新しい家族と親交(5)
「ロイクールって別に運動神経が悪いわけではないわよね。旅もしていたというのだから体力もあるはずだし、どうしてこうなるのかしら?」
ミレニアをエスコートをしながら向かったのは、ダンスのできる広い部屋だった。
ミレニアはまずエスコートというけれど、当主がすでに講師を手配しているので本日の予定が変更になるわけではない。
結局ロイクールは、この日もミレニアを相手にダンスの練習をしたのだが、やはり思うようにはいかなかった。
ミレニアも一緒に練習に参加しながら、原因が思い当たらず首を傾げる。
講師から見ても動きや形は悪くないらしい。
けれどいざ音楽に合わせミレニアの手を取ると、間違ったことはしていないのに合わないのだ。
ミレニアにそれなりの技術があるのでどうにか形にはなっているが、見る人が見ればどちらがリードしているかは一目瞭然だし、その状況で夜会に参加するのはロイクールにとっていいことではない。
上げ足を取るのが趣味みたいな貴族社会では、平民上がりだからと言われるだけである。
「自分のペースで動けないからかもしれません。こう、音楽に触れる機会もほとんどありませんでしたし」
ロイクールは田舎の小さな集落の出身だ。
行商人がそこまで来ることもまれなので生活に必要なものは近くの街まで買いに行っていたくらいである。
当然そんなところに公演を持ち込むような奇特な団体はない。
もし戦争がなかったら、せめて両親が健在だったら、街に来たそのようなものを見る機会もあったのかもしれないが、両親を失って以降のロイクールはひたすら家を守り続けていた。
それから外に出たのは師匠が来てからである。
師匠と旅をした時、宿にある食堂で時々そのような催し物が行われていたのは知っている。
けれど酒場と化した食堂が子どもに良い環境で割るわけもなく、ロイクールが子どもであるということを理由にその場にいることはあまりなかった。
だから見たのは数回程度。
皆が楽しそうに騒いでいたが、自分はどうしていいのかわからなかったことを覚えている。
しかしそのような音楽と、ミレニアと踊るダンスの音楽はまるで違う。
手を叩いてワイワイと騒ぐものではない。
音楽に様々なものがあることは知っていたけれど、ここまで違うとどうしていいかわからない。
その話を聞いたミレニアは、名案があると言いだした。
エスコートの延長線上であるダンスのために、エスコートを覚えるのも大事だけれど、ダンスのために音楽から入るというのも悪くはない。
確かに音楽というものになじみがない上、知らない曲に合わせていきなり動けと言われても動けないかもしれない。
自分たちは当たり前のように聞いて育った曲だし、大人たちが踊っているのを見る機会もそれなりにあったからスムーズに練習を進められたけれど、ロイクールからすれば道の世界なのだ。
別の角度からのアプローチを考える必要がある。
「じゃあ、ダンスに使われる音楽を聞きに行きましょう!ダンスに使う音楽を中心に演奏している会があるのよ。まずは音楽を聞くことだけに集中すれば、少し変わるんじゃないかしら?ああ、それに、一緒に出かけるのだからエスコートの練習にもなるわね。成果の見せ所よ」
しかもミレニアはロイクールだけ参加して音楽を聞いて来いとは言わず、自分と一緒に行きましょうと言う。
ミレニアは一緒に外出ができるのは嬉しいと喜んでいるが、ロイクールには不安があった。
今までもミレニアと外出をしたことがないわけではない。
けれど今までの行き先は自分のマナーで充分対応できる場所ばかりだった。
食事をするところ、歩いてみて回るだけのところ、のんびりと過ごせる場所、全てが平民の自分がギリギリ知っているマナーで切り抜けられる場所ばかりだったのだ。
けれど音楽会というのは違う。
話によると、高いお金を払って劇場の席を買い、その指定された場所で音楽を聴くというものとのことで、そのお金を払えるのは貴族か平民でも豪商くらいという。
だから当然、客層は貴族が大半を占める。
豪商が貴族を相手に話をする、商談のネタや、コネを得るために来る事もあるらしい。
そんな音楽会は貴族のたしなみの一つなので、ロイクールでは一人で行ってもマナーは分からない。
それはイザークに教えてもらって、何とかすればいい。
一人なら笑いものになろうが新参者と言われようが、それが事実なのだから別に構わない。けれど、ミレニアが一緒なら話は別だ。
別の心配がある。
「大丈夫でしょうか?」
ロイクールは、自分のエスコートのつたなさに自覚はある。
この状態でミレニアと公衆の場に出るのは危険かもしれない。
自分を悪くいわれるのはともかく、ミレニアまでそのような事を言われたりするかもしれない。
それどころか、ミレニアに庇われる場面が出てくることも考えられる。
もし最終的にミレニアに庇われるようなことになれば、自分はともかく、ミレニアに大きな迷惑をかけることになるだろう。
ロイクールがそう心配すると、ミレニアは首を横に振った。
「問題ないわ。別に失敗しても構わないわよ。そうね、でも最初だからフォロー役にイザークを連れていきましょう。間違っていたらイザークに指摘させればいいわ。確かに外で私があれこれ言うのは外聞が良くないもの」
すでに仕事もしている大人という年齢を考えたら、確かにロイクールの動きは拙いけれど、できないわけではない。
気の使い方に苦慮している様子はあるけれど、それも生活習慣の違いからくるものなのだから仕方がないし、すぐに直すのは難しいだろう。
誰にでも初めてはある。
まだ無理だからと進むことがなければ、いつまでも練習だけをしていることになってしまう。
それに練習ばかり続けても、実践できるようになるわけではない。
確かに動きは練習で完璧になるかもしれない。
でも実際に必要とされる場面では、人目があり、障害物もあるし、何より緊張もするだろう。
だから実際は、練習通りにいかないものだということをミレニアはよく知っている。
そういう意味では、いきなりエスコートのハードルが高く、しかもダンスまである夜会に参加させるより、エスコートの事を考えればどうにかなる音楽会は、いい経験になると考えたのだ。
ミレニアにそう説明されたロイクールは、音楽会というもののイメージが浮かばないままだったが、最後は場所を変えた練習だと説得されて、とりあえず行くことに同意したのだった。
そうして数日後。
ミレニアによって音楽会のチケットと、指導役としてイザークが手配された。
せっかくの休みを自分のために使わせて申し訳ないと思っていたが、ミレニアの話では、イザークは喜んで引き受けてくれたらしい。
それは本当のようで、音楽会同行の話を聞いたイザークが、音楽会を楽しみにしていると、わざわざロイクールのところへ言いに来た。
それがとても自分への配慮という感じではなく、本当に嬉しそうに話してくれたので、ロイクールは余計な心配を口にはせず、頼りにしてますと頭を下げたのだった。