族が足を運ぶような格式高い音楽会というのは準備も必要らしい。
初めての経験ということもあり、手配の必要なものに関してはすべてイザークに任せ、手配されたものを見て、後からこういうものが必要だと教えてもらっている状態だ。
服に関しても聞かれるがままサイズを伝えたところ、イザークがミレニアと相談の上で決めると言われてしまった。
「あの、わざわざ今回のために服を探していただいてありがとうございました。どのようなものが相応しいか分からなかったので、今回の服を参考に次があれば自分で用意できるようにします」
イザークはロイクールの言葉に引っかかるものを感じて少し考えてから、その勘違いに気がついて、言葉を訂正した。
「探した……?いえ、探してはいないです。サイズは教えていただいていましたので、新たに仕立てたものです。ですからこれはロイクールさん専用です。それで当日で申し訳ないのですが、来ていただいた後、仕立て屋が調整が必要かどうか確認をしたいと言っているので、少しお時間をいただくことになります」
急だった事もありサイズを伝えて仕立ててもらうことになった。
常連ならサイズが分かれば相手の体系を想像して整えることもできるけれど、ロイクールと彼らは会ったことがないため、彼を良く見せるためにどう整えたらいいか分からないというのだ。
彼らはもちろんロイクールの評判も知っていて、会ってみたいという思いもあるのだろうが、何より音楽会に行くと貴族から依頼された衣装だ。
誰が着るものでも自分たちが作ったものである以上、変なものを着ていると悪評が立つのは避けたい。
だからお直しが必要か、立ち会いたいと申し出て、すでに別室に待機していたのだ。
「それは構いませんが、仕立てたなんて……。本当なら私が用意するべきものであったということですよね」
ロイクールはこの家にある服を貸してもらいものとばかり思っていたが、彼らが自分のために服を仕立ててくれたらしいと聞いて、本当はそこまでしなければならなかったのかと動揺した。
所作や動作、理屈上のマナーは理解していても、まだまだ基本を理解していないのだと痛感する。
ロイクールが困惑していると、イザークは微笑んだ。
「そうですが、何を仕立てていいかわからない状態かと思いましたので、今回はこちらで準備させてもらいました。久々に姉と真剣に話し合いなんてしましたよ」
イザークとミレニアは、ロイクールに何が似合うのか、真剣に意見を交わしたという。
話し合いが白熱して姉弟が言い合いになったのだが、終わってみれば二人が納得できるものが完成していたし、何より二人が向かい合って言い合いができたことは、仲のよかった時に戻れたようで少し楽しかった。
イザークの引きこもりがあってから、ミレニアを含め、家族が何となく気を使って距離を置いて話していたので、それが取れたのも今回の件があったおかげだと、イザークは思ったのだが、まず姉と言い合いをしたと知ったら、ロイクールがますます恐縮してしまうと考えたイザークはあえてそれを伝えなかった。
「申し訳ありません。知らぬこととはいえ」
「いえ。こちらも急にお誘いをしたのですから、このくらいは当然のことです。なので次は仕立てるところからロイクールさんがやればいいと思います。姉はまた誘ってくると思いますので、帰ってすぐにでも別のものを一着用意する方がいいでしょう。今日の服が気に入っていただけたのなら、その仕立て屋と次の服の相談をするのもいいと思いますし、もし他の仕立て屋に興味がありましたらご紹介いたします」
仕立てのことについては教えながらでは発注と完成が間に合わないと判断されたのかもしれない。
しかしそこに甘えてばかりではいけない。
自分がやるべきこと、できることを確認する必要がある。
「ありがとうございます……。それでこちらの代金はどうしたら……」
服がすでにほぼ完成の状態でここにあるということは、おそらく代金は支払済みなのだろう。
しかし、今来ているということなので、まだ残りがある可能性もある。
そう考えて支払いを申し出ると、イザークはそれを断った。
「今回はこちらからプレゼントさせてください」
「それはさすがに過分では……」
すでに音楽会のチケットは用意してもらっている。
その上、服まで仕立ててもらうのは、いくらなんでももらいすぎだ。
誰かのお下がりを借りるくらいのつもりできたのは油断だったとロイクールが対処に悩んでいると、イザークは笑いながら言った。
「いいえ。こんなものでは足りないくらいです。ロイクールさんは謙遜が過ぎますよ。今の私があるのはロイクールさんのおかげですから」
「そんなことは……」
引きこもりから脱したのはロイクールの助けがあったからかもしれない。
しかし、今の地位は、イザークが過去に築いた信頼と、外に出られるようになってからの努力の上に成り立っているものだ。
ロイクールのしたことなど、その一部に過ぎない。
感謝してもらえるのは嬉しいが、ずっとこのようなお礼を受け続けるのは気が引ける。
ロイクールがそう口にしようとすると、イザークが察したのか先に発言した。
「それにこれは姉のためですから、姉へのサービスの対価と考えて受け取ってください」
この服は自分に対するお礼ではなく、ミレニアに付き合ってもらうお礼だとイザークは言い出した。
ロイクールはイザークに口で勝つことはできない。
このままではずっと、別の理由で何かを贈られることになりかねない。
とりあえず今回はこの後の予定があるし、自分のためにとここまで用意されてしまったものだ。
それをいつまでも断り続けるのは気に入らなかったのかと相手に思わせる可能性もあるし、何より失礼になってしまうだろう。
そう考えたロイクールは、ここで折れることにした。
「わかりました。今回はお言葉に甘えたいと思います。それと、これから見ていただく仕立て屋の方と話してみて、よければ次はその方にお願いしてみようと思いますので、その時はご紹介をお願いいたします。自分でできるようにならないと困りますから……」
ロイクールがそう言って頭を下げるとイザークは笑みを浮かべて言った。
「では仕立て屋を中に入れますね」
「はい」
ロイクールが了承すると、イザークは待機させていた仕立て屋を呼ぶよう言いつけるのだった。
着替えと仕立て屋の直しを終えたロイクールが、イザークと共にミレニアと待ち合わせている応接室のドアを開けると、すでに準備を終えたミレニアがそれを見て、駆け寄ってきた。
「まあ!想像以上だわ!」
「姉さん、珍しくはしゃいでますね」
その様子を見てイザークが彼女を制するように言うと、ミレニアはスピードを緩めながらも、珍しくそれを肯定した。
「そうね。でも、こんな素敵なロイクールと音楽会に行けるなんて思わなかったのよ。見目が良い分目立ちそうね。頑張りましょう」
ミレニアは満足そうに二人を交互に見て言うと、最後、ロイクールへと手を差し出したのだった。