新しい家族と親交(3)
ギルドの申請が落ち着き、休みが取れるようになったロイクールは、ほぼ連日、ミレニアを家まで訪ね、貴族としての振る舞いを学びながら、ミレニアとの交流を続けるようになっていった。
ロイクールが貴族として必要とされる知識は所作、ダンスなどを学び終えるといつもミレニアとお茶をする時間が設けられていて、ミレニアはそれに合わせて家に戻ってくる。
会話を重ねていくにつれ、ロイクールも彼女に親しみを覚えるようになっていったが、それでも自分とは立場が違うことは理解している。
そのため変わらず貴族相手だからと、いつも通りに話していると、ふとミレニアがつぶやいた。
「ロイクールの所作って下級貴族に近いのよね」
「間違っていますか?」
ミレニアが少し不満そうな口調だったため、ロイクールは自分が間違えているのかと尋ねた。
尋ねられたミレニアはじっとロイクールを見てから、首を横に振る。
「そうじゃないのよ。でも、これからは当家の一員になるのだし、あなたも上級貴族になるのだから、少し……、そうだわ、堂々と振る舞ってもらいたいの」
間違っていない事を改善してほしいと説明するのは気が引けるが、希望を言うならそうしてほしい、その程度の内容だ。
そしてこの先ミレニアと共に行動するのなら、自分より下手に出る夫では困る。
ロイクールはそもそも平民なので、貴族に対して下手に出るよう指導されていたのは当たり前なのだが、下の者に同じように接しられても困る。
「そうですか……」
上から出るより無難な対応ではないのかとロイクールが考えていると、ミレニアは言った。
「あのね、何度も言うけど、間違いじゃないの!目上の人に対しては変わらないわ。でも、下に人が増えるから、彼らに侮られるようなことがあってはいけないの」
だから貴族とも最低限対等に話せるようになってほしい。
まずは自分との会話で直した方がいい、ここでの会話も訓練の一環としましょうとミレニアは提案する。
ミレニアからするとロイクールが自分に対しても一貴族として接してくることが、距離を開けられているようで寂しかったのだが、ミレニアはそれを口にすることはしない。
そのためそのような感情に気付くことのないロイクールは、少なくともまだ自分は貴族ではないのでそれはおかしいのではないか、それに近しいお手本となる貴族たち、もとい魔術師たちはそのような傲慢な態度はとっていないと首を傾げた。
「しかしイザーク様は、傲慢な態度を平民の我々にとったことはありませんし、他の魔術師たちも貴族と聞いておりますが、似たような感じですが……」
「魔術師たちじゃ参考にならないわ。だって彼らはあなたに散々助けられているのよ?それに彼らからすれば尊敬すべき魔術師の弟子でもある。魔術師たちがロイクールに大きな顔をできる訳がないわ。まあ、だからといってあの横暴な騎士たちを参考にするのもどうかと思うけれど。ちなみにイザークに関しては元々気が弱いところがあるから……」
社交の場で堂々と振る舞うことはできるが、本質としては気が弱い所がある。
だから誰にでも分け隔てなく接することができるし、下からは慕われやすい半面、なめられやすくもある。
それがなければ引きこもりになどなっていなかったはずだ。
ミレニアはため息をつくが、ロイクールはそれだけではないとイザークを擁護する。
「人徳かと思いますが」
「でもね、やっぱり目下のものに示しが付かないのは良くないのよ。せめて対等、対等に見えるように心掛けてもらいたいわ。別に威張り散らしてほしい訳ではないわ」
イザークは元々の地位に助けられている部分があるが、ロイクールはそうではない。
社交界に出ていかなければならないのなら最初が肝心だ。
平民のくせに態度がなっていないと強気に出てくる者も一定数いるはずだ。
もちろん、ロイクールが力で彼らを制圧するのは簡単だろうが、そればかりでは良い方向に向かないのが社交である。
「イザークといえば、政変前の夜会での一件から、第二の英雄を通り越して神とか呼ばれるようになって、さすがに困惑しているみたい」
ミレニアが説教じみた事をロイクールに話しながらふと思い出したように言うと、ロイクールはうなずいた。
「それはそうでしょう」
攻撃魔法をパフォーマンスに使ってしまったのだから当然だ。
イザークの攻撃魔法は元々強い。
それを物理攻撃ではないとはいえ多くの人の前で放ったのだ。
魔法に触れている者なら見ただけでその威力を理解できるだろうし、魔法に縁のなかった者からすれば、理屈は分からないけれど周囲一帯に雨を降らせる力を見せられたら、それはもう神業としか思えないだろう。
「ちなみに王宮には雨乞いの陳情がたくさん届いているそうよ」
「雨乞いですか。そういえば、先日ギルドの申請をしてきたところが、水不足で農業が成り立たないから、今持つ魔法の能力を活かしギルドを立ち上げ、そこで雇用もしたいと補足に書いていた気がします」
イザークに水魔法を伝授してもらってそれを農業活かしたいという申請が届いているのは知っている。
魔術師長が記憶管理ギルドの認可のついでにそちらも見て来てはくれないかと言ってきたほどだ。
ただ、魔術師長の言う、見てこいというのは、対応してこいという意味ではない。
正直記憶管理ギルドより実用性は高いが、それを容認すれば武力が弱い魔術師不当に酷使される環境に置かれる可能性がある。
それに魔法を使わない解決策があるのなら、その方法を優先的に採用し、誰もが対応ができる状況であるのが正しい姿だろう。
一度楽をしたら、苦労する環境に戻れなくなる可能性があるので、本当に困っている時以外、魔法に頼るべきところではないと魔術師長は考えているのだ。
「ロイクールと一緒ならイザークも行くかもしれないわね」
旅など本来苦痛でしかないものだが、ロイクールと一緒ならむしろ喜んでいくのではないかとミレニアが言うと、ロイクールは少し考えてから言った。
「イザーク様が一緒だと、魔法を使ってもらえるものと彼らが誤認してしまいます。それに仮に一か所承認したら他も回って同じ対応をしなければならなくなりませんか?イザーク様は旅に慣れていないでしょうし、何より毎日あの魔法を使い続けることになってしまいますが」
目的地が複数ある旅では不自由も多い。
目的地が何もない場所であればなおさらだ。
平民である自分は不自由を感じなかったが、貴族であり、何かをしてもらえる環境で過ごしているイザークには厳しいものになるだろう。
それにイザークからすれば、移動か休憩か魔法を放つかという毎日になる。
それが楽しいとは思えないのではないかと考えてロイクールは言ったが、ミレニアは違うように捉えて答えた。
「そうね、それはさすがに酷使しすぎよね」
本当は彼が水魔法を打ち上げるのも、日に一、ニ回なら問題ないし、魔力量の多い彼なら多少酷使されてもすぐに魔力が枯渇するようなことにはならない。
それは模擬戦のための訓練で実証済みだ。
でもそれはロイクールが言うことではないし、行くか行かないか決めるのはイザークでなければならない。
だが彼がそのくらいは可能だと伝えれば、イザークに周囲から彼らのために働けと圧がかかってしまうだろう。
「イザーク様は魔術師を束ねる大事な方ですから、王宮に常駐してもらった方がいいと思います」
「そうよね。魔術師長は隠居みたいになってて、事務仕事に専念されているみたいだし、世代交代も噂されているのだもの。長が旅に出ていて連絡が取れないなんて周囲が迷惑してしまうだけだわ」
それもイザークをできる限り王宮内に留めておくための魔術師長の策略だ。
けれど二人にとってイザークがそのような旅に出なくてもよくなるのなら、そんなことは大したことではない。
二人は同じ思いを抱いていたのだった。